想い残り

第22話 弱さ、強さ


 私がしぼり出した言葉に教室はシンとなった。

 だけど。だって。

 撫子は自由に飛べる空がほしかっただけなの。それはこの世から離れた場所にあったのかもしれないけど、あの子はただ、飛びたかったんだ。


「……何よ二人して、そんな言い方しないでよ! 私たちオバナさんのこと思って言ってるんだけど?」

「そうよねえ」


 群がっていた女子たちがするどい口調になる。私は泣きそうになるのをくちびるをかんでがまんした。

 まだ肩にあるせりくんの手。お願い、私に力をちょうだい。


「ナデシコは、やさしい子だよ。私のことを大好きでいてくれただけなの」


 がんばって言った。


「……うっわ、女子コワ」

「コニタわりとかわいかったし。ひがんでんじゃね?」


 コソコソと男子のささやき合いが聞こえた。サッと振り向く女子たちに、男子が知らんぷりする。


「ナデシコは、水族館の飼育員になりたかったんだ。そんなやつが自殺とか心中とかしない。あれは事故だ」


 せりくんが重々しく宣言して、私の周りの女子をにらんだ。彼女らはくやしそうな顔でせりくんを見る。でもけっきょく言い返せずに、プイと向こうに行ってしまった。


「だいじょうぶか、ハコベ」

「……うん。ありがと」


 私はまだ泣くのをこらえていた。それを見て、せりくんが腕を引っぱる。


「保健室行こう」

「え」

「だって今、授業なんかムリだろ」


 ほれほれ、と立たされて、私は教室から連れ出されてしまった。




「おまえさ、ここ、おまえの心の中なんだぞ?」


 廊下を歩きながらせりくんはあきれたように言った。


「現実とは違うんだからさ。黙ってないで言いたいこと言えよ」

「うん……」


 そんなこと言ったって。自分の心の中というか、私はただ久しぶりに教室に登校しただけの気分なんだから、無理。


「ていうか、クラスあんな感じなのか」

「――今ね、保健室登校なんだ。早退したり遅刻したり、けっこう好きにしてる」

「ああ、だから最初に会った時、帰りが早かったんだよな」

「教室に行ったらああなるんじゃないかな、て思って。逃げてるの、私」


 ね、私、弱いんだ。情けないでしょ。

 そんな気持ちをこめて笑ったけど、せりくんは何も言わない。私は早口になった。


「ナデシコって無理に人と合わせたりできなくて、ひっそりしてたんだよね。私はそういうところが好きだった。だけどそういうの嫌う子たちだっているじゃない」

「……うん」

「だから私たちの事件なんて、きっとひどいことも言われてるんだろうと思ったら教室に行けなくなっちゃって」


 せりくんは黙って私の頭をグシグシとかき回した。ヒマワリのヘアピンが引っかかって痛い。


「ちょ、やめてよ。イテテ」

「ばーか」


 やさしくののしられた。立ち止まってヘアピンをつけ直す私の橫で、せりくんはそっぽを向いて待っている。


『どうでもいい子に悪口言われても、どうでもいいでしょ?』


 撫子の言葉が聞こえた気がした。

 すごかったんだな、撫子は。どうでもいい人からでも嫌いな人からでも、悪く言われたら私は傷ついてしまう。

 私は弱いから。だから誰かと並んで自分を守りたいんだ。今はせりくんがいてくれて肩に手を置いてくれたからすこしだけ言い返せたけど。

 私も強くなれたらいいのに。


「あれ、あなたには彼とかいるんだ」


 またトゲトゲしい声がした。すこし向こうに立っているのは、三年生の女子だった。撫子の下駄箱にゴミを入れていたんじゃないかと疑った相手。

 敵意を丸出しにされて、ウンザリした顔でせりくんが訊いてきた。


「これは誰?」

「ナデシコに告白した先輩がいるんだけど、その先輩のこと好きだったんじゃないかな、て人」

「はあ? 負け犬かよ」


 せりくん、ケンカ売らないで。たぶん聞こえてる。ほら、真っ赤な顔して怒りだしちゃったじゃない。


「二年のくせになんなの? あいつの友だちってみんな上下関係もわからないんだ。あいつもホントにやな感じだった、かわいこぶって。先生に言いつけるしかできなかったくせに。なのに死んだりしてみせて、あてつけがましいったらないし!」


 ギャーギャー怒鳴るその人が何を言っているのか、意味がわからなかった。腹の底が冷えていくように思えた。


「――誰がやな感じ?」


 私は静かに訊いた。


「バカじゃないの、コニタって女に決まってんでしょ。あんたも三年生に対して口のきき方なってないんだけど」

「一学年上ってだけで何? 人の靴にゴミ詰めるような人になんで丁寧語使わなきゃならないの」

「うっわマジ?」


 私がブスッと言い返しているとせりくんが大げさに食いついてきた。


「それ犯罪だよ。器物損壊とか? あんたタイホされても、警察に言いつけるなんてーとか文句言うんだ。すげーメンタル」

「犯罪なんかじゃないわよ!」

「じゃあ何? 先輩後輩でも犯罪行為は犯罪だろ? 学校の中だからって許されるわけねーじゃん」

「うるさいっ!」


 その人はキーッとなって手を振り上げた。私に向かって。それをせりくんがつかんで止める。


「俺と言い合ってても、手を出すのは弱そうな相手になんだ。マジさいてー」

「止めなくてもよかったのに」


 怒った口調のせりくんの横で私はボソリと言った。二人が私を見る。


「こんなみんなが見てる廊下で暴力ふるえば、内申に傷がついたのにな。三年だもん、下級生いじめたとか暴力行為で停学とか書かれちゃえばいいのに」


 静かににらみつけた私に真っ青になって、その人はせりくんの手を振り払い逃げ出した。

 私はものすごく怒っていた。怒りすぎて怒鳴ることもできなかった。

 撫子はかわいこぶったりしてない。撫子が死んだのはあてつけるためじゃない。


「――よく言ったな」


 突っ立っていたらせりくんがそっと声をかけてくれて、私はそこでようやく大きく息をした。



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