初めての異世界交流

※※※


 ちょっとそこで待ってて、と、リケルと名乗った金髪の見た目20代程の若者にそう言われ、言われた通り町の入り口付近で佇んでいると、もう1人が申し訳無さそうに声をかけてきた。


「あ、あの、さっきは急に槍を突き立てて済まなかった。俺はカイト。リケルと同じ20歳だ。えーっと、ミーク? は?」


 若干緊張した面持ちながら謝罪と自己紹介してきたもう1人の、茶髪混じりでミークと背丈の変わらない、頬にはそばかすが目立つカイトと名乗った門番に、ミークは笑顔で「いえ。大丈夫です。私は18歳です」と答える。


「お、おお。そうか年下なんだ。何処となく大人っぽいから年上かとも思ったけど。この町はファリスと言って、とある辺境伯が治めている領地の、更に端に位置している辺鄙な場所にある町なんだ。だから女性が1人で来る事は殆ど無くて。だから疑ってしまった。済まない」


 そう言って再度頭を下げる、カイトと名乗った若者に対し「もう良いですよ」と苦笑いで答えるミーク。同時に、自身についてどう説明しようか迷う。


 ……うーん、どうしようかな? 正直に言った方が良いのか。でも別の星で死んで神様とやらに連れてこられた、なんて、突拍子も無い事信じられないよね?


「というか、道中危ない目に遭わなかった? この辺りは魔物が頻繁に出没するし、盗賊も近くにアジトを構えてて、商人を狙って襲う事もある。君みたいな美人なら尚更放っておかないと思うんだよ」


「あ、あははは……」


 更に乾いた笑いで誤魔化すミーク。そうか。もしかして私を襲ってきたあの男連中は盗賊かも、とも思ったり。


 そこでリケルが鎧の格好から軽装に着替えやって来た。


「おいこら。何勝手にミークと話してんだよ? そもそも謝ったのか?」


 ややご立腹な様子でカイトに詰め寄ると、「謝ったし俺も話しても何の問題も無いだろ」と同じ様に腹を立てながら言い返す。


「え、えーと。ミーク、さ。俺も着替えて来るから、待っててくれないかな?」


 そしてもじもじしながらミークに伝えるカイトだが、その提案をリケルが遮る。


「何言ってんだよ。カイトが門番終わるのまだだろ。そもそもお前がここ居なくなったら誰が門番するんだよ?」


「……くッ! リケル卑怯だぞ」


「卑怯も何も、俺は先上がりだって最初から決まってただろ? だからこれも縁なんだよ。な? ミーク?」


 気さく、というより軽薄な感じでミークに軽くウインクしながら声をかけるリケルに、「あはは……」と困惑した笑いを返すしか無いミーク。


 ともかく、ミークとしても、この世界の事を何も知らないので、リケルの思惑はさておき、案内して貰えるのは有り難いので利用させて貰おう、と思っていた。


「じゃ、行こうか」と腕組みを誘うかの様にわざとらしく肘を立てるリケルだが、ミークはそれに気付かないフリで「お願いします」と先にスタスタと歩く。その様子に「ざまぁみろ」とほくそ笑むカイトにひと睨みしてから、リケルは「待ってくれー」と後ろから声をかけつつミークを追いかけた。


 ※※※


 アーケードになっている入り口から中に入ると、真ん中に真っ直ぐ大きな一本道がずっと奥まで続いていた。その両脇には色とりどりの店や住宅が並んでいた。それぞれ赤や緑、黄色といったカラフルな色でレンガ造りか木造で出来ていた。


「へー。結構大きい町なんだ」


「辺鄙なとこだけど、魔物がよく出没するってのもあって冒険者も沢山来るんだ。冒険者が集まるとそれに伴って宿や食事、装備等が必要になるから、人の出入りが多くなって活気付いてるんだ」


「成る程ー」


 得意気に説明するリケルを他所に、ミークは物珍しそうにあれこれ目移りしてしまう。


 よく見ると、普通の人に混じって獣の耳と尻尾を付けた人、耳が異様に尖っているが美形の人、背が低く肩の筋肉が発達し、首が体に埋まっている不格好な人等もいて、それぞれ楽しそうに会話していたり何やら言い争っていたり、普通にこの町に溶け込んでいる。


 ……そういや神様が、この世界には亜人や獣人が居るって言ってたけど、あの人達の事かな?


 当初そういう趣味の人かと思ったが思い直し、機会があったらスキャンしてみようと思っていたりする。


「しかし結構栄えてるね」


 商いをしている店は果物や野菜、食器や衣服等、様々な生活用品を露店販売しており、時折威勢の良い呼び込みの声も聞こえてくる。


 ……あ、あっちはアクセサリー売ってるのかな? あの奥では食器かな? 民芸品みたいな手作り感あって可愛い。ん? ……何か香ばしい匂い。あ、あっちの串焼きの店かな? どんなお肉なんだろ? ……あれは花屋さんかな? 何だか活気があって生活感あって、皆一生懸命生きてるって感じ。


「……」


 自分が暮らしていた地球はどうだっただろうか? 幼い頃に地上に出た事があった。まだ戦争が頻繁に起こっていない時だった。でももうその時には既に空は赤黒く息苦しかったのを覚えている。きっと立派な建物だったであろうビルディングが、人々が平和に暮らしていたであろう多くの家が、瓦礫と化していたのも、恐ろしい記憶として残っている。そして何とも言えない、胸が気持ち悪くなる様な臭いが漂っていた事も。


 ……地下施設で暮らしていた当時、学校の先生が、昔地球は美しかった。まるで宝石の様な青い星だった。地表には水と緑が溢れ多くの生物、勿論人間も共存し、自然豊かな環境だった、と教えてくれた。それなのに、あんなに変貌するなんて。……地下施設には花屋なんて無かったもんなあ。生きる為に必要最低限の、栄養素と酸素供給の為に栽培されていた植物が、立入禁止のプラント内にあっただけだし。この世界じゃ花を愛でるくらいには、人々にゆとりがあるんだな。


 珍しそうに、そして時折物憂げな表情を浮かべながらあちこちの商店を見ているミークを、豊かな表情を見せるミークがとても魅力的だ、と感心しつつ傍で見ていたリケルは、一方で何でこんなに珍しそう何だろう? という疑問が自然に湧いた。


「なあミーク。 そんな不思議かな? やたらあちこち見てるけど」


「え? あ……」


 つい無意識に目移りしていた事を恥ずかしく思い、俯くミーク。そんな仕草もめっちゃ可愛い、と胸が高鳴るリケルだが、ゴホンと咳払いし、誤魔化す様に話し続ける。


「あ、ああいや。注意したわけじゃなくて、その……。この光景がそんなに珍しいのかなあって。他の町や辺境伯が住んでおられる都市なんかはもっと栄えてるから、ここ以上に沢山あるんだけど。行った事無いのかなって」


「……行った事、無い」


 やや暗い表情でそう答えるミークに、リケルは訳ありなのかも? と察し、これ以上突っ込むのは無粋だと思い、それ以上は質問しなかった。ただ単にミークは返答に困り緊張しただけだったのだが。


「あ、そうそう。さっき入り口でも聞いたけど、ミークって冒険者なのか?」


「冒険者……、冒険者ってどういう人を指すものなの?」


 取り繕いながら話題を変えるリケルに、ミークは素朴な疑問をぶつける。だが、またもやその返答はリケルにとってはあり得なかった。


「冒険者がどんなのか、知らない?」


 リケルの反応に、どうやら冒険者って、さっきの水晶玉同様、この世界じゃ皆知っていて当然の事なんだろ察したミーク。しまった、と慌てて取り繕おうとするが、そんな怪しい様子でも、リケルは気にしないと言った様子で笑顔で話しかけた。


「ま、ミークが何も知らないなら、これから覚えていけばいいさ。冒険者ってのは魔物を退治したりダンジョンを探索したり、その名の通りこの世界のあらゆる場所を冒険するんだ。他にもこの世界の不思議や謎を解いたり、ゴタゴタを解決したりもする。更に雑用や用心棒みたいな事もするけど。まあ何でも屋に近い職業かな」


 ミークが成る程、と答えると、「じゃあミークは軽装ながら防具つけてるけど、冒険者じゃないんだね」とリケルが質問する。ミークは首を横に振る。


「冒険とかした事ないし、きっと違う。……職業って事はお金稼げたりするの?」


「勿論。冒険者ギルドってのがあってそこで依頼を貰うんだ。依頼主は町の住人や他にも町長や伯爵、大きな案件なら国からの依頼ってのもある。その難易度と依頼主の意向で、達成した時に貰える報酬が変わるんだ」


 リケルの説明に、「へー」と感心しながら答えるミーク。更にリケルは続ける。


「さっきも言った通り、冒険者ってのは何でも屋みたいなもんだけど、魔物や盗賊とかと戦ったりするから相当危険な仕事なんだ。で、戦う能力……、例えば剣や槍等の武器で倒したり、魔法を使って攻撃したり、そういう力が必要なんだ。……まさかミーク、冒険者になろうとか思ってる?」


「どうなんだろ? でもきっと、私は冒険者向いてると思う」


 淡々と答えるミークに、リケルはびっくりした顔で「いやいや!」と手のひらを横に振る。


「今言った通り冒険者って戦うんだよ? ミークみたいに華奢でスタイル良くて可愛くて儚げで美しい、若い女性が出来るもんじゃないよ!」


「……」


 ミークの外見を褒めちぎるリケルに、ミークはジト目しながら無言になる。


「あ、い、いやまあ。ミークが美人なのは本音だけれども! それより、ミークってそれだけ華奢だから武器の扱いとか出来ないよね? そうだ。じゃあ魔法使える?」


「いや魔法使えない。でも武器はまあ……」


 ……AIに武道とか剣術とか、全部インストールされてるから出来なくはない、とは言えないなあ。


「まあ……。って、使えるの? 魔物とか倒せる? いやまさか……」


「まあとりあえず、その冒険者ギルド? だっけ? 行ってみていいかな?」


 ※※※


 両脇に商店や家屋を並べた一本道をそのまま道なりに歩いていくと、途中大きな円形の結構広い広場に出た。その近くに、一際大きい木造3階建の建物があり、その建屋の入り口に「ファリス冒険者ギルド」と書いてあった。看板の文字が読める事に感心したミークは、ついいつもの調子でAIに話しかける。


「さすがAI。ちゃんと文字認識出来てんじゃん」


 ーーここに入ってきてあちこち見渡している合間、様々な文字を見て解析しておきましたので。そもそも私は地球で最も優れたAIなのですから出来ていて当然ですーー


「はいはい分かった分かった」


「ん? ミーク何か言った?」


「あ」


 リケルが怪不思議そうな顔でミークを見る。「え、えーっと。独り言って事で」と苦笑いしながら答えるが、リケルは「そっか」と返すと同時に、「美人だけど謎が多い不思議な子だな」と言う呟きが微かに聞こえた。


 それを聞こえないふりをしながら、「とりあえず中入っても大丈夫?」とリケルに聞くと、「ちょっとここで待ってて。俺が先ず話通してくるから」と、ミークをギルドの外に待たせ、リケル1人だけ中に入っていった。


 リケルを見送ると、ミークは「ふうー」と大きなため息を漏らし空を仰ぐ。


「何だか気疲れする。そういや望仁以外の男の人とあんな風に会話するの、久々だったからかも」


 でも、色々察しながらきっと怪しいであろう自分に気遣いしつつ、気になるだろうに敢えて追及もせずにいてくれる、優しい人間だと言うのは分かっているので、気疲れするもリケルには感謝していたりする。


 ギルドの建屋入り口の壁を背もたれに、暇を持た余すかの様に1人佇むミーク。人の出入りは無いのだが、ギルド前を通る人々がミークを見て何やらコソコソ話している。「何だろう? もしかして怪しいのかな?」気になりながらと耳をそばだてると、


「すげえ美人。あんなのこの町に居たか?」「おい。1人寂しそうにしてるっぽいぞ? 声かけても大丈夫か?」「はえ~。絵画みたい」


 自身に対する賞賛だった。それに気付いたミークは気不味くなって下を向き、「早くリケル戻ってこないかなー」と1人愚痴る。


 すると、


 ーー後ろから衝撃が来ます。前へジャンプして離れますーー


 とAIの声が聞こえたかと思うと、オートディフェンスの効果で、急に前の円形の広場まで約10m程ミークはジャンプし前転一回して立ち上がる。


 と、同時に、


 ドガーン、と大きな音と共に壁を突き破って、リケルがギルドの中から飛び出してきた。そしてゴロゴロと、ミークの傍まで転がってきた。


「う、うう……グハッ!」


 そしてその場で腹を抑え、いきなり吐血した。

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