ラグランジュ・ポイント
高町テル
第1話 じいちゃんは教育に悪かった
「いいか、
今は亡きじいちゃんは、口癖のようにそんなこと言い、わしは若い頃四股だった、と続けて言っていた。相撲の話ではない。四人の女性と同時に交際していたという話だ。悪びれもなく自慢げに言うたびに、ばあちゃんにしこたましばかれていた。
なので、話をする時はこっそりと俺を部屋に呼びつけていた。今思えば、年端も行かないガキンチョに、過去の女性遍歴を英雄譚のように語るじじいは、控えめに言っても最低な野郎だが、なぜか俺はじいちゃんのことが好きだった。
内容の倫理観は別にしても、話が面白かったからだ。じいちゃんはかなり口が達者だった。いわく、しゃべりが上手いとモテるぞ。
もっと言えば、勉強ができるやつはモテるぞ、とか、運動できるやつはモテるぞ、とか。やっぱりガキンチョに言う言葉じゃないよなあ、と今だからこそ思うが、当時ガキンチョの俺は何をとち狂ったのか、じいちゃんに憧れていたみたいで、じいちゃんから教えられるモテるテクニックとやらを実践できるように、真面目に勉強や運動をしていた。
それ自体は良いことなのだ。小さい頃から勉強や運動の習慣がついて、高校生である現在も生かされている。文武両道。おかげで成績は常に上位だ。やったね。
で、問題はその先のこと。知識と身体能力は武器であり、重要なのはそれらを扱う戦術だとじいちゃんは熱く語っていた。
あれやこれやとガキンチョの俺に教え込んだのは、男のカッコつけ方、男の戦い方。
ガキンチョの俺は何を考えたのか、いやたぶん何も考えずに、じいちゃんから教えられたそれを、幼馴染の女の子相手に試すように実践していたのだ。ここ重要です。テストに出ます。
その頃、何を話してたかは正直覚えていない。バカなガキンチョの俺は、単純に幼馴染の女の子と楽しく遊んでいた、という感覚に過ぎなかったからだ。
そんなバカなクソガキだった俺でも、おかしいと思い始めたのは中学生になったあたりだ。いわゆる思春期というやつだ。男女のあれこれを意識し始めた頃、もしかしてじいちゃんの言っていたことは相当やばいのでは? と気づいた。
遅いよバカ、ともしタイムスリップできたら言ってやりたい。いやもっとさかのぼって、小学生の俺をぶん殴りたいとさえ思うね。
それからというもの、あまり女の子相手に踏み込んだことをしないようにしていた。
それが変わったのは、高校生になったからだ。クラスメイトにひと際かわいく思える女子がいた。恋だ。いいね、青春だ。
とにかく俺はその子に好かれたいと思っていた。積極的に話をして、仲良くなって、頑張った。じいちゃんに良いこと教えてもらえたなあ、なんてのんきにバカなことを考えたりもした。
きっと彼女も恋愛というものに興味があったのだろう。彼女からの告白を受け入れ、交際を始めることとなった。お互い初めての恋人だ。初々しいね。
――さて、さてさてさて。
この時の俺はとても重要なことを忘れていた。
それはもちろん、幼馴染の女の子のことだ。俺は、ガキンチョの俺がその子に言った言葉をぼんやりと思い出した。
確か、家族になりたい、みたいなことを言っていた。
プロポーズかな?
だが待って欲しい。それは子供の言うことだ。ガキンチョの俺はバカで単純なので、家族くらい距離の近かった幼馴染に、これからももっと仲良くしたいね、くらいの気持ちで言っていたはずだ。
いや、だめだろう。それ、じいちゃんの影響をもろに受けてるじゃん。
幼馴染の女の子は、それを実際にプロポーズの類であると判断したらしく、小学生から今の高校生に至るまで、俺とその子は彼氏彼女の関係であると認識しているようだった。
つまり、バカな俺は、そのことが頭からすっぽりと抜け落ち、クラスメイトの女子と恋人になったのだ。
幼馴染かつ恋人がいる身でありながら、クラスメイトの女子と恋人関係になったということだ。
それは俗にいう、二股、というやつだった。
俺は青ざめたし、脳内のじいちゃんをしこたましばいたけれど、結局のところは俺が全て悪いのだ。
けれど、俺には覚悟がなかった。
クラスメイトの女子は好きだし、幼馴染の女の子も好きだった。後者はいわゆるLIKEの好きというやつだったが、今となってはわからない。自覚した途端、感情の矢印はすさまじい勢いで迷走したのだ。
腹を切って詫びる覚悟のない俺は、うまい具合に落としどころがないかと足掻くことにした。
ラグランジュ・ポイント。
ざっくり言うと、二つの星の重力が釣り合うポイント。
俺は、そのラグランジュ・ポイントを目指す宇宙飛行士だ。
――人はそれを、開き直ったクズという。
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