第2話 狐の神様ってただの不審者じゃないの?

 なぜか動物の耳を頭につけ、尻尾をつけた大人の男の人が、部屋の真ん中にあぐらをかいて座っていた。


「ぎ」

「しっ! 静かに。怪しいものではない。母を心配させたいのか?」


(十分怪しいし)


 叫ぼうとした遥は怪しみつつも、気の弱くちょっと病弱な母親を人質のように話に出されて、押し黙る。けれど、反抗しないわけにはいかなく、また、言いなりにもなりたくなくて、ドアを閉めて部屋に入ると口を開いた。


「あんた、誰?!」

「我は狐の神だ」

「神様?」


 遥はいぶかしむ。確かになんだか服装はお正月に神社で見た神主さんのようであるし、耳やお尻に謎のもふもふもついている。

 けれどそのどれもが、買ってきて身につければそのような容姿になるものばかりだ。

 髪だって白くて長くてなんだか胡散うさんくさい。


「左様。ほれ、菓子をくれたであろう?」

「あんたにお菓子なんてあげてないけど」

「ふむ、これでどうだ?」


 言うと、その狐の神は遥に見覚えのある包み紙を見せてきた。それは、今日見たほこらに置いてきたお菓子のものだった。遥はびっくりして目の前の人物を見る。


「お供え泥棒?」

「違う。しょうがない、あまりしとうなかったが」


 その男の人はやれやれといった表情をしながら、ボワンという音とともに煙に包まれた。


「な、なに?」


 そうして出てきた姿はもう人の形をしておらず、白い尻尾は九つに割れ、毛むくじゃらの狐のような動物がおとなしくちょこんと座っていて。


「手品」


 遥は状況がよく飲み込めなくて、やはり考えうる限りのこれまでに得た知識での答えを口に出したのだった。


「……はぁっ。それも違う」


 その答えは即刻否定されたけれども。




 今遥は、ベッドの上に座り、もふもふした神様をただひたすら撫でている。


「もう、気が済んだのではないか?」

「んーもうちょっとだけー」


 あれからとりあえず部屋のクローゼットから洋服を出して着替え、しゃべった狐のような生き物に、流石に科学で起こりようがない出来事が起こっていると理解し、遥は戸惑った後。


 もふもふを触り倒していた。


「ふっふっふ、得しちゃったなぁ。うち今お父さんが長期転勤で家いないし、飼えないんだよねペット」

「我はペットではない」

「似たようなもんでしょー」

「違う」


 流石にムッとしたのか、神様はまたボワンと音が鳴ったと同時に、人の姿に戻った。


「わぁ!」


 遥も男の人を撫でる趣味はないので、慌ててその場から離れる。その様子を見て溜飲りゅういんをさげたのか、ふふんとした表情をしながら狐の神様は口を開いた。


「そなたには馳走ちそうになった。此度こたびここに来たのは、そのお礼をするためだ」

「え、そうなの? そんなのいいからさっきの姿であたしんのペットにならない?」

「……神に向かってペットとは、畏れを知らぬ女子おなごよの」

「狐って怖いもんなの? 日本じゃ北海道しかいないみたいでよく知らないんだよね」

「そっちではない、神への畏れだ。まぁ良い。とにかく礼がしたいから願いを言え」


 狐の神様は、ベッドの上であぐらをかきながらふんぞり帰って告げる。遥はその姿を床に座って見上げながら、困ってしまった。


(あたしの願いって、なんだろう)


 ここ一年、必死に一日一日をこなしていたからか、すぐには浮かばなくて。ただふと、昔の、キラキラした思い出が浮かんできたからつい、口にしてしまっていた。


「……おさななじみ」

「ん?」

「昔、お隣に幼馴染の男の子が住んでたんだ。すごく、仲良くて。一緒にいると楽しくて」

「ふむ」

「一度でいいからまた会いたいな……」


 それは遥にとって、つい口をついて出てしまった願望だった。叶うと思っていったわけじゃない。けれど、あの時の楽しい気持ちがまた、少しでも味わえたら。

 そうしたらまたずっと頑張れるような気がした。ただそれだけだった。


「よしその願い叶えよう」

「え?」


 言うとまたボワンと音をさせ、その男の姿は跡形もなく消えていた。


「……ゆめ?」


 ベッドには、ただチョコの包み紙だけがポツンとその存在を主張して。

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