第26話 決戦

「妃奈子さん、必ずまた会います」


 水晶の髪飾りを懐にしまいながら、ヒロヤは呟く。


 ヒロヤは護衛協会の仲間たちに振り返る。ヒロヤを含めて五人。椎名ロック側は十人。


「散弾銃を持っていますが、椎名福助には何もしないでください。リングの外し方を聞かなければいけません」


「ああ。分かっている。行くぞ!」


 有川の叫びに、全員が応える。右手でアイキドウ銃を持ち、安全装置を外し、ヒロヤは椎名を睨んだ。



 相手の銃弾を避けるうちに、ヒロヤは気絶して倒れた敵の付近に来たが、敵の銃弾は止まらなかった。


 護衛者協会五人の活躍で、敵は五人に減った。一人一人の質は、こちらが上のようだ。

 椎名福助は、一番奥に鎮座するかのように、散弾銃をしっかりと構えている。自身の悪意に一点の疑いも持たない彼は揺るがない。護衛協会と違い、椎名側は銃刀法違反で捕らえられる。しかし、椎名に償わせるべき罪はそんなものではない。

 ヒロヤ達護衛者も、椎名側も、最新の技術を使っているのに、頼るのは太古よりある月明かりだ。しかし、風に流れる雲に隠れ、月光が無くなる。



 最後に残った、椎名を守る二人の椎名ロックの人間は、どちらも熟練の銃の腕を持っている。それだけでなく、何か得体のしれない物を感じさせた。


「死刑囚だ」


 有川の言葉で、フォービクティムに入ったスパイの三人も死刑囚だったことを思い出した。


「卑怯者!」


 叫んだヒロヤに、呆れつつも有川は止めなかった。椎名が笑い出す。


「いわゆる持続可能な成長に、リサイクルは欠かせぬよ」


 ヒロヤはもう、笑った。椎名が少し戸惑った様子を見せた。


 だから、護衛者が必要なのだ。暴力で暴力を跳ね返す護衛者は、所詮は暴力で平和を作るという危険思想。だが、悪は確かに世界に存在する。


「有川さん。俺はなんと言われようと、依頼者に肩入れして、一緒に苦しみます。依頼者が誰であってもそうです」


 ヒロヤも有川も敵を見ているが、ヒロヤの言葉に有川が苦笑いしている雰囲気が伝わってくる。


「依頼者と護衛者は、同じ方向を見る仲間です。それこそが護衛に人間を使う意味です」


 有川は、ヒロヤの言葉を全て聞いてくれた。


「俺は、依頼者に与えるだけなんてできません。依頼者にたくさんのものを与えられました。そして、俺はもっと大きなものを依頼者に返します」


 相手が着々と、動き出す。


「ヒロヤ、全力で行けよ」


 有川が銃を構える。ヒロヤは頷く。護衛協会の者達と椎名側の者達が、銃の射程圏内にどんどん踏み込む。銃声と、銃弾が跳ねる音が飛び交う。ヒロヤはそこに混ざらない。


 有川の全力で行けという言葉が、この戦いのことか、それともヒロヤの目指す護衛者の在り方のことか、どちらを指しているのかは分からない。

 だが、ヒロヤはどちらでも構わない。

 今も、これからも、全力で走る。


 月が再び雲から出た。

 護衛者から距離を取る椎名側の人間が浮かび上がる。


 銃で護衛者達と応戦している男は、後ろから来るヒロヤに気づいていない。


 ヒロヤがかかとで相手の頭を勝ち割るように蹴る。ヘルメット越しでも衝撃を与える蹴り方を訓練されているヒロヤの脚に、男は転んだ。

 気を失ったかのように動かない。


 そして、ヒロヤは散弾銃を持つ椎名を見る。付け焼刃で教わったような構え方だ。だが、銃は真似事で撃っても強いものだ。ヒロヤは椎名に近づく。遂にここまで来た。



 ヘリの中、妃奈子が泣き叫ぶ。


 セボーラが妃奈子を押さえる。

「落ち着いて!」


 ヘリの窓からはっきり見える。


 椎名と対峙するヒロヤを、気絶したふりをして狙っている男がいる。


「誰か、ヒロヤさんを助けてください」


 もう片方の水晶の髪飾りを握りしめて、妃奈子は泣きながら叫ぶ。



 ヒロヤは椎名を見る。椎名が引き金に指をかける。ヒロヤは走り出した。


 その途端、ヒロヤ目掛けた銃弾が跳ぶ。そしてそれと同時に、ヒロヤは腹部に何かが刺さる痛みを感じて、走れず、その場に留まった。


 ヒロヤの顔の前を、銃弾が流れていった。先ほどの男が気絶したふりをしていたのだと気がつき、ヒロヤはその男の腹部を撃った。殺しはしないが、強力な痛みを与えた。


 そして、椎名が引き金に手をかける。ヒロヤは、アイキドウ銃を構え、椎名の銃弾を撃った。大爆発する。椎名が反動と爆風で動けないうちに、ヒロヤは必死に走る。


「妃奈子さんのリングを取ってください!」


 後ろから銃口を突き付け、ヒロヤは椎名の腕を掴む。護衛者達が、椎名をぐるりと囲む。


「妃奈子と話をさせろ」


 椎名に、護衛者達が拒否するが、


「有川さん、妃奈子さんを呼んでください」


「ちょっと、ヒロヤ」


 雪野を初め、皆がヒロヤを止めようとする。終わったとはいえ、戦いの場に依頼者を連れてくることは護衛ではない。


「妃奈子さんの護衛者は俺です」


 ヒロヤは先輩達全員の目を見る。


「お願いします」


 護衛者達は、首を振る者、目を伏せる者、様々だ。


「いいだろう」


 しかし、有川が許可を出した。雪野が有川に迫るが、有川が端末でセボーラとアセウガに指示を出した。


 ヘリから出てくる妃奈子にヒロヤは叫ぶ。


「来てください! 最後の戦いです!」


 妃奈子が走って来る。



 ヘリで妃奈子は、急に脚を止めたために撃たれずにすんだヒロヤに、涙を流して喜んでいた。


 少しして、連絡を受け取ったセボーラが慌てた様子で妃奈子を振り返った。


「妃奈子さん、ヒロヤさんが呼んでいるよ」

「ヒロヤさん……私に闘う機会を与えてくださるのですね」


 妃奈子は、ヘルメットをしっかりと被りなおす。


「行きます」


 セボーラも、アセウガも、止めなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る