第9話 【ある町民の追憶】

「……は……ははははは……!!!」




「どうだ……やってやったぞ……! 何が聖女だ、ちっとも怖くねえ!!」




「兄さん、女は気絶してまっせ!!! 早くやっちまってください!!!」








 ――中央広場を取り囲むように集まった民衆が、俺を見ている。




 中には拳を突き立てて、必死に応援する奴もいた。ここに集まった連中、全員が俺の味方と言ってもいいだろう。






(……)




(……いや、殺すのはちょっとな……!?)






 国王陛下を殺されたことについての恨みは確かにある――が、命を懸けれるかというとそうでもない。俺王国騎士に就任してから3年で、陛下が殺された後にやってきたからな。



 今回のこれについては、なんかもう、あのクソ団長からのストレスを発散できればいいかなぐらいにしか思っていないわけで。



 俺にだって家族がいるよ!? 家に母ちゃんと婆ちゃんが待っている。俺の給金で仕送りしてやらないといかん。なのに命投げ捨てるのはさぁ――






「……」




「……うおおおおおおおっ!!! 俺はやるぞ俺はやるぞー!!!」




 で、でも、ここでサリアが犯人だってことにちしまえば、俺は国王陛下の仇を取ったということで英雄に――!!!








「……うっ? ああっ?」




 俺は振りかざした槍を、空中で止めた。振り下ろして喉元を貫くのを思いとどまったのだ。






「……」




 その理由は――ガキだ。



 サリアが倒れた下からもぞもぞと、はいはいをしてガキが出てきた。



 赤ん坊の服を着た、どっからどう見ても5歳以下であろうガキンチョ。






「……おれちゃまを偉大なるドラゴンだとちって――」




偉大なるドラゴンだと知っての狼藉か?」






 3秒後には、そのガキは




 もはやはいはいをする意味はない、といった雰囲気だった。そしてそれを纏ったまま――






「ギャアアアアアアアッ……!!!」





 男の一人が呻き声を上げる。見るとそれは、先程サリアに魔弾を浴びせた魔法使いだった。雷に打たれたのか、肉体の欠片に至るまで黒焦げになっている。




 そして赤ん坊の服を着たまま、ガキはそいつを睨んでいた――






 ――違う! 雷が落ちたのか……!!!






「偉大であることはつまり、寛容であるということだ。故に大抵のことでは怒らぬ。だがそれに区分できないことが起こった際には、一切の容赦をせぬ――」




「おれ様及び我が『家臣』に攻撃を加えるなぞ、その典型例だな?」








     あぐ。あ。



     おれ、何、された。



     ガキ、睨んだ。おれ。



     そしたら、他の奴らも。



     倒れたり、泡吹いて、悲鳴上げた。





     睨んだ瞬間に。凄まじい威圧が。



     場を支配した。逃げたい。足ガクガク。



     逃げられない。足動けない。固まる。






「さて人間共よ。おれ様は腹が減って仕方ない。ついては『リンゴ』『バター』『砂糖』――この3つについて、おれ様に献上せよ」






    ……ど、どういうことだ。



    リンゴ? バター? 砂糖?



    そんな程度の物で許してくれるのか。



    明らかにガキのそれじゃないこのガキは。



    だったら今すぐ持ってこよう。持ってこよう!






「い……いいいいいいっ!!!」



「命だけは!!! お助けをおおおおおおおおおをををををを-ーーーーー!!!!!!!!」




 俺は目の前のガキに向かって、土下座をした。

 ――リンゴを持ってこなくっちゃ。

 足どころか全身が震えて、心臓なんて喉から出そうだ。

 ――バターを持ってこなくっちゃ。

 何だか股間が湿っている。多分びっくりして出てきた。

 ――砂糖を持ってこなくっちゃ。





「人間共、何をしている? 命令を受けたのなら早急に動け。まさかおれ様の言葉が、聞こえていなかったわけではあるまいな?」






 ガキが再びそう言うと、また威圧感が場を襲う。

 ――リンゴ! リンゴだって!

 何度もそれに当てられて、とうとうぴくりとも動かない奴が出てきた。

 ――バター!! バターだよ!!

 それを受け止めようにも、やっぱり身体は動かない。

 ――砂糖!!! 砂糖なんだよ!!!






「聞こえていなかったという言い訳は聞かん。聞く努力をしなかった貴様等の怠慢だ」



「もう一度言ってほしいという命令も聞かん。貴様等は所詮おれ様より下に位置する者、上より支配する者に軽々しく命令をするな」



「おれ様が待っていることにすらも感謝しろ。だがそれに甘んじ、これ以上待たせるようなら、寛大なおれ様とて考えなくてはならん」






 は手を出し、爪を光らせて威嚇を始めた。

 ――誰か、誰かリンゴを!!!

 凶器を持ち出されたことにより、誰かが恐れのあまり走り出す。

 ――バターだ、バターを持ってこい!!!

 だが今はその勇気が全てを救うのだ。

 ――砂糖もだぞ、砂糖もだ!!!






「おおおおおおおおおおっ、おおおおっ!!! お許しください!!!」

「……ふん」





 俺はずっと頭を上げられていなかった。


 頭を上げたら、恐ろしいものが目に入る。


 恐ろしいことになる。恐怖で首が竦んでいた。




 どさどさと袋や箱が落とされる音がした。


 誰かが持ってきてくれた。献上してくれたのだ。


 ああありがとうと感謝する間もなく――






 ごうっと音を上げて、何かが燃えた。




 それから、自分の身体が、ぐいっと持ち上げられる――






「して人間よ。おれ様の偉大さを一早く察することができた器量は褒めてやろう」



「だが褒めるだけだ。それ以外に与える物は何一つない」



「さて、おれ様に弁明することはあるか? 消え去る前に聞いてやるとしよう」








「あっ、ああああああっ、あああああああ……!!!」






 あのお方が眼前に入る――静かな表情で、俺を見つめになられていた――



 俺はを引っこ抜いてしまった――イライラしていたが為に、浅はかだった――




 揺らめく炎はあのお方の怒りだ――怒りに包まれて何もかもが燃えていく――



 滅ぶ、滅ぶ――もうこの町は、国は、世界は。






「許して、許して、許してええええええええええ……!!!」


「おれ様に懇願するか。さっき言っていた、国王陛下とやらに対する忠誠心は、その程度の物か?」




「死にたくない!!! 死にたくない!!! 死にたくないよおおおおおおおおお!!!」


「はぁ……」







 グシャリ!!!







 あれ。これ何の音だろ。



 あ、わかった。俺の頭だ。



 俺の頭がごちゃみそになった音。











「……ああ、燃えたな。人間は火が点くと燃えるんだ。おれ様は見たから知っている」



「しかし、全くもって教育が成っていない人間達であった。おれ様の命令も聞かず、死にたくない死にたくないと……命に関する懇願をするばかりだ」



「恐怖に震え上がるより、おれ様の命令に従うのが先であるはずなのに。こんなものが慕っていた王なぞ、所詮大したことはなかったのだろう。人間の務めを果たしていないのだからな」






「……その点、サリアは本当に優秀だ。おれ様の姿を見て、恐れることなく守ってくれた。おれ様の正体を明かしても恐れない。挙句の果てには、おれ様の手伝いをしたいと申し出た――」






「くっ、ははは……実にいい人間だ。家臣としてこの上ない優秀さ……他の『竜帝』が望んでも早々現れるものではない、もはや才能と言ってもいいだろう」



「勿論他の誰にも渡さん。竜にも神にも魔にも、人間にだって渡さん。おれ様の下に来ておれ様と契約を結んだからには、断固としておれ様の所有物だ」






「さて、マクシミリアンに蔓延る人間共よ。よくもおれ様の真なる価値を理解せずに、封印なぞしてくれたな」



「そう遠くないうちに、その報いは受けてもらうぞ」

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