第2話

俺の名前は檀上歩。27歳、独身。


日本のとある地方都市…よく言えば自然が豊かな、悪く言えば特筆するものが何もない『ド』が付くほどの田舎で生活をしているどこにでもいるような一般人だ。


大学を卒業後、地元の企業に就職し平凡な日常を過ごしていた。いや、平凡と言うにはいささか苦労の多い企業に就職してしまった。給料自体は悪くはなかったが、休日出勤と残業は当たり前。せっかくもらった給料も使う時間が無いほどに忙しい日々を送っていた。


そんな俺の平凡な日常にある問題が発生した。直属の上司が通勤中の電車の中で痴漢をして捕まったのだ。正直、その事実は俺にとって悪くはない知らせだった。こいつは自分では仕事をほとんどせず、俺達のような平社員に仕事を丸投げにするような尊敬できるようなところが一切ない屑人間だったからだ。


しかし、それがきっかけか、我が社のギリギリであった経営状態の歯車が狂い始めてしまった。これまで高収入であったため何とか不満を押し込めることが出来ていた平社員からの不満が一気に爆発。これを収めようと会社の上層部との醜い争いに発展し…端的に言えば、一度狂ってしまった歯車が元の状態に戻ることはなくあっけなく倒産してしまったというわけだ。


正直きっかけと結果があまりにもかけ離れたものであったが、いずれはそうなっていたことだろうし、それが多少早まっただけであったという気もする。まぁ、そんなわけで俺は晴れて無職になったというわけだ。


幸いスマホゲーム以外これといった趣味が無く、貯金の額は同年代のサラリーマンより貯めている方だと思う。これまでの激務の反動からか急いで再就職する気になれず、のんびりと就職活動をしていたある日、一本の電報…ではなく電話が届いた。


電話の主は父方の祖父だった。内容は祖父の父、つまり曾祖父が死んだので、色々と手続きやら挨拶回りなどやらなきゃならんことがたくさんある、無職である俺に手伝えとのことだった。


電話口の感じだと、それほど曾祖父の死について悲しんではいなかった。それもそのはず、曾祖父はすでに齢100を超えているためだ。祖父ですら大往生だと思っており、悲しみよりもよくぞここまで生きてくれたという誇らしいという気持ちの方が強かったのだと聞かされた。


暇をしているのも事実だし、曾祖父の家には何度か泊まりに行きそれなり世話になった記憶もある。少しでもその恩を返せるならとこれを了承し、車で何時間もかけて曾祖父の家のある町に行くことになった。


そこから先は、祖父とその兄弟の言われるがままに通夜やら告別式の手伝いをした。大変ではあったが会社勤めをしていた頃に比べれば大したことはない。気が付けば火葬を終わらせ、祖父の兄弟一同が集まり今後の事について話し合うことになっていた。


曾祖父の遺産を巡る骨肉の争いが始まるのか…そう思っていたが意外なことにそうでもなかった。何でも兄弟皆それなりに成功した人生を歩んでいるそうで、あまりお金には執着してはいないのだそうだ。


しかし問題が全くないわけでもない。それは曾祖父の持ち家と、家の近くにある持ち山の管理をどうするのか?と言う事だ。


家についてはそれほど問題はない。曾祖父が90になる前に兄弟一同が金をだして家をまるっとリフォームしており、十分に住むことのできる状態である。しかし問題は山の方だ。この山の管理をどうするのか、そのことで話し合っていた。


山の管理は大変である。まさしく負の不動産、『負動産』というヤツだ。いくら時間と金があるとはいえ、これを管理するのは老体には大変であろう。


普通なら長男である俺の祖父が継ぐのが順当な考えだ。しかし祖父を含め兄弟はここから遠い地に住居を構えている。山の管理の為に頻繁にここまで移動するのは骨が折れるからと、祖父がなかなか折れなかったといわけだ。


ではどうするか…そうなったときに白羽の矢が立ったのが、最近無職になった俺だと言うわけだ。勿論断ることも出来たが、どこか運命のようなものを感じてしまいこれを了承。流石に俺に悪いと思ったのか祖父の兄弟が遺産をすべて放棄し、最終的には曾祖父の遺産がすべて俺の物になった。


嬉しい誤算だったのは曾祖父の遺産は『負動産』だけでなく、現金預金もそれなりに貯めこんでいてくれていたことだ。総額にして4ケタ万円を優に超えており、新しい生活の基盤を整えるには十分な資金といえた。


もちろん、何の知識もなく山の管理を安請け合いしたわけではない。学生の頃に何度か曾祖父の手伝いとして山の中に入って一通りの仕事は教わっている。草刈り機もチェーンソーもそれなりにつかうことが出来るのだ。まぁ、手伝いというよりはお駄賃目当てのアルバイトという感覚に近かったが、それでも曾祖父が喜んでいたので立派な孝行であっただろう。


相続による名義の変更などの煩雑な手続きを祖父達に任せ、俺はそそくさと自宅へと帰り引っ越しの作業を始めた。元々それほど多くの家財があるわけでもないのですぐに終わらせ、翌週には曾祖父の家に住むことになった。


ひとまず相続した金でネット設備などのインフラを整備する。少なくない支出ではあったが、俺の貯金だけでも十分に支払うことが出来た。そうして俺の第二の人生が始まったのだ。

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