第3話 見えない怪物


 森の中からは続けて音がする。私は振り向いてキョロキョロした。


「……ねえ、何、この音?」

「ハコベへの想いの、ぬしじゃないか?」


 私の声はすこし不安げになってしまったのに、レイくんはなんでもなさそうに言った。するとまたガサガサゴソゴソと音がして、私はからだをすくめる。

 音の主は見えない所で動きまわっているようだった。人が歩く音とは違うような気がするし、わりと大きな気配がするんだけど――何かの動物なの?


「ねえ、あれだいじょうぶ? 人じゃなくない?」

「さあ。ハコベの知り合いのはずだぞ? まあ、どんな想いなのかはわからないけどさ。うらまれてたり、にくまれてたりかもしれないよなー」

「ちょっと、やめてよ!」


 おどかすように言うレイくんは、やっぱりいじわるなのかもしれない。でも私をからかっていた目はすぐに真剣になって、レイくんはまっすぐに言った。


「思い出せ、あれが誰なのか。ハコベが受け取ってやらなきゃいけないんだ」


 ちゃかす気もない、そんな言い方をされたら嫌だなんて言えなかった。


 それに最初にレイくんは言ったんだ。「想い残り」って。


 残り――残したってことは、その想いの主という人はどうしているの? もういない、てこと?

 何かを私に対して想いながら、いなくなってしまった人。そんな人の心あたりならある。

 撫子なでしこ

 撫子に会えるなら、会いたい。あの子の残した想いがあるのなら、それは絶対に私が手に入れなければいけないものだと思う。


「……うん」


 私の声は思ったよりしょぼんとしてしまった。きっと顔にも出ていたんだろう、レイくんはすこし困ったようだった。


「……泣くなよ」

「泣いてない」


 言い返して、私は顔を上げた。


「わかった、やる」


 私はキッとして周りを見た。この場所そのものが手がかりなんだから。

 その『主』と私はこんな景色の中で過ごしたことがあるのだろう。このままじゃないかもしれないけれど、近い体験が私にもあるはずだ。


 こんな所に、撫子と来たことはあっただろうか。

 中学に入ってからの友だちだから、学校以外で会ったことはあまりない。夏休みに出かけた買い物と図書館。あとは社会科見学と遠足。

 うーん。森なんて行かなかったよねえ?


 サク、と私は歩いてみた。軽い感触。木の香りが立ちのぼる。確かにかいだことのある匂いだと思った。木と、すこしホコリっぽさを感じる。

 一歩いっぽ進む私を、レイくんが後ろから守るようについてきてくれるのがわかった。なんだか安心する。空を見あげると、空気はすこし湿っていてやわらかかった。


「……ここ、知ってる気がする」

「そうか」


 振り向いて言ってみたら、レイくんはうなずいた。それだけなのは、たぶん私のじゃまをしないで待ってくれてるんだ。

 私はなんだか元気が出てきて、ザクザクと足元を鳴らして歩いた。


 ガサガサガサッ!


「きゃ!」


 突然近くで音がした。姿は見えない。さっきの動物っぽい音と同じものだろうか。

 立ちすくむ私の横にきて、レイくんは一緒に音のする方を見た。何もいない。でも音は続いていた。

 ガサ、ガサガサ、ゴソ。


「ねえ、なんで。すごく近いのに、見えない」


 木が密集しているわけじゃない、下草が生えてもいない、やぶもない。なのに動く生き物の影も形もなく、音だけが響く。


「落ちつけ」


 レイくんはじっと音を聞き、気配を探る。私はその制服のそでにそっとつかまった。だってこわいんだもん!

 それをチラ、と見てレイくんは言った。


「だいじょうぶだ。あいつを感じろ」

「そんなこと言ったって……」


 こんなの撫子じゃない。もしかしてと私が思っていた、あの子じゃない。

 ここにいるのは姿のない、けもののような足音だけ。


 ガサガサ、ワシャワシャ!!

 すぐ近くを音と何かの気配が駆け抜けた。


「ひゃあああん!」


 やだムリムリムリ!

 気配しかわからない、何か。そんなもの私にはどうにもできないよ。

 こわくて逃げたくて、とにかく離れようとした。だけど走り出す私の腕をレイくんがつかむ。


「待てよ! 逃げたってどうにもならないんだぞ!」

「やだ、ムリ! 見えない怪物なんて、私の知り合いにはいないもん!」


 レイくんはガサゴソいう気配と私の間に入ってくれた。それですこし安心する。でも私の両腕をつかむレイくんはきびしい顔だった。


「あれは怪物じゃない。思い出せ。見つけ出せば、見えるんだ」


 見つければ見える。まるでなぞなぞだ。

 私に強く静かに言いきかせるレイくんの声は悲しげだった。どうして、と思ったけど気がつく。私はレイくんの正体も思い出さなきゃいけないんだ。

 レイくんの本当の名前。私がそれを見つけられないと、きっとレイくんは困るんだろう。だから同じように困っている、あの見えない何かのことも助けてあげたいのかもしれない。でも。


「だって……こわいよ」


 ポロリと口にしてしまったら、本格的にこわくなってきた。私は泣きベソをかいてしまい、それを見られたくなくて後ろを向く。


 仕方ないじゃない。

 こんな変な所にいきなり来て、音しかしない謎の生き物の正体を当てろなんて言われて。わけがわからない。しかもいっしょにいるレイくんのことだって、知ってるけど、知らない。もうやだ。


「ハコベ、お願いだから」


 背中からレイくんの声がした。やさしい声。近くにいてくれて、すごくホッとする。知らない人なのに安心するなんて変なの。


「ほら、いいこいいこ」


 いきなり頭をなでられた。びっくりして振り向き、頭を押さえる。顔がホテホテするのがわかった。


「――な、何すんの!」

「え、おまえヨシヨシすると泣きやむじゃん」

「いくつの時の話よ! もう、信じらんない!」


 私はぷんすかして歩き出した。


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