第5話:あと戻りなんてできやしないぜ

 スライム部屋を乗り越えた私たちは、そこから順調に、精霊の泉へと進んでいた。途中魔物に遭遇することもなく、変な罠や足跡もなく、安全な旅路である。そして、とある分かれ道に差し掛かった。


「ここで右側の道を行けば、精霊の泉につく。結構広い部屋みたいだな。意外と近かった。で、左側はまた結構奥に色々部屋や別の泉やらあるんだが、精霊の目撃情報が多いのはそのあたりだ。……行ってみるか?」


「……左側って要するに強い魔物の目撃情報があったほうでしょ? ……やめとこ。命を大事に」


「そ、そうですよぉ。余計なことはやめましょう。今はとりあえず早く帰って、お風呂に入りたいです……」


「まぁそうだな。私も左側の道まで覚えてないし。言ってみただけだ。さ、なら右に進むか……おや?」


 スピネルが、左側の道に向かって耳を澄ませた。


「ん? なにか聞こえた?」


 レンジャーやシーフの訓練をしているので、彼女は耳も常人よりもいい。さらに、魔力でその能力を強化することもできる。


「……怖い話、してもいいか?」


「い、いやですぅぅー」


 ルチルを無視してスピネルは口を開く。


「あっちから、子供の泣き声がする……」


「嫌ですって言ったのにぃ……え? 子供、ですか?」


「え? 本当?」


「聴力を強化したから間違いない。……どうする?」


「ど、どうって、なんですかぁ?」


「助けに行ったほうがいいんじゃないか? ってことだ」


 私たちは無言で顔を見合わせた。うん。そう、なんだけど、でもさ。


「わ、わかります、わかりますけどぉ……ほ、本当に? 子供の声、なんですか? なんかそういう魔物いませんでしたっけ。子供の声を出して油断させて襲い掛かる、とか……」


「いるかもしれないけど……でも、本物の可能性もあるわけでしょ? 放っておくわけにはいかないよ、行こう」


 私は、きっぱりと言い切った。ここで日和るわけにはいかない。もしかしたら何らかの理由で迷い込んだ小さな子供が、助けを求めているかもしれない。しかも泣いているってことは、下手をすると魔物を呼び寄せてしまう可能性もある。早く行かないと。


「だな。そうと決まればさっさと行こう」


「そ、そうですね。行きましょう! 間違ってたら逃げましょう!」


 前向きなんだか後ろ向きなんだかわからないが、三人の意思は一つになった。さあ、行こう。迷ってる暇はない!


◆◇◆◇◆◇


 足音を立てないように、慎重に三人で歩く。先ほどまでとは緊張感が違う。幸い、光るコケは引き続きあったので、明かりには困らなかった。スピネルとルチルはマップと道を何度も交互に見て確認している。


 少し歩くと、私達にも子供の声が聞こえてくるようになった。悲痛な、泣き叫ぶような声だ。心配な反面、魔物を呼び寄せないかという不安もある。急いだほうが良さそうだ。二人を促し、ペースを上げた。


「こ、この先結構広い部屋になってますぅ」


「じゃあそこだな、声が少し反響してる」


「急がないと。あ、入る前に様子は見ておいて、スピネル」


「ああ、わかってる。ちょっと見てくるから、待ってろ」


 スピネルは単身で部屋の中をそっと覗き込んだ。そのまま、私達に手招きをして、自分は部屋に入っていった。


「ああーん! おかあさーん! どこぉおおおおおー」


 鳴き声が部屋に響く。部屋の真ん中でしゃがんで泣いていたのは、五歳くらいの子供だった。ただし、普通の子ではない。金髪に加え、金色に近い耳としっぽが生えている。


「狐の獣人……でしょうかぁ?」


「とりあえず、保護して、泣き止ませないと!」


 私は子供に駆け寄った。性別はよくわからないけど、髪が長いから女の子だろうか? 整った顔はしているようだけど、表情は涙と恐怖に染まっていた。


「ね、ねぇ、君、大丈夫? 私たちは、通りすがりの冒険者なんだけど、お母さんとはぐれたの?」


 泣いていた少女は、こちらのほうをじぃっと見た。また泣くか……? と思ったけど、涙をぬぐって、立ち上がった。おお、えらい。しっかりしてる。


「こ、コハクは……気が付いたら、ぐす。ここにいて、なんでかもよくわからなくて、お母さんもいなくて。うぅ……」


 また泣きそうだ。慌ててしゃがみ、目線を合わせる。


「そうなんだ。とりあえずここは、怖いやつがいるかもしれないし、危ないんだ。お姉ちゃんたちと一緒に行こう? 近くの町に行ったら、もしかしたらお母さんいるかもしれないし」


 もしかしたら母親は既に命を落としているかもしれない、とも思ったが、とりあえず脱出を相談する。せめて、早く精霊の泉までは戻りたい。


「う、うん。わかった。いく」


 聞き分けのいい子だ。ちゃんとしつけられているんだろう。


「私はアレク、あっちの赤いのがスピネル、透明っぽいのがルチル」


「説明の仕方!」


「私なんて透明ですよ……なんですか透明な人ってぇ」


 二人の突っ込みは一旦無視する。時間がない。


「こ、コハク」


 自分を指しながら言う少女。まだ一人称が名前なのだろう。


「コハク。よろしく。よし、行こ。どうしようかな……。私が背負って連れて行こうか?」


「え、おんぶ、してくれるの?」


 コハクは少しうれしそうにしている。おんぶが好きなのだろうか。


「うん、いいよ。少し荷物を渡すから待ってて。――スピネル、ちょっとこのリュック、お願いしていい?」


「ああ……ルチルは背中スライム女だしな、了解」


「うぅ……やめてくださいよその呼称」


「よ、っと。大丈夫?」


 コハクを背中に負う。思ったより重いな、子供って。


「うん! 大丈夫! おんぶ好き! 楽しい」


 コハクは笑っているようだ、声色が明るい。人見知りしない子で良かった。


「さて、じゃあ、魔物に気づかれないうちに、精霊の泉まで――」


 私がそういった時、スピネルとルチルが青い顔で、部屋の入口、私達が入ってきた方を指さした。私の角度だと、振り向かないと見えない。だが、なんとなく分かった。そっちから――荒い息が、聞こえる。


 それからは、全力だった。スピネルが走って、部屋の別の出口にみんなを誘導する。私とルチルも全力疾走だ。ただ、先頭を行ったスピネルが地図を持っていなかったこともあり、岩が転がっているだけの部屋に追い詰められてしまった。


 私たちは戦闘の準備をして、魔物――オーガを待ち構える。負けるわけにはいかない。負ければ、少女まで犠牲になる。


「みんな! 行くよ!」


 震えそうな体に活を入れ、私たちは戦闘を開始した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る