第5話

 第42宇宙港月見基地は、ようは空港らしい。


 目の前の歩きながら案内してくれているハルミちゃんがそう言った。


 ターミナルとかもそうだけど、土産屋さんもあるしご飯を食べられる場所もあるし、ショッピングもできる。住んでいる町の地下にこんなのが広がっているだなんて知らなかった……。


「それも当然だと思われます。月見町の開発と同時に、この基地もつくられてますから。確か、七十五年前のことです」


 七十五年! おばあちゃんが今年八十八歳になったばかりだから、十三歳の頃ってことかあ。


 ターミナルの大通りできょろきょろしてたけど、七十五年が経った建物とは思えないほど、ピカピカしている。明かりとか、スクリーンとか。窓なんかもついている。地下なのにって思ったけど、あれはただの映像なんだとハルミちゃんは教えてくれた。


「ほかにもこういうところがあるの?」


「はい。世界中に存在しています」


「そうなんだ。どうして月見町にそんなのが……」


 先を歩いていたハルミちゃんが振り返る。両手で持っていたアイスコーヒー(ブラック)をちゅうっとストローで吸い上げてから。


「あなたのおばあ様である弓野はなさんが、宇宙人と遭遇したのが、最大の理由でしょう」


「おばあちゃんが!?」


「はい。それで、日本政府も事の重大さに気が付き、宇宙港をそして、宇宙人に対抗できる組織をつくることにしたのです」


「じゃあおばあちゃんは宇宙人と話を」


「したと思われますが、公式な記録には話をしたという事実しか残されていません。内容を知りたいのであれば、本人に聞くしかないでしょうね」


 ハルミちゃんは、わたしの質問になんでも答えてくれる。


 月見基地には何があるの、と漠然とした質問を投げかけた時はすごかった。


「なんでもあります。宇宙船、医療装置、タイムマシン、ワープゲートは港に置いてあるものとは違い、短距離のものですが、どこへでも行ける優れものです」


「どこへでもって、スカイツリーの頂上とか?」


 次の瞬間。


 わたしの体は風に揺られていた。眼前に広がるのは、空と大地から伸びるコンクリートのビル。すうっと冷たいものが足から背中まで駆けあがっていく。足元を見ると、針みたいな場所に片足で立っていて――。


 次の瞬間、つま先の下はアンテナではなくて、白い床に戻っていた。


 さっきいたのは、スカイツリーの先端……。


 わたしを吹き飛ばそうと絡みついてくる風を思い出すだけで、力が抜けていく。気が付けばわたしは、その場にへたり込んでいた。


「すみません」眉をわずかに下げたハルミちゃんが手を差しだしてくる。「サプライズのつもりでしたが、確認を取るべきでしたね」


「う、うん。次からそうしてほしいな」


 わたしはハルミちゃんの手を掴んで立ち上がる。膝はまだ震えていた。


 でも、今のがワープってことだよね。すごいなあ、小説の中のものが、ここでは当たり前のように使われてる。


 ほかにも、時間の流れが遅い部屋とか冬眠できる装置とか、案内してもらった。……そういったものは、使わなかった。だって、さっきのが怖すぎたんだもん。同じような目には遭いたくないよ。


 そんな感じで、最初の場所、ターミナルへと戻ってきた。わたしはトイレに行ってきたんだけど、その間にハルミちゃんは、アイスを持って立っていた。


 ってあれ?


「ものを持ってる……?」


「アイスクリームをプレゼントしようと思いまして、コミュニケーションのための個体を作成しました」


「体をつくれるってことを当たり前みたいに言わないで」


 どうぞ、とアイスが差し出される。受け取って、食べる。ひんやりとしたバニラの甘みが口の中いっぱいに広がって、気持ちいい。食べていると、ハルミちゃんがわたしを見ていることに気が付いた。


「あ、アイスついてるかな」


「ついていません。――先ほどはすみませんでした」


「さっきのはすっごく怖かったけど、今となってはすごいなあって思ってるから大丈夫」


「それならいいのですが」


「うん」


 ハルミちゃんは、その場に立っている。その表情には感情がない。なんだかマネキンみたいで怖いけど、よく見てみると、まゆげがわずかに下がっていた。


 いてもたってもいられなくて、わたしはハルミちゃんの手を握った。ゾッとしてしまうくらいに、その手は冷たい。人間っぽいけど、やっぱり人間じゃないんだ。


「一緒にアイス食べよ。早くしないととけちゃう」


「それもそうですね。どうしますか絶対零度の部屋もありますが」


「……よくわからないけどとっても寒そうだから、そこのベンチに座って食べよ」


「了解いたしました」


 わたしとハルミちゃんはベンチに座って、アイスクリームを食べる。ぺろぺろとアイスをなめながら隣のハルミちゃんを見てみる。真っ白な肌の女の子。どこからどう見てもヒトで、機械でつくられたとは思えない。セキアもそうだけど、ぱっと見じゃ絶対わからないよ。


「わたしにできるのかなあ」


「大丈夫です」


 ほっぺにアイスクリームをくっつけたハルミちゃんが、わたしのことをまじまじ見つめてくる。


「貴女ははなさんのお孫さんですから」


「おばあちゃんはおばあちゃんだよ」


 おばあちゃんはいつまでも元気だし、力も強い。それに頭だっていいの。


 でも、わたしは……。


「そうかもしれませんね。でも、ゆこさんにしかできないこともあるような気がいたします」


「そうかな」


「ええ。いい刺激になると思います」


 ハルミちゃんの目が細まった。誰に対して向けられた言葉なのか、何となくわからないでもない。


 わたしとセキア。


 仲良くできるのかなあ。すごく不安。なんていうか、向こうが何か言ってくると、言い返したくなっちゃうんだ。いつもならそんなことないのに、どうしてだろ。


 考えていると、手の中のアイスクリームが溶けて、コーンをふやかしていく。わたしは急いで口の中へと突っ込んだ。

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