最後の日なのです!

 今日は4万7714歳、最後の日。そう、明日は4万7715歳の誕生日だ。

 悪魔には寿命がない。消滅しない限り永遠と生き続けることができるのだ。


 この年齢に苦しめられた1年が終わりを迎え、さらに歳を重ね、年齢に苦しめられる1年が再び始まろうとしている。


 誕生日では年齢分のロウソクの火を吹き消さなければならない。

 節分では年齢分の豆を食わされ、バレンタインでは年齢分のチョコをもらい、餅つきでは年齢分の餅をつかなければならない。


 もう嫌だ。この年齢に苦しめられる暮らしはうんざりだ。


 なので私は、家を飛び出しました。家出です!

 追跡阻害のローブをつけているのでおじいちゃんやパパでも追跡は不可能! 私を見つけることはできないのです!

 今頃、デヴィル城は大騒ぎだろうな~、家出したことによって年齢分の何かをやらされることがなくなればいいんだけどな……



 私の家出は初めてじゃ無い。反抗期だった頃はしょっちゅう家出をしていたものだ。

 毎回、おじいちゃんかパパかお兄ちゃんが私を見つけ連れて帰る。でも今回は見つからずに家出してみせる。絶対に帰らないぞ!年齢に苦しめられる1年なんて送りたくない!!



 今回の家出はいつもと違う。愛龍のクウチャンも一緒なのだ。だから、何だか楽しい。それにクウチャンと一緒ならどこへだっていける気がする。


「ね? クウチャン!」


「クゥウウ!!」


 エイエーンは意気揚々とピクニック気分で地獄道、ダークエルフの里を超えて、その先の闇山へと向かっていた。



 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 一方その頃、デヴィル城では……



「大変です!! エイエーン姫がどこにもいません!! おそらく家出です!!」


「な、なにぃいいい! 可愛い可愛い娘がまた家出か! 一体何に不満があるというのだ……えーい、すぐに探すんだ!! また追跡阻害のローブをつけてるはずだ! 隈なく探すように手下達に伝えるんだっ!!!」


「はい!!」


 エイエーンのお世話係のメイドでもある、白い雌兎の使用人がエイエーンがいないことに気付き、すぐに暗黒界悪魔国家の国王でもあるエイエーンの父親のイツマデーモンに報告をした。


 追跡阻害のローブは先代の国王が作ったもので、どんなに黒魔法を屈指しても対象となった人物を見つけるのは不可能に近い。否、不可能だ。それほどすごい魔具なのである。


 こうしてエイエーンの家族とデヴィル城にいる手下の悪魔達全員でエイエーンの捜索が始まった。



「エイエーン!!!! 俺の可愛い可愛い妹のエイエーン!! 姿を見せてくれ!!!! どこだぁああ!!!」


 必死に叫んでいるのは兄のナガイーキだ。暗黒界中を飛び回っている。探し方としては問題ないが計画を立てていないので効率が悪すぎる。多分同じところをぐるぐると探しているだろう。



「うぉおおおお孫よぉおおお! どこなんじゃ!! どこにいったのじゃぁぁあああ!」



 ナガイーキ同様に飛び回って探しているのは祖父のモウスーグだ。暗黒界だけではなく神の領域にまで足を踏み込んでいる。

 神と悪魔は目が合えば殺し合い、戦争になるかもしれない関係だというのに……さすが神殺しの異名を持つ悪魔最強の男、モウスーグだ。



「え、今、悪魔国家の元国王モウスーグが通らなかったか?? 一瞬だったけど……」


「はぁ? そんなじじいがここまで来るわけないだろ! 少しでも神の領域に入ったら戦争もんだぞ! あり得ない」


「ハハハッ、だよな……見間違いか……ハッハッハ、そんなことよりもカオスさんを早く探さなきゃ!」



 現役の神達にも気付かれないほどだった。モウスーグは瞬間移動だけではなく気配も消してエイエーンの捜索をしていたのだった。



 そしてエイエーンの母親のトーワはエイエーンの捜索をダークエルフの里にいるダークエルフと邪精霊そしてドワーフにも協力を求めていた。


「エイエーンちゃんが家出ですか!!! わ、私がなんとしてでも見つけます!!」


「ごめんね、ワッフル姫のところならいるかもしれないと思ったんだけど……」


「お母様! 絶対私がエイエーンちゃんを見つけます! そしたら結婚させてください!」


 ワッフルはトーワの手を握り本気で婚約を求めた。

 トーワは「いいわよ~姫同士の結婚なんて素敵ね~」と、満更でもない表情で言ってワッフルの気合いを高めたのであった。



「ダークエルフの里に住む邪精霊、ドワーフ、そしてダークエルフの皆さん!! 私、ワッフルからお願いがあります!! エイエーンちゃんが家出をしたことはもうご存知だと思います! 皆さんでエイエーンちゃんを探して見つけてください! そして私のもとまでエイエーンちゃんを連れてきてください! 結婚したいです! お願いします!!!」


 ワッフルはすぐさまダークエルフの里全土に聞こえるように黒魔法を屈指し声を届かせた。緊急放送だ。

 ダークエルフの里に住む者ならワッフルの頼みは誰も断らない。さらにエイエーン姫の家出なら尚更だ。全員がエイエーン姫を愛している。だから捜索しないわけがないのだ。



 そしてエイエーンの父親のイツマデーモンは妖怪国家と怪物国家、さらには猪人国家に顔を出し捜索願いを出していた。


「頼む! みんなの力が必要だ!! 俺の娘をさがしてくれぇえええ!!」


 頭を垂れて涙を流しながら訴える暗黒界悪魔国家の現国王。その姿に暗黒界中の全員が捜索に協力した。

 国王に泣いて頼まれ、誰が断れるだろうか。イツマデーモンも娘を探すために必死だったのだ。


 まるで神と全面戦争をするかの如くエイエーン一人の捜索のために暗黒界の全員が動いたのだ。

 可愛い可愛い悪魔ちゃんのエイエーンは一人で暗黒界を動かすほどの力や美貌を持っているということになる。

 さすがエイエーンだ。



 ★☆★☆★☆★☆★☆



 暗黒界中で大騒ぎになっていることを知らずエイエーンは闇山を登こと4時間、山頂にまで到着していた。


「やっと、やっとだぁ……見てクウチャン、闇山の山頂からはね、暗黒界のぜーんぶが見えるのよ!! ここまで歩いた甲斐があったよ~」


「クゥウウウウ」


 闇山は暗黒界で一番大きな山だ。闇山の山頂からは暗黒界を一望することができる。



「見て!! あっちはお祭りでもしてるのかな?? なんか騒がしいよ!!」


「クゥウ」


「あ、こっちも! みんな走り回ってる! 運動でもしてるのかな?」


 エイエーンは山頂にある黒魔法でできた望遠鏡を覗き込みながら暗黒界中を見ていた。

 自分の捜索のために全員が動いてることも知らずに呑気なものだ。



 そんな時だった……



「カーカーカー」



 黒い一匹のカラスがやってきた。



「カラス??」



 そのカラスは、ぼふんぼふんと、黒い煙を吹き上げた。そして、見る見るうちに姿が変化していった。

 鳥の姿から人間の姿に変わったのだ。



 そこにいたのは……



「混沌の神……カオス……」


「クゥウ……」


 エイエーンとクウチャンは一気に警戒心を高め緊張感を走らせた。


「そんなに警戒しないでくれよ。エイエーン姫だよね……」


 両手を上げて何もしないことをアピールするカオス。


「私が家出をしていることを知ったから誘拐しにきたんじゃないの? 何しに来たの?」


「いいや……誘拐なんて、そんなことはしないさ。でも誘拐したいほど可愛いのは事実だね……」


 舐め回すようにエイエーンの体を見るカオス。その姿に警戒心を一気に高めた。


 悪魔族と神族は仲が悪い。目と目が合ったら戦争をするくらい仲が悪いのだ。

 なのでエイエーンはアテネに誘拐された時のことと今が重なってしまう。また誘拐されてしまうのではないかと怯えているのだ。


 だが、カオスは何もすることなくただただその場に座り始めた。


「家出か~、何か嫌なことでもあったの? 僕で良ければ相談に乗るよ……」


 人生相談のように気軽に話しかけてくるカオス。


「なんで……悪魔族と神族は敵対してるでしょ……私を誘拐すれば暗黒界を滅ぼせるかもしれないのに……」


「僕は、そういうのは興味ないんだよね……それに僕も同じで家出中だからさ……」


「え? 家出?」


 混沌の神カオスはエイエーンと同じく家出の真っ最中らしい。神の領域から抜け出しカラスの姿で暗黒界を当ても無くふらついてたのだ。


「なんかさ、タルタロスとかガイアとかに誕生日とか祝われてるんだけど……年齢の数分のロウソクの火を消せだとかさ……ケーキとかも毎回年齢の数分食べさせられるし……こないだは晴れを願っててるてる坊主を年齢分作らされたよ……だからもう嫌になって飛び出したんだよね……」


「え? 嘘、私と一緒!!! 同じだよ!! 私も年齢の数だけいろいろやらされてきた! だから家出してきたんだよ……」


 カオスの家出をした理由がエイエーンと同じ年齢コンプレックスによるものだった。


 一気に親近感が湧きカオスとエイエーンは意気投合。お互いの愚痴を溢しまくった。

 立場や種族は違くても同じ悩みを持つもの同士、話しは弾んだ。弾みまくった。

 年齢の数分やらされたことや周りが自分に対してどのように接しているかなど愚痴は止まらない。

 けれど話していくうちに大切なことに気付く瞬間もあった。


「あっはっは、やっぱりエイエーン姫が好かれている理由はわかるよ。可愛いし美しいし。誰もが君の存在を大切に思うわけだ……」


「でもあなたもそうでしょ! 神の中でも慕われてて、だからみんなたくさん祝おうとしてるんだと思うよ!!」


 そうだ。自分で言っていて気が付いた。私は愛されていたんだ。だから必要以上に愛情を注がれていたんだ。みんな私のことが大好きで何かをしてあげたくて必死だったんだ。


 なんだか寂しくなってきちゃった。今回の家出は私の足で直接帰ろう……心配かけちゃったな……



「君と話してたらさ……なんだか帰りたくなってきたよ……自分から家出をしたのにおかしいな、あはは……」


 カオスも同じ気持ちだった。やっぱり振り返ってみたら嫌なことだらけではない。

 みんなの喜ぶ姿、みんなの心配する姿、応援する姿、励ます姿、いろんな姿が脳裏に浮かぶ。

 その中でもやっぱりみんなの笑顔がたくさん浮かんだ。


 パパやママ、おじいちゃん、お兄ちゃん、手下の悪魔達、暗黒界に住むみんな。

 全員が私のことを大切に思ってくれていたことに4万7714歳最後の日に気付かされるだなんて……


「ところでさ……なんで暗黒界はこんなにずーと賑やかなんだい? お祭りでもあるのか?」


「私もわからないけど、みんなずーと走り回ってるのよね……なんでだろう……」


 走り回る暗黒界の住民を見て笑う二人。その理由がエイエーンの捜索だということに気付かずにいる。


 そしてエイエーンはふと気が付いた。目の前で話す混沌の神カオスの年齢はいくつなのか?


「そういえばカオスって何歳なの??」


「僕は46億7625万1221歳だよ」


「ぇえ??」


 同じ年齢の悩みを共有して話していたと思っていたが、あまりのスケールの違いに唖然とした。開いた口が塞がらない。


「でも僕はこれでも神だから千単位のことなら軽くできるよ……でも億単位はキツイ……だから嫌になったんだよね……」


「へ、そ、そうなんだ……なんか壮大すぎてイメージが湧かないな……」



 カオスの年齢を聞いた途端、自分の悩みなんてちっぽけなものなんだなと気付かされたよ……



「おっと、誰かがくるみたいだね……僕はまたカラスの姿に戻るとするよ……家にも帰りたくなったしね……君との会話は楽しかった。またどこかで会ったときは、そのよろしくね……」


「あ、うん、お互い……いや、私よりもカオスの方が大変だよね、でも負けずに頑張って! 応援するよ!」


「悪魔族に応援されたのは初めてだ……いい経験ができたよ……それじゃ、エイエーン姫、さようなら……」



 ぼふんぼふんとカラスの姿に戻りそのままどこかへ飛んで行った。

 きっと神の領域に戻ったのだろう。みんなと仲良くできることを祈っているよ。


 さて、「誰か来る」って言ってたけど誰だろう? 追跡阻害のローブは着たまんまだし、たまたま闇山の山頂にまで来たんだな。きっと……



 しかし山道を見ても誰も来る気配はない。物音一つすらない。

 もしかしたら帰る口実を作るためにカオスが適当に行った嘘だったのかもしれないと思ってしまった。


 しかし愛龍のクウチャンが喉を鳴らしながら鳴き始めた。その鳴き方は親しい者へ対する鳴き方だ。

 その親しい者が姿を現す。


 バサッバサッっと大きな翼の音を鳴らしながら私たちの目の前に現れたのだ。


「クロチャン!!」


「クゥウウウ!!!!!」


 そこにはクウチャンを産んだデヴィル城の移動用の黒龍のクロチャンがいた。


「そうか……追跡阻害ローブの影響を受けるのは私だけだ……クウチャンの気配は残る。だから心配して来てくれたんだ……」


「クゥウウ!!!」


 クロチャンが優しく鳴き背中を向けた。


「帰ろうって言ってるのかな?」


 家出して来ちゃったけど、結局のところカオスに愚痴を溢してスッキリした。スケールの違いにも驚かされて自分の悩みがちっぽけだったことにも気付かされた。

 それに、何より寂しくなった。帰りたくなった。


 自分の足で帰るつもりだったけど、まさかの第一発見者がクロチャンだなんて驚きだよね。


「よし!! お家に帰ろう!!!」


 また明日から過酷な1年が始まると思うと胸が痛む。心が沈む。頭を悩ませる。息が苦しくなる。

 でも、その横では誰かが助けてくれたり笑ってくれたりそばにいてくれる。


 私は可愛い可愛い悪魔ちゃん。悪魔には寿命がなく永遠と生きることができる。

 けれどこの一瞬一瞬の出来事は永遠じゃない。今日という日は二度と訪れないし4万7714歳はこれで終わる。

 だけど歳を重ねていくうちに思い出だって増えていくし新しい出会いもある。

 だから今日も明日もその次も、1年後も10年後も100年後も、1000年後だってしっかり生きていこう。



 私は可愛い可愛い悪魔ちゃん。悪魔には寿命がなく永遠と生きることができる。

 4万7714歳、最後の日。最後の瞬間。私は追跡阻害ローブを脱いで黒龍に乗り暗黒界の空にいた。広く大きな空。

 そのまま上空から暗黒界を見渡し、4万7715歳になった。


「すごい!!! たかーい!! たのしーい!!」


「クゥウウ!!」


「暗黒界ってこんなに綺麗だったんだねっ!!! 悪魔国家はの土地は、私の形してるけど、こうやって見るとなんかいいなって思うよ」



 もう少しだけ。もう少しだけ。この広い空から暗黒界を見ていたくなった。

 この時、この瞬間を目に焼き付ける。


 すると、私に向かって声がした。こんな上空ではあり得ないことだが、あり得てしまう人物たちがいるのだ。


 それは……


「娘よ!! 誕生日おめでとう……その……一緒に帰ろう」


「エイエーンちゃん!! 帰りましょう!」


「孫よ!! 迎えに来たぞっ!!!」



 私の大事な大事な家族だ。家族の顔を見た瞬間、私は涙がこぼれ落ちた。涙が止まらなくなった。私の涙は綺麗に輝きながら暗黒界のどこかに落ちていった。



 ありがとう4万7714歳。よろしくね4万7715歳。

 またこの年齢に苦しめられるかもしれないけど前を向いて頑張ろう!!!



 ちなみにもう一人の家族、お兄ちゃんのナガイーキは私の存在に気付いた瞬間に嬉しくなり固まってしまったそうです。


 めでたしめでたし

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