第40話【荒ぶる魂】


モアは地面からさらに土人形を10体出現させると、それらを全て昌也へとぶつけた。

計15体の人形が昌也の周囲を完全に固めて襲いかかる。


膨大な土が消費されたことにより木々は薙ぎ倒され、辺りはまるで隕石が激突した後のクレーターのような平地と化していた。


そしてこの不毛の舞台上で行われるのは昌也の公開処刑。


聖剣の力をふるい人間離れした驚異的な力と速度で次々と人形を斬り伏せる昌也だったが、ゾンビのように何度でも復活する敵を相手に限界が来ていた。


屈強な不死身の人形達に数でごり押され、攻撃を避けきれずに全身に傷が増えていく。


「マサヤ!!」


血で赤く染まる昌也を見ていられなくなったコルアが堪らず駆け出した。


「動くなと言ったはずです!」


頭上から全てを見渡していたモアはそれに気付くと、巨大ゴーレムを操ってコルアを蹴り飛ばす。

ゴーレムの硬い外殻に強く打ち付けられ、全身をぶつけながら地面を転がるコルア。


「コルアちゃん!」


打ち所が悪かったのか、立ち上がれずに身を丸めて悶えていた。


キッとエリエスがモアに向かって睨みをきかせると、彼の持つ水の魔石がブルブルと小刻みに震え出した。

力を使うなら今しかない。


だが何故かいつものように水を操ることができなかった。


「おっと、そうはいきません」


「!?」


「いくらあなたが所有者とはいえ、こうして直接私の魔力を流し込めば妨害することくらい造作もない」


こちらの動きは全てお見通しというわけか…とエリエスは顔を歪める。


「…っ!攻撃を止めないなら、あなたの言うことも聞かないわよ」


その一言にモアは少しだけ考え込む素振りを見せたものの、彼はエリエスの心までも見透かして最も嫌な答えを用意した。


「…そうでしょうか?あなたを言い聞かせるのに、人質は3人もいりません」


「なんて奴…!」


青ざめるエリエスの反応すらも楽しみ、高みの見物を決め込むモアは、なおも攻撃の手を緩める気配がない。

彼は本当に昌也を殺すつもりだ。


(昌也、死なないで!)


この場にいる誰よりも強いにも関わらず、今だけは誰よりも無力なエリエスにはもはや祈ることしかできなかった。





(…こんなところで死んでたまるか)


前を向いても後ろを向いても、目に入るのは土の兵士ばかり。


斬っても斬っても終わらない戦闘を繰り返している内にダメージも蓄積し、意識が朦朧もうろうとする。

もはや自分の意志で戦っているというよりも、条件反射で勝手に体が動いているに等しい。

致命傷こそ避けてはいるものの、既に満身創痍で足がふらつき、倒れるのも時間の問題に思えた。


(俺が欲しかった力はこんなもんなのか?こんな人形にすらも勝てないなんて…あってたまるか!)


そんな怒りに共鳴するかのように剣の輝きが増していき、周辺の空気がビリビリと震える。


昌也は持てる力の全てを振り絞って剣を大きく振るうと、土人形達を全て消し飛ばしたのだった。


(やった…)


ようやく開けた視界。


だがそこで目にしたのは捕らわれた康と、倒れたコルアの姿。

自分が戦っている間にやられたのだろう。

目の前の敵にばかり気を取られて、そんなことに気付く余裕が無かった。


ようやく敵を一掃したというのに、昌也の胸の奥に渦巻いていたのは達成感でも満足感でもなく、途方もない虚しさ。


(みんな…)


茫然自失な様子で佇む昌也に、ゴーレムの上からモアが声をかける。


「…人間にしてはよくやりましたが、ここまでです」


消し飛ばしたはずの土の兵士達が再び地面から甦える。

しかも明らかに先程までよりも多く、一体一体の外殻がさらに分厚く強化されているのが見てとれた。

今まではずっと昌也をいたぶる為にわざと手を抜いていたのだ。


(…終わったな)


昌也の心が絶望に砕かれる。


もう脚が動かない。

迫り来る敵に対して剣を向ける力も残っていない。

どうやらここまでのようだ。


聖剣から輝きが失われ、地面に膝を落とす昌也。


(結局俺は…強くなれなかった)


迫り来る敵と、倒れた仲間のことを想いながら昌也はふと考える。


(俺、なんで強くなりたかったんだっけ…)


不意に走馬灯のように、仲間達の顔が脳裏に浮かんだ。


「昌也君」

「マサヤ」

「昌也」


(ああ…そうだった。俺は…)


無防備な昌也に対して土人形達は容赦無く剣を振り上げ、一斉に襲いかかった。


(ただ皆に認めて貰いたかったんだ…)


「昌也!」


エリエスの悲痛な叫びが響く。


こんな自分のことを心配してくれているのだろうか。

力に溺れ、仲間を裏切ったこんな自分を。



『俺はこの力で皆を守る!』



この剣を受け継いだ時そう宣言したにも関わらず、仲間達よりも自己を守ることを優先してしまった時点で、英雄になどなれるはずもなかったのだ。


結局俺は誰のことも…


"守れなかった"


昌也が悔しさで剣を強く握り締めたその時。


聖剣がかつてない程強い光を放ったかと思うと、刀身から何かが飛び出した。

まるで夜に煌めく蛍の光のような、無数の光の玉。

それと同時に数多の人間のうめき声のような不気味な音が辺りに漂う。


「……声が…」


地面に這いつくばっていたコルアがピクリと耳を動かし、顔を上げた。


「これは一体…?」


皆が謎の現象に見入る中、それらの光は狙い済ましたかのように土人形やゴーレムの体にぶつかるとすぐに消滅した。

一体何だったというのか、当たった箇所には傷ひとつ付いてはいない。


得体の知れない光を警戒したモアだったが、特に何も起こらないのを見るや、すぐに土人形に攻撃を再開させる。


「ただの虚仮威こけおどしですか…。お遊びは終わりです。死になさい」


モアは杖を昌也の方へ向け、人形達に指示を出した。


しかしどうしたことか、人形もゴーレムも硬直して一向に動く素振りを見せない。


「…?」


何かの間違いだろうと、再び魔石の力を発動させるモア。


その瞬間、突然巨大ゴーレムが動き出し、身を揺らして肩に乗っていたモアを振り落としたではないか。


「何っ!?」


その衝撃でモアは杖と水の魔石を手離してしまい、為す術もなく落下して体を強く大地にぶつけた。


「ぐっ!!」


杖と魔石が少し離れた場所へと落ちて転がる。


脳震盪のうしんとうを起こしてふらつきながらもモアはすぐに立ち上がった。


早く杖を拾わなければ!


慌てて走るモアの頭上を巨大な影が覆う。

見上げると、ゴーレムの足が自分に向かって振り下ろされていた。


「よ…よせっ!!」


ズシンッ!と巨大な足がモアを踏み潰し、彼の声は途絶えた。


一方で、昌也を取り巻く人形達にも動きがあった。

ただ、今までのように統率の取れた攻撃の陣形などではなく、一体一体が乱れた足取りで闇雲に剣を振るったりして明らかに暴走状態に陥っている。


「何が起こったの!?」


パニックに陥る康に、エリエスも平静を装いつつも戸惑いを隠せない。


「分からない…。でももしかするとこれは…」





「まさか…聖剣の中に閉じ込められてた魂が乗り移ったのか…?」


自らの手の中で異様なまでの輝きを放つ聖剣に目をやりながら、昌也がボソッと呟いた。


普段はジェイドの声しか聴こえなかったのに、今は何百何千という人々の悲鳴や呻き声が脳内に渦巻いて頭がおかしくなりそうだ。

充血した瞳から流れ出た血が頬を伝って落ちる。


割れそうになる頭を押さえていると、土の人形が斬りかかってきた。


「くっ!!」


とっさに反撃して人形の頭を砕いたものの、相手はこの一体だけではない。

まだ無数の土人形や巨大なゴーレムが制御を失ってさ迷っている。


昌也はハッとして周囲を見渡した。


「…みんな!」




何とか体を起こしたものの、脚を傷めてしまい走ることができないコルアのもとに土の人形が迫っていた。


「みんな……みんなは!?」


右を見ても左を見ても目に入るのはゾンビのように蠢く人形ばかりで、仲間を見失ったコルアは不安で泣きそうになる。

完全にはぐれてしまったコルアに狙いを定め、人形の一体が背後から襲いかかってきた。


「~っ!」


その時3匹の魔獣が人形の手足に噛みつき、コルアを助けたではないか。


「魔獣さん!!」


『今のうちに逃げろリノルア!俺達でもこいつらには歯が立たん!!』


「で、でも…!」


『早く行けっ!!』


恐ろしい形相で凄まれたコルアは思わず後ずさりする。

魔獣の言う通り、彼らですら太刀打ちできないような凶悪な相手を前に自分が残ったところで何か手助けできるはずもない。


コルアは魔獣に感謝しつつ身を翻し、仲間達を探すべくその場を離れたのだった。

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