第12話

「おはようございます、旦那様」


 耳元に感じる荒い息に目を覚まさせられると、目の前には今にも俺に襲いかからんとする、ギラギラとしたツナミの金の瞳が妖しく光っていた。


「……おはようツナミ」


『ブル!?(苦しいよ主!?)』


 お腹の上に乗って寝ていたミナモに気づかず、寝ぼけ眼でツナミの方に寝返りを打ってしまった。


「ミナモもおはよう、気づかなくてごめんね」


『プルン!プル!(まったくもう!許してあげるけど次は気をつけてね!)』


 枕元の時計に目を向けると、既にいつも朝の準備を始める時間だった。


「二人は朝ごはん食べる?」


 二人は俺の魔力を食べてお腹を満たすことが出来るらしいが、一応朝食を食べるか聞いておく。


「私は今満たされてるので、朝食は結構で御座います」


『プル!(ぼくもいらな~い!)』


 俺が寝ているあいだにたらふく魔力を吸ってたらしい。


「心配は御座いません。 今日のダンジョンでのレベル上げまでには、きちんと回復しているはずで御座いますから……甘露で御座いましたよ」


 朝っぱらから正面から抱き着いてささやいてくるツナミは、身長差も相まって柔らかいものを俺の顔面に押し付けてくる。


 十年間も貯めていたものが爆発しているのだろうけど、健全な思春期男子にはとても厳しいものだった。


「……それはようございました。……手早く済ませるから、二人ともプライベートルームに戻ってもらってもいい?」


 頷く二人を確認し、スキルの入り口を作り出す。


「今日は早めに登校するか……」


 両親が起きてくる前には、既に準備が整っていた。






 寝起きでイチャイチャしていた両親に行ってきますの挨拶をして家を出た。


 教室にたどり着くまでに部活の朝練に励む上級生にしか出会わず、なんとも新鮮な気持ちになったのだった。


「そろそろ部活の体験入部の時期だけど、ダンジョン行くってなったら部活に入る余裕なんてなくなるよな~」


 ミナモとツナミと過ごす時間はとても幸福で満たされていた。その時間を割いてまで、部活に打ち込む意欲が湧いてきそうになかったのだ。


 そんなことを考えながら教室に向かうと、教室には誰一人として人がいなかった。


 教室という狭い空間に一人だけ。世界に自分一人しかいないのではないかと錯覚させるほどに、自由な空間だった。


『旦那様、人が来るまでそちらにいてはいけませんか?』


「……人が来たら一瞬で帰ることってできるの?」


『可能で御座います』


 ……それなら大丈夫か?多少心配だったが、教室でツナミと二人で過ごすシチュエーションを思い浮かべてしまい、そんな心配も吹き飛んでしまった。


「おいで、ツナミ」


 槍の姿で登場するときほどの派手な演出ではないが、渦を伴ってツナミが出てきたのだ。

 しかしその服装が、昨日見たトーガとは一風異なっていたのだ。


「それってうちの高校の制服⁉」


 なんとツナミは、高校の制服姿で現れたのだ。


「はい!……似合っていますか?」


「ちょっと色っぽ過ぎるかな?」


「そこは似合っているで良いではないですか」


 頬を膨らませながら、隣の席の椅子に座るツナミ。その姿がさらに色っぽくて、つい顔を逸らしてしまった。


「今日の授業はあんまり念話できる余裕なさそうだから、あんまり構えないけどごめんね?」


「それは構いません、旦那様は授業に集中してください。こちらはミナモちゃんと作戦会議を行う予定で御座いますので」


 作戦会議の内容は詳しく教えてくれなかったが、きっとダンジョン探索での作戦会議なんだろう。


 それから俺たちは、他の生徒が教室に来るまで思い出話に花を咲かせていた。俺が幼いころからずっと見守っていてくれたツナミは、俺の恥ずかしい思い出や失敗談なども知っていて、ありとあらゆる手を使って恥ずかしがらせてきた。彼女はS気質なようだ。




「雄大、なんか今日すごい機嫌よさそうじゃん。昨日の放課後やっぱいいことあったんだ?」


 おはようの挨拶の後、竜司が好奇心を隠しもしないで俺に問いかけてきた。


 昨日帰りにそわそわしていた自覚があるので、やはり気になっていたんだろう。


「まぁいいことはあったよ。本来期待してたこととは違ったけど……」


 本当はダンジョンでの釣りを期待してたんだっけか……今となってはそれよりもずっと良いことだったんだけど。


「へぇ……彼女でもできたか⁉」


「……っへ⁉」


 竜司のそれはありえないと思った揶揄だったんだろう、俺の反応が予想外で竜司も笑顔を引きつらせている。


 聞き耳を立てていた野次馬たちも、どこか騒然としていた。


「おいおい!どんな子だよ!同じ高校の子か⁉」


「近いよ竜司!落ち着け!」


 背が高い竜司に迫られると、少し怖い。いくら身体能力で上回っていると分かっていても、怖いものは怖いのだ。


「今度機会があれば竜司には紹介するよ……それより⁉竜司の方はどうなんだよ?もうダンジョン行ったのか?」


 急いで話をそらすために、竜司にダンジョンの話を振った。


 強くなるには手っ取り早くダンジョンに潜る。実践して思ったが、これが真理だった。だから竜司もダンジョンに潜っていると思ったんだが……。


「四人目のメンバーも加えてダンジョン探索行ってみたよ……冒険者ギルドのサイトで初心者向けって紹介されてた『岩山の廃坑』に行ったんだけど、敵がすげー硬くてさ、一体倒すのに30分もかかっちまった。敵が全然攻撃してこないから初心者向けなんだろうけど、全然強くなれる気がしなかったなぁ」


 竜司に教えてもらい冒険者ギルドのサイトで調べてみると、数人の冒険者が口コミのようなものを書き込んでいたのだが、危険が少なく初心者向け、ハンマーを使えば簡単にレベルを上げられると書き込まれていた。


 その情報を見てダンジョンに向かったはずなのだろうが、ハンマーを使わなかったんだろうか?


「俺たちのパーティー、もう全員職業決定した後だったんだよ。こういうのは早めに決めてレベル上げるほうがいいって思ってさ」


 ゲームをよくする竜司がツナミと同じことを言っている。

 ツナミ曰く職業を設定すればその職業のスキルを得られるので、その後にレベルを上げたほうが効率がいいらしい。


「それはいい判断だと思うぞ?でも職業が決まってたんなら、それにあったダンジョンの方が良かったんじゃないか?」


「ごもっともで!」


 自覚はあったのか、頭を抱える竜司。


「雄大は職業もう決めたのか?」


 そして顔を上げた竜司が俺に職業について聞いてきた。


「あぁ、もう決めたよ……ステータスとか詳しく聞こうとするなよ?プライバシーだからな?」


「分かってるよ」


 朝のホームルームのチャイムが鳴った。


 着実に俺たちの日常が変わっていっているのを実感する。


 しかし悪い気はしない。……それは、俺がミナモとツナミに出会えたからかもしれないけれど。

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