女王様の言うことには。

私が梨々花ちゃんのベンチグループに合流すると、梨々花ちゃんはものすごく怒った表情をしていた。

「ちょっと遅すぎるんじゃない?」

「ごめんね」

「アナタのこと、ずっと待ってたのよ?」

 ずっとって言ってもまだ、昼休みが始まって五分くらいしか経ってないけど……。

 そう言い返そうとしたけど、やめておいた。ろくなことにならないのが分かるから。

「ごめんね」

 もう一度謝る。まだ何か言いたそうな梨々花ちゃんに、他のメンバーが言う。

「仕方ないじゃん。文原さんだって色々あるんだよ。それよりさ、早く始めようよ」

 梨々花ちゃんは、私が持って来た招待状を見ると、手で座る場所を指示した。

 麗奈ちゃんと同じく、指定席方式なんだね。

 レジャーシートの引かれた席に座る。

 梨々花ちゃんのベンチグループのベンチは二脚。そのうちの一脚に梨々花ちゃん、もう一方に女の子が一人座っていて、その二人を舞台側として、客席にあたる席に、私たち用のレジャーシートが引かれているイメージ。

 「それじゃ、今日の勉強会を始めましょう。今日のお客様は、山内さんです」

 梨々花ちゃんの紹介で立ち上がったのは、今週の全校集会で表彰されていた山内さんだった。確か、陸上の地区大会で優勝したんだったかな。

「今日は、忙しいところ来てくださってありがとうございます」

「いえいえこちらこそ」

「有意義なお話が聞けるとよいのですが……」

 梨々花ちゃんはそう前置きをして、山内さんに質問し始めた。

「山内さんは元々、走るのが好きだったのですか?」

「いえ、中学一年生になって陸上部に入ってから、走り始めただけで」

「でも、両親がどちらも陸上部だったとお聞きしてますよ」

「ああ、それはそうです」

「やっぱり両親のことがきっかけになったんじゃないですか」

「そうかもしれないです」

 話を聞いてると、私の脳内で、バックミュージックが流れ出す。

 とあるインタビュー番組のテーマソング。

 司会の特徴的な髪形の女の人が毎回ゲストを呼んで、色んな話を聞く番組。

 あれに、よく似てるんだ……。

 そう気づいたら、なんだかもう、それにしか見えなくなってしまって。

 山内さんと梨々花ちゃんの話が全く頭に入って来なくなってしまった。

「今日のお客様は、山内さんでした。ではまた明日さよなら」

 さよなら、梨々花ちゃんがそう言った瞬間、みんな立ち上がって拍手。

 あわてて私も立ち上がって拍手をした。

 ひとしきり拍手をし終わったら、みんな教室へと帰って行った。

♦♦

「それで? 中井のベンチグループはどうだった?」

 放課後、本条くんに聞かれて私は一言、こう返す。

「梨々花の中庭って感じ」

「なんじゃそりゃ」

 本条くんが呆れた目で私を見た。だって、本当にそんな感じなんだもん。

 その時、梨々花ちゃんの声がした。

「私に何か用?」

 私と本条くんに話かけてきたと思って二人そろってびくっと肩をふるわせた。

 声のした方を振り返ると、梨々花ちゃんとクラスの男子が向かい合っていた。

 あ、私たちに言ってたわけじゃない、よかったよかった。

 そう一瞬思ったけど、梨々花ちゃんと男子のグループの様子が、なんだかおかしい。

 ふと気づいたんだけどこの男子たち、今日、梨々花ちゃんが勝手に決めた、

『テストの日の提出物を回収する担当』

 の人たちだ。

 本条くんを見ると、彼も同じことを考えてみたい。だまってうなずいてくれる。

「中井、お前、最近調子乗りすぎ」

「調子に乗ってるって、何よ?」

「勝手に何でも決めちまうだろ。アレ、ほんとやめろ。迷惑だ」

「私はみんなのためにやってるの。大体、誰かが決めないと誰もやらないでしょ」

 それは一理ある。やる人がいなかったら結局、私に田中先生押し付けてくるし。

 そう黙ってうなずく私。

「そういうのは話し合って決めるもんじゃんか」

「話し合うって何? いつも話し合いをしようとしても、話を聞かないのに?」

「うっ……」

 男子たち、数では勝ってるけど口では負けてる。

「大体、一人で私に意見を言えない時点で、アナタたちの負けよ。数集まってきたところで、結局私に言い負かされてるけどね」

「話し合いにしろ、いいな!?」

 そう言ってはなれようとする男子たちに、梨々花ちゃんは言う。

「このクラスでは私がルール。今日、選んだあなたたちはね、いつも自分たちの世界で話をして、私の話を聞かなかった人よ。授業態度も悪いでしょ。アナタたちのせいでこっちがどれだけ嫌な思いをしてるか。ずーっと私語してばっかりで先生や学級委員の私の話を聞きもしない。それで意見を求めたら、聞いてませんでしたーだもんね。そんな人たちだから、選んだの」

 そう言ってから、梨々花ちゃんは男子に言い放った。

「私の言うことが聞けないのなら、このクラスから出て行きなさい!」

 そんなこと、できるはずがないのに。

「あなたたちの罪は、裁判で裁きます!」

 最後の梨々花ちゃんの言葉で、私と本条くんは頭を抱えた。

 これから、何が起きるのか、なんとなく分かってしまったから。

 床にぽっかり穴が空いたかと思うと、男子たちと私たちは、穴に落っこちてしまった。

♦♢

 気が付くと、私たちは裁判所の一室のようなところにいた。こんなの社会の教科書で見たことがあるくらい。

 中央の高くなっている場所、裁判長の席には、梨々花ちゃんが座っている。

 でも両端の検察官と弁護士の席には、誰も座ってない。

 私たちのいる傍聴席ぼうちょうせきの前に、被告人席があって、そこに男子たちが一人ひとり座らせられている。

「被告人は、前へ」

 梨々花ちゃんの声で、男子たちが立ち上がり前へ出る。

「それでは、罪状を述べる」

 梨々花ちゃんは、男子全員の名前をフルネームで呼んだ。その後に続ける。

「彼らは学級委員の話を聞かず、クラス全員で取り組むべき仕事にも取り組まず、人任せにしておいたにも関わらず、指名で仕事を頼んだ際、仕事を行わないと学級委員に申し出た。これは、由々しき事態である」

「勝手に仕事を押し付けたお前が悪い!」

 そう口走った男子に向かい、梨々花ちゃんは鋭く言った。

「許可なく話したな!? その者の首を斬れ!」

 いやいやいや!? 首は斬っちゃまずいよ!?

 そう思っていたら、二人組がやってきて、言葉を発した男子を連れて出てしまった。

「やばい、やばいよ本条くん」

「でも、今の言葉で、中井の体を乗っ取ったキャラクター分かっただろ」

 そう言われて、ぽんと手を打つ。でも、ちょっと怖いから聞いてみよう。

「あのさ」

「何だよ早くしろ」

「今私が大声出したら、私が首斬られちゃわない?」

 そう問いかけると、本条くんが大きなため息をついた。

 そして自分が立ち上がると、いつの間にか出現した大きなハサミを手に傍聴席から被告人席へ飛び移った。

 おどろく男子たちと梨々花ちゃんをよそに、彼は大きくジャンプして梨々花ちゃんの目の前まで行くと、ハサミを鳴らした。

「『不思議の国のアリス』の『ハートの女王』! 中井の体から出ろ!」

 ジャキンッと切っ先を梨々花ちゃんの目の前で閉じると、梨々花ちゃんの隣に、女の人が姿を現した。

 私はあわてて一度傍聴席の出入り口から外へ出て、廊下から、立ち入り禁止のドアを通って、法廷の内部に入る。そして、裁判長の席にいる女王に向かって、自分の持っていた本を広げた。

「『不思議の国のアリス』の『ハートの女王』、回収します!」

 そう言い切ると、前回と同じく強い風がページのすき間から吹きだす。

 帽子屋よりも大きなその体は、なかなか吸い込まれない。

 女王は私に向きなおる。

『……またお前か』

「え」

 帽子屋も、私と前に会ったようなことを言っていた。

 そして女王もまた、そう言っている。

 これは偶然なのか、そうでないのか、分からない。

『十年前、お前が物語を封印したせいで、どれだけこちらが迷惑をしたと思っておる。もっとこっちに寄れ、今度こそ、首を斬ってやる!』

 そう言って、女王が私に触れた時。

 私が手首にはめていたブレスレットが、シャランと音を立てた。

『……やーっとオレを呼べたか。時間かかったねぇ』

 そう声が聞こえたかと思うと、女王の背後にムギが着地した。

 そして、女王に言う。

『久しぶりだなぁ、女王様。再会のうれしさは、これで許してくれっ』

 そう言って、女王の背中に体当たりをする。

『おのれ……猫め!!!』

 女王は、ムギの不意打ちで体制を崩し、ページに体を飲み込まれていく。

「物語に帰れ!」

 そうしめくくると、女王の体は完全に本の中に閉じ込められ、静けさが戻った。

「お前、なんでこの世界に入って来れたんだ。ブーツも入って来れないのに」

 本条くんが、ムギに尋ねる。すると、ムギは不敵に笑った。

『……さぁ? 何ででしょうねぇ』

「文原さんに、本条くん……」

 梨々花ちゃんが私たちを見る。

「梨々花ちゃん、もう大丈夫だよ。女王はもういない。梨々花ちゃんの話、聞かせて? 梨々花ちゃんが追い詰められてたのは今ので、十分分かったから」

 そう言うと、梨々花ちゃんはうつむいた。

「……私ね、一生懸命学級委員の仕事、頑張ってたつもり。でも、今まで以上にみんな人の話を聞いてくれないし、一人で仕切るなって怒る。……それに、学級委員は私なのに、田中先生は、私じゃなくてアリスちゃんに仕事頼んじゃうし。私、リーダーの資格ないのかな、そう思ってたら、女王に話しかけられたの。『言うことを聞かんのは、そいつらが悪い。全員首を斬ってしまえ』その通りだと思った」

 でも違う、と梨々花ちゃんは話を続ける。

「分かってもらえないのなら、分かってもらえるまで話を続けるべきだった。もちろん話が通じない人もいるだろうけど、それでも努力はするべきだった。勝手に仕事を押し付けて、いいわけないよね」

「そうだそうだ」

 男子たちが口々に言い始めて、梨々花ちゃんは小さくなる。

「うるさいっ!」

 私は思わず男子たちに怒鳴っていた。

「さっきまで怖くてふるえてたくせに! 恐怖がなくなったらすぐ、そうやって調子に乗って! たった一人の梨々花ちゃんに一人で文句も言えない臆病者!」

 男子たちは呆気にとられて私を見てる。そりゃそうだよね、私だって最近までは意見も言えず、ただ黙って笑ってた、どっちかというと男子たちと同じ立場の人間だったんだもん。

「あなたたちがちゃんと梨々花ちゃんの話を聞いていればこうはなってない! 大体、人が話をしているときに、自分たちの好きなことしてていいわけないでしょ! 人にされて嫌なことは、自分がしちゃだめなことくらい、中学生なんだから分かってよ!」

 言葉が出始めたら、もう止まらない。

「文句があるのなら、その時に言いなさいよ! 後から人を集めて言うような人の意見なんて、絶対聞いてやらないんだから! 最初から、話をちゃんと聞いて、その場で意見を言いなさい! いいわね!?」

 説教くさくなったけど、これくらい言っても、問題はないと思う。

 だって、そのせいで梨々花ちゃんがたくさん悩んで、そして女王に体を乗っ取られたんだから。

 何も言わない男子を放置して、私は梨々花ちゃんに向き直る。

「今度、男子が言うことを聞かなかったら、私が注意する。先生に言いつけて、先生に仕事を頼んでもらおう? そしたら、男子たちだって文句言えないよ」

 そして、梨々花ちゃんの目を見てはっきり言う。

「帰ろう、梨々花ちゃん。帰りたいって言って」

 すると、法廷の壁に、大きな鏡が現れる。

 前と同じように鏡の前に梨々花ちゃんに立ってもらう。

 やっぱり、まだ梨々花ちゃんの姿は鏡に映っていない。

 梨々花ちゃんは、鏡に向かって言った。

「自分でまとめられなくてもいい。人の話を聞いてくれない人がいたら、聞いてくれるまでちょっとだけ頑張ってみて、それでもわかり合えないなら、他の方法を考える。それがリーダーってものだと思うから。うまく行かないことばっかりだけど、それが楽しいんだよね。言うことを聞かない人みんなを排除してたら、誰も周りにいなくなっちゃう。そんなの嫌だし。だから、うまく行かなくても進むから、元の世界に返して」

 その途端、梨々花ちゃんの姿が鏡に映る。

「梨々花ちゃん、鏡をくぐり抜けて。後でまた会おう!」

 梨々花ちゃんが鏡をくぐり抜けると、また私たちの立っている床が消えた。

「ちょっと落ちるのやめてええええぇぇ」

 そこで私は意識がなくなった。

♦♦

 気が付くと、男子たちや私たちは、元いた教室に戻ってきていた。

「なんかすごい音がしたけど、どうした!?」

 田中先生が教室に飛び込んでくる。

「あ、えっと……」

 男子たちが顔を見合わせる。梨々花ちゃんはうつむいている。

 きっと男子に何か言われる、そう思ったんだろう。

 男子たちが何か言う前に、私は田中先生に言った。

「あ、私たち、裁判ごっこしてました」

「裁判ごっこ!?」

「この男子たちがいつも協力的じゃないので、有罪ってことになったんです。でも、これからちゃんと人の話を聞いて、協力するってことを約束してくれたので、無罪ってことになりました」

 そうだよね、と男子たちの方に私は向き直った。

 男子たちは何も言わずにうなずいた。

「そうか、それだけならいいんだ……」

 田中先生はやっぱりなんだかうれしくなさそうに、教室を出て行った。

「協力してくれて、ありがとう」

 男子たちに言うと、男子たちはうつむいた。

「オレたちもちょっとだけ悪かったって、反省してる」

 うん、ちょっとじゃないけどね!? まぁ認めてるからいっか。

「中井、これからはオレたちも協力する。ごめんな」

 そう口々に言い始める男子たち。それを見届けて、私と本条くんは教室を出た。

 これで、物語から脱走した三人のうちの二人を見つけた。

 あと、一人。もう少しで物語の暴走を止められる。心が高鳴っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る