影が後追い、血と弾丸は跳ぶ

 扉に掛けられていた【緋色の剣】が不意に点滅してシルヴィを呼び止める。


『先ほどは聞き忘れましたが。……貴女の素振りを見て疑問に思ったことが』


「見て?」


『目がないとか揚げ足を取らないでください。それで、貴女は一体何を想定して刀を握っていたんですか? 【緋刃】を真似て? 違うように思えました』


「綺麗なものをもう一度見たいの。私は自分でできるなら自分で実践したいから、練習してるだけ。具体的なイメージをしたうえでね?」


 シルヴィは言葉をぼかした。逃げるように足早に、トレーラーハウスに戻る。ソファに寝転がった。首に下げた錠剤瓶を開け、一粒飲みこむ。


「……薬。無くなったらどうしよう」


 飲まないといけないと言われていた錠剤が残り少ない。考えたってどうにもならないことだけど。


「ぷぇ……」


 変な溜息を零しながら。現実逃避みたいに端末を開いた。習慣のように、ブックマークしていた動画サイトを開く。端末から響くチェーンソーのエンジン音。画面に映る紙袋を被った男と、穏やかな笑顔を浮かべる髭の濃い男。


『親切ゴードンおじさんの美味しいお肉屋さんチャンネルです。今日も皆さんからの視聴が支えになっておりますよ。さて、今日の講座ですが人体を肩から袈裟斬りにする方法をですね――』


 肩鎖関節だとか、棘下筋だとか。人体の構造に関する話を不気味な男二人が解説していく。


 ――――人、斬り方。なんて。冗談みたいな検索方法で出て来たのがこの動画だった。無論、他にも調べた。


 人間の処理に関する動画や情報は思いのほか多い。処理、解体、隠蔽の依頼請負の仲介業者もあった。その中でもエスコエンドルフィア製薬に黙認されていて、評価も高い解体屋(ブッチャー)が……動画のとこ。以前に見かけた店でもあった。


『通常時の解体であれば対象の体重、身長から必要な力を計算することができますね? たとえばこちらの成人男性の上半身ですと――』


 フックに吊るされた男の死体が解説と共に斬られていく。錆びついたなんてことのない肉包丁が紙でも斬るみたいに肉を撫でおろす。


 グロテスクで鋭利な美しい技。力の流れ。シルヴィは見入るように動画に釘付けになりながら次の素振りの想定を構築していく。自分はパズルが得意かもしれない。拳銃の組み立て、分解みたいに骨と筋肉の位置を考えるのは楽しかった。


「フフ……っ」


 変な笑いが込み上げた。死ぬかもしれないって、恐怖して必死に息を殺していた自分が、こんなものを見て、想像している。当事者じゃないから冷静でいられるだけ? ……考えても分からない。


『嗚呼、この方の生解体動画は有料会員限定ですのでぜひ登録お願いします。今日も生配信しますので。ぜひ。そしてこの胴体の筋肉は最初に刃を入れた深さに応じて斬り方を変えて――――』


 ギィと。ほんの僅かな音が扉から響いた。足音はない。エストだ。


 すぐに確信をもって咄嗟に動画を閉じて端末を懐に隠す。


「作業は終わったのぉ? それとも、シルヴィ成分を食べに来ちゃったぁ? ごめんね。期待に反してベロベロにぃ……酔わなくて♪」


 隠し事を誤魔化すように表情は一瞬で赤らんだ。吊り上がる緋色の瞳。スカートの裾を摘まみ持ち上げ、焚き付けるような笑みを浮かべる。


 わかっていたけれど、エストは無反応だった。反応されないことが恥ずかしくなってきて、すぐに手を離した。


「…………材料が足りなくなった。赤色甘味料(シャルロパルテーム)が欲しい」


「てっきり溜め込んで買うタイプかと思ったけど、この前買わなかったの?」


「買わなかったが。必要になったから買いに行く」


 突き刺すような眼差しがガスマスク越しに向けられる。殺意や敵意でもなければ、好意や性的なものでもない。ただジッと、観察されるような。


 ――肩が竦んだ。


「すまない。怯えさせるつもりはなかった」


「お、驚いただけだから。大丈夫だよ? ……あ。でもぉ、私も一緒に行っていい? レーヴェさんのところでしょ?」


 …………肯定の沈黙。話は早かった。外に出ると白い雨が降り始めていたが構わずに歩いていく。体を濡らす雨粒が側溝のゴミを流していた。


 レーヴェの店が見えてくる。以前はチカチカと点滅していたセンスのない電光掲示板は、今は沈黙していた。


「……店の扉が開いたままだ。注意しろ。嫌な予感がする」


 エストは低い声でぼやく。ヒリつくような警戒心に呑まれるように、シルヴィは慌てて拳銃を構えた。


 店の中に入る。電灯、空調は止まっていて、じめついた外気が変わることはなかった。商品棚に置かれていた雑貨品、壁にかけられていた武器の類。薬品。何もかもが無秩序に漁られ、梱包箱だけが無惨に散乱していた。


「れ、レー……ッんぐ」


 シルヴィが名前を呼ぶ直前、エストは無造作に彼女の口を押えた。その意味を理解して無言のまま何度も頷く。目配せをすると、エストは柄に触れながらカウンター裏の扉を開けた。


 薄暗い倉庫のなか、数名の浮浪者が慌てて武器を構えるよりも早く。エストは地面を蹴り込んだ。


 鈍い音が響き、次の瞬間には闖入者の一人が壁に全身を殴打して伸びていた。ようやく反応して、武器を構えた二人の腕を拳銃で撃ち抜いて、事務的な視線をシルヴィに向ける。


「な、なんなんだよお前らはッ……! なんなんだよッ!!」


 浮浪者の一人が顔を引き攣らせながらも、弱そうな奴へ駆け寄ってスタンバトンを頭部へ振り下ろす。


「……殺さないほうがいいんだよね? 他の奴ら、生きてるし」


 シルヴィは冷静だった。目の前に迫る金属の塊よりも、緋色の軌跡と、純白の刃の方がよっぽど恐ろしくて、綺麗だったから。それでも少しだけ緊張したから、力を抜くように笑みを作り被る。


 淡々と狙い澄まして引き金を引いた。一発。二発。三発と。上腕骨頭と肩甲骨の間を寸分狂いなく狙い撃つ。衝撃が突き抜けスタンバトンが地面を滑り、男が苦痛に転がった。

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