三章:薬が切れたとき

純白の刃は、炎に照らされることもなく

 三章:薬が切れたとき




 苛立って、水たまりに沈む注射器を踏み潰した。打ちっぱなしのコンクリートでできた安上がりな家屋を出て、ルドヴィコは壁を殴打した。


 大通りの過剰なネオンの光が狭い路地にまで差し込めるなか、メガハートポリス共が集まるが成果がないことを伝えるように彼らは首を横に振るだけだった。愛嬌の欠片もないサングラスにネオンの光が映り込む。


 ミルク色の雨に打たれてずぶ濡れになっていた。


「……幸福剤を末期まで投与して嘘はつけません。嗚呼……師匠にしてやられました。わかるでしょう? 師匠がレーヴェを騙していたか、引っ越し先を言わなかったのさ」


 レーヴェから得た情報のもと、エストが住んでいたという場所にまで向かったが。ハズレだった。


 ――これでは何のために彼女の美しい剣術を壊した。何のために師匠の弟子を壊した?


「……ッ糞。これじゃあ彼女の思い通りじゃないか……」


 ――言わないほうがあんたが苦しむわ?


 レーヴェの毅然とした態度と言葉が脳裏に過ぎる。嗚呼、その通りだった。醜くも、ハズレの家屋に八つ当たりをしてしまった。


 機械仕掛けの腕で強く殴打するとコンクリートに何条もの亀裂が走っていく。薬で恐怖心なんて取っ払っているはずのハート共が驚いたように肩を竦めた。


「便利屋。取り込み中悪いが話がある」


 無数の整った足音。エスコエンドルフィア製薬お抱えの軍隊(スマイルオフィサー)は気持ち悪い微笑みを向けた。彼らはその表情しかできないように手術を受けている。


「……っ、何の用だい? 悪いがその気持ち悪い顔は俯いたまま話してくれないかい?」


 ルドヴィコは義体となった自身の頬を撫でる。彼らはハート共より優秀だが。生理的に受け付けなかった。笑顔共は反意することなくルドヴィコの前に跪き、俯いた。


「八区にあるマスプロドの仲介屋でおかしな少女を見たと通報がありました。監視カメラを確認したところ標的対象です」


「八区……ここから反対側じゃないか。目的の子がいたなら【緋刃】の情報はないのかい?」


「近辺の解体屋が壊滅状態です。用済みの処理を任せていたゴードンらも始末されたかと。死体は見つかっていませんが戦闘の痕跡がありました」


「灰しかなかっただろう。師匠が使ったんだ……! 命を燃やす炎を。いいなぁ、解体屋の怪物共は師匠の輝きを見れたんだ……! なんて羨ましい。僕も見たいなぁ……」


 ――よかった。レーヴェを壊してしまったのは無駄じゃなかったらしい。


 そう確信すると渦巻いていた負の感情は吹き飛んでいた。師匠(エスト)の情報も得ることができた。


「灰の場所を教えて欲しい。痕跡さえあれば師匠の場所まで辿り着けるからさぁ……」


「そんなことができるのか」


 ハートが驚いたように尋ねる。笑顔は何も言わなかった。


「できるから便利屋なんだ。けど、こちらも異界道具を使うわけで、追加料金とは言わないけれど仕事に支障が出ても困るんだ。どうしてここまでして愛玩動物を追うかは教えて欲しいなぁ……」


 穏やかに微笑んで白い刃を垣間見せた。


 笑顔共にはそれだけで充分だったらしい。幸福そうな笑みを浮かべたまま舌打ちをすると、どこかへと連絡を取り始めた。それから溜息をついて向かい合う。


「彼女が、虹彩の種が人間に従うことなど許されないからだ。詳しい意味は我々にも分からない。だが、そう伝えろと指示を受けた。我々を一瞬のうちに斬り殺そうが死なない程度に両断しようが、それ以上の情報はない」


 それだけで充分だった。ルドヴィコはすぐに刀を収め、煙草の煙を漂わせながら八区への最短経路を示す端末画面を一瞥する。


「つまり、注意すべきなのは師匠一人に限らないということだろう? 元より分かっていたけどさぁ……本当は愛玩用なんかじゃなかったんだね?」


 笑顔を浮かべる軍人達は沈黙を貫き通した。歩き始めたとき、ルドヴィコだけが傘を差した。

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