第22話【余計なお世話】


目的地のアルマーナが目の前に差し掛かってきた頃、昌也達は道の端に簡素な小屋が建っているのを見つけた。


「おっさん、あれ…」


「…うん」


そこには馬が繋がれ、3人の男がたむろしている様子が見てとれた。

それぞれが剣などで武装していることから、どうやら検問所のようなものなのだろう。


康がトラックを停車させると、男達は剣に手をかけながら取り囲んできた。

やはりトラックに乗っているとどの町に来ても警戒され、入ることすら容易ではない。


男達の中で一番長身の人物が近付いてきて窓の外から車内を睨む。

おそらく年齢は30代。

肌は褐色でスキンヘッド。細身ではあるものの、顔の半分は刺青で覆われており、恐ろしげなオーラが漂っている。


「…何者だ?」


とても和やかとは言いがたい威圧的な声色に昌也と康が怯む中、コルアが窓をあけて必死に訴えかけた。


「この子を助けてください!道の真ん中に倒れてたんです!」


「…!」


男はコルアの膝の上でぐったりする少年を見るなり血相を変える。


「…その子を渡せ」


「え?」


「俺達が医者のところへ連れていく」


「………」


男の雰囲気にどこか違和感を感じながらも、言われるがままドアを開けて外に出ようとした時、少年の手がコルアの腕を掴んだ。


「!?」


少年は相変わらず荒い息を吐くだけで意識のない状態だったが、がっちりと強く握られた手が何かを物語っているようだ。


「コルア、どうかしたのか?」


疑問を呈する昌也に同調し、康とエリエスもコルアの方を向く。


コルアは少年の手を握り返して少し考えた後、急に窓の外の男に向かって拒否する姿勢を見せた。


「…いえ、自分達も一緒に行くので医者のところへ案内してください!」


「?」


何故コルアがそんな提案をするのか昌也達には分からなかったが、確かにこのままトラックで運んだ方が効率がいいかもしれないと思った。


「………」


一方、男は少し怪訝けげんそうな、あるいは苛立ったような目つきでコルアを睨んだ。

だがコルアも負けじと強い意思で男の眼を見る。


するとやがて男の方が折れ、フッと溜め息を吐いた。


「…案内する。ついてこい」


言うや否や、男は繋いでいた馬に勢いよく跨がって町の中へ向かった。

康もすぐにトラックを発進させてその背中を追う。


「…ここがアルマーナか」


町に入るなり、昌也は周囲の建物に目を配る。


広大な荒野の中、とても広い大通りを挟むように家屋などが列をなす田舎風の町並み。

そして至るところで馬小屋などが確認できる様は、例えるなら西部劇の町のようだなと昌也は感じた。


すれ違う住人は男女問わず褐色の肌をしており、皆痩せ細った印象を受ける。


そんな中、町の中央くらいに位置するひときわ大きめの建物を前にして、案内役の男が馬から降りる。

どうやらここに医者がいるらしい。


康がトラックを停めて様子を窺っていると、男が手で合図してきた。


「早く中へ」


一同は誘(いざな)われるままトラックを降り、少年を抱えたコルアを筆頭に建物の中へと足を踏み入れた。


真っ先に感じたのは、せかえるような煙とアルコールが混じった匂い。


中は病院というより、まるで酒場であった。

見るからにガラの悪そうな男達が複数の円卓を囲み、各々で酒を飲んだり煙草を吹かしたりしている。

さしずめ、無法者アウトローの溜まり場といったところか。


バタバタと慌ただしく入ってきたよそ者達に、中にいた者達は何事かと鋭い視線を向ける。


「何だよここ、病院じゃないぞ…」


「なんでこんなところに連れてきたんだろう…」


不安から、ひそひそと話をする昌也と康。


昌也達は言い様のない居心地の悪さを感じつつも男の後を追う。


「ヤハブ、来てくれ!」


男が突然奥の席に向かって声を上げた。


見ると、そこには髭面の老人が一人、酒瓶を片手に飲んだくれているところであった。


「…!」


ヤハブと呼ばれたその老人はコルアに抱えられた少年を一瞥いちべつするなり、けだるそうに重い腰を上げて歩み寄ってきた。

そしてトントンッと空いたテーブルを叩き、そこに少年を置くよう目配せする。


コルアがそっと少年を寝かせると、ヤハブはすぐに少年の首や腕などに触れ、異常がないか確かめる。

その手慣れた様子からどうやら彼がこの町の医者らしいと昌也達は感じた。


「どうなんだ?」


刺青の男がヤハブに向かって話しかける。

皆がテーブルを囲って見守る中、彼はしゃがれた声でぶっきらぼうに答えた。


「…脱水症状じゃな。すぐに水を飲ませてやれ」


ヤハブの指示通り、すぐに酒場のカウンターから水の入った瓶が男に渡され、そのまま少年の口へと注がれる。


「…連れてくるのがもう少し遅れていたら恐らく助からんかったじゃろう。あんたらが誰かは知らんが、感謝するぞ」


ヤハブがコルアに礼を言うと同時に、介抱されている少年のまぶたがうっすらと開いた。


「…っ!?」


意識の戻った少年はすぐに体を起こすと周囲を見渡す。


少年が目覚めたことに安堵したコルアの口から「よかった…」と思わず声が漏れた。

しかしそんな思いとは裏腹に、少年は何故かコルア達の方を見て強い口調を放った。


「なんでここに連れてきたんだ!」


「…え?」


意味が分からず、眉をひそめるコルア。


ふと気が付くと、自分達の周りを強面こわもての男達が取り囲っているではないか。

彼らの鋭い視線は明らかに少年ではなく昌也達一行に向けられている。


「ねえ、昌也君…」


不穏な雰囲気を感じ取った康が恐る恐る呟く。

肩上のエリエスも警戒して周囲に睨みをきかせる。


「お前ら、やるぞ…」


刺青の男がジリジリと詰め寄ってくる。

高まる緊張感。


そしてその時は訪れた。


突然周囲の男達が強張る頬を緩め、満面の笑みを浮かべたのである。


「歓迎パーティーだ!」


「うおぉおぉおーー!!」


酒場が男達の絶叫で包まれる。


「…へ?」


殺伐とした雰囲気から一転、和やかな笑顔と歓声が一帯から巻き起こり、まるで状況の飲み込めない昌也達が間の抜けた声を上げる。


「ありがとう、お前達のおかげでユユの命が助かった」


刺青の男がさっきまでとはうって変わってフレンドリーな表情で手を差し伸べてきた。

なかば強引に握手をされ、戸惑いながらもコルアが聞き返す。


「ユユ?」


「その子の名前だよ。今は留守にしてるが、彼は族長の息子だ」


「お偉いさんの息子だったのか…」


と、隣からホッと肩を撫で下ろす昌也。


康に関しては「飲め飲め」と言われんばかりに男達から酒瓶を押し付けられて、困惑しつつも嬉しそうである。


「俺は副族長のセクタス。お前達は一体何の用があってここへ?」


セクタスと名乗った刺青の男の問いに、コルアがいつもの調子で返す。


「自分はコルアと言います。こっちはマサヤとヤスシ、あと蛙のエリエス。えっと…ラノウメルンからの荷物を預かってて、それで…」


「なんだ運び屋か。チノはどうした?いつもは奴が荷物を運んで来るんだが…」


「チノ?」


「ラノウメルンで荷物を渡してきたおっさんのことじゃないか?」


昌也の耳打ちに、コルアが「ああ!」と納得する。


「それって、灰色のおっきな帽子をかぶったおじさんのことですか?」


「ああ。この町に行き来する運び屋はあいつだけだ」


「あの人から荷物を預かって来たんです。馬が死んじゃって届けれないからって…」


「そうだったのか。…で、その途中で倒れていたユユを見つけたと」


「はい」


「ご苦労だったな。後で荷物を確認するから今はゆっくり休め」


そう言ってセクタスは昌也達に水の入った瓶を渡す。


何はともあれ、トラブルにならなくて良かったと心から安堵する昌也。


「………」


しかし肝心の救った少年の浮かない顔色に気付いたコルアは、複雑な気持ちでその場に佇んでいたのだった。

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