第4話 孤児院


 次の日、僕はタンサの町の北地区にある孤児院に向かった。


 孤児院は古い建物だったが庭は広く、その一部は畑になっていた。

 門から庭に入ると、玄関の前に幼馴染みのリリスがいた。

 リリスは僕と同じ十六歳の女の子で、同じ日に孤児院の前に捨てられていたらしい。髪は淡い金色につぎはぎだらけのクリーム色の古着を着ている。


「あ、ヤクモくん!」


 リリスは青い瞳を輝かせて、僕に歩み寄った。


「今日は冒険者の仕事は休みなの?」

「……う、うん」


 僕は言葉をにごした。


「んんっ?」


 リリスが僕に顔を近づけた。


「……ねぇ、ヤクモくん。何かあったの?」

「えっ? 何かって?」

「いつもと違って、少し元気がないみたい」

「あ……それはゴブリンとの戦闘で頭を打ったからかもしれない」


 僕は腫れた頭部に触れる。


「でも、血も少ししか出なかったし、この通り元気だから」

「それならいいんだけど……」

「と、それより、フローラ院長はいる?」

「うん。院長室にいると思うよ」

「じゃあ、挨拶してくるよ」


 僕はリリスから離れて、院長室に向かった。


 やっぱり、リリスは鋭いな。聖剣の団を追放されたなんて知られたら心配するだろうし、上手くごまかさないと。


 木製の扉を開くと、部屋の中にフローラ院長がいた。


 フローラ院長は七十代の修道女で白い髪を後ろで束ねていた。白い服を着ていて腰が少し曲がっている。両親の顔を知らない僕にとって、母親のような存在でもあった。


「あら、ヤクモくん」


 フローラ院長は僕の顔を見て、目尻にしわを寄せた。


「子供たちに会いにきてくれたの?」

「はい。それとフローラ院長に」


 僕は腰に提げた魔法のポーチから大銀貨二枚を取り出し、フローラ院長に渡す。


「これ、孤児院の運営に使って」

「……ありがとう」


 フローラ院長が僕に頭を下げた。


「でも、大丈夫なの? この前も寄付してくれたでしょ」

「ちゃんと冒険者の仕事をやってるから、このぐらいの寄付なら問題ないよ」


 僕はぎこちなく笑った。


「この孤児院は僕の家みたいなものだから」

「……そうね」


 フローラ院長の目が細くなった。


「それにしても立派になったわね。まだ十六歳なのに冒険者になって、町で有名な聖剣の団に入るなんて」

「う……うん」


 僕は額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐう。


「子供たちは、あなたがSランクの冒険者になるって言ってるわ」

「ええっ? そんなの無理だよ」


 僕はぶんぶんと首を左右に振る。


「Sランクの冒険者は戦闘の天才ばかりだし、レステ国に三十人もいないんだから」

「わかってるわ。あの子たちはあなたが大好きだから、夢みたいなことを言ってるだけ」

「そう……だよね」


 冒険者のランクは最低のFから、E、D、C、B、A、Sと七つあり、AランクやSランクの冒険者は巨大なドラゴンさえ倒すことができると言われている。特にSランクの冒険者は人々の憧れでもあり、多くの冒険者の目標でもあった。


 とはいえ、ほとんどの冒険者がAランク以上になることはない。AランクとSランクの冒険者は非凡な戦闘センスや強力な戦闘スキルを持つ者だけがなれる特別なランクとも言えるから。


「でも、もし、あなたが子供の頃に病気にならなかったら、本当にSランクになれてたかもしれないわ。だって、ユニークスキルを二つも持っていたんだから」

「たしか、僕が四歳の時に原因不明の高熱が出たんだよね? それでスキルが一つ無くなったんだっけ?」


 僕の質問にフローラ院長はうなずいた。


「ええ。あの時は五日以上高熱が続いてね。あなたはずっと苦しんでいたの。頭がすごく痛いって泣いてたわ。そして、やっと治ったと思ったら、【魔力極大】のスキルがなくなってて」

「そんなことがあるんだね」

「私も聞いたことがない症状よ。でも、あなたが病気になる前に【魔力極大】のユニークスキルを持っていたことは間違いない。鑑定器で何度も鑑定したから」

「へーっ、そうだったんだ」

「シスターたちも驚いていたわ。ユニークスキルを二つも持っている人族なんて、聞いたことがないって」


 フローラ院長は僕をじっと見つめる。


「もしかして、あなたは……」

「んっ? 何?」

「……いえ。何でもないわ」


 首を左右に振って、フローラ院長は微笑む。


「あの時、【紙使い】の能力もなくならなくてよかったわね」

「うーん。たしかにそうだけど、【魔力極大】のほうが残ってほしかったな」


 僕は深くため息をつく。


【魔力極大】は基礎魔力の量を格段に上げるユニークスキルだ。百年以上前に活躍した大魔道師が持っていた非常に珍しいスキルで、このスキルを持っていれば、具現化できる紙の量を千倍以上に増やすことができただろう。


 もし、【魔力極大】のスキルがあれば、僕は追放されなかったかもしれない。ずっと研究していた特別な紙をたくさん使えるようになるから。


 無言になった僕の肩にフローラ院長が触れた。


「大丈夫よ。強いスキルがなくなったとしても、あなたは強くて立派な冒険者になれる。私は信じてるから」


 その言葉を聞いて、僕の目頭が熱くなった。


 外に出ると、数人の子供たちが走り寄ってきた。


「ヤクモ兄ちゃん!」


 四歳のマーニャが僕のズボンを小さな手で掴む。


「遊んで、遊んで!」

「ははっ、マーニャは何をして遊びたいの?」

「えーと……えーと……楽しいこと」


 マーニャは舌足らずな声で言った。


「楽しいことかぁ」


 僕は頭をかいて、瞳を輝かせている子供たちを見回す。


 鬼ごっこじゃ、小さなマーニャは楽しめないよな。かくれんぼは前にやったし。


「……よし! それなら鳥を追いかける遊びをしようか」

「え? でも、鳥さんなんていないよ?」


 マーニャが青い空を指さす。


「大丈夫。鳥は僕が作るから」


 僕は手のひらに紙を折って作った鳥を具現化した。紙の鳥は、ふわりと宙に浮かび上がる。

 子供たちの目が丸くなった。

紙の鳥は僕の意思に従って、ゆらゆらと円を描くように飛ぶ。


「わああああっ!」


 子供たちが紙の鳥を追って走り出した。


 みんな元気そうだけど、痩せてるな。服も色あせてるのが多い。

 もっとお金を稼いで寄付を増やさないと。


 僕は紙の鳥を操作しながら、唇を強く結んだ。

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