第17話:SideGM 抜け穴と末路



 ガラスの個室に入った八幡流星は【三】を申告した。

 彼の順番は終わりだ。次の参加者が個室に入って次の数字を告げる。

 ……はずだった。

 だが八幡流星はそのままガラスの個室に残り、そのうえ再び【三】と告げてカウントを進めるように言ってきた。


 モニターに映る彼の顔には覚悟の色が窺える。鬼気迫るものだ。

 この展開は予想しておらず、装置は動かずに沈黙が続いている。


「おい、聞こえてるんだろ! さっさと機械を動かせ!」


 モニターから八幡流星の怒声が聞こえる。

 この状況下、自ら死に近付いていっているというのにまだ怒鳴る余力があるのか。

 もしくはこの気迫は死に近付いているからこそのものか。だが限界は確かに近いのだろう、八幡流星は怒鳴りはしたもののそれでバランスを崩し、ぐらりと体を揺らしてガラスの壁にぶつかった。

 当然強固なガラス板はその程度ではびくともしない。受け止めるでも突き放すでもなく、ガンッと無情な音を立てるだけだ。

 それもまた苦痛を呼んだのか八幡流星が呻く。立ち直す気力は無いのか、ガラスの壁に寄りかかったまま「早くしろ」と荒い呼吸で急かしてきた。


「さっきの説明じゃぁ、数字を選べば次のやつに【交代できる】って言ったよな……。つまり、交代しなくても良いってことだ」


 苦し気な声で八幡流星がゲームの穴を突く。

 これにはモニターで眺めていたゲームマスターも観客達も感心の表情を浮かべた。


「ただの頭の悪い男だと思っていたが、なかなかやるじゃないか」


 モニターに映る八幡流星を褒めるのは猿渡夫妻の夫だ。

 彼はまるで気概のある若者を見るかのような表情を浮かべている。たとえるならば誠意ある若手社員を見る老年の重役と言ったところか。己の若い頃を重ねているような色すらある。

 もっとも、助け出そうという意思はまったくない。むしろそんな気概のある男の死を願っているのだ。


 この猿渡の発言に、不満そうにふんと鼻を鳴らす男がいた。


「だから嫌なんだ……。こういう非常識な奴がちょっと良いことすると聖人みたいに扱われてさ……」


 ぶつぶつと不満を口にするのは観客の一人、日野岡ひのおか

 年は二十代前半。この観客の中では一番若いが若さゆえの溌剌さや活力は無い。陰鬱とした空気を纏っており、モニターに向ける視線も妬みと侮蔑が綯い交ぜになっている。


 観客達にはそれぞれ各一人ずつ、賭けのコマとして参加者を用意している。

 その厳選は観客の好みに基づいており、好む理由は三者三様である。


 若く美しい女への妬みをもとに、それらが歪み潰れる様を好む蘇芳。

 成功した男が醜く命乞いし無様に死んでいく様に性的な興奮を覚える猿渡夫人。夫も似たような性的嗜好をもっており、男女問わず若く未来ある者が苦痛の末に未来を絶たれる様に昂りを覚える。

 他にも、ゲーム自体にはさほど興味もなく賭けの勝者にのみ与えられる賞品が目当ての者や、このゲームの観客になれること自体に優越感を見出す者もいる。


 中でも日野岡という男は傾向が分かりやすい。

 コンプレックスと復讐。学生時代の日野岡は友人が一人もおらず、更には不良めいた同級生やいわゆる陽キャと呼ばれるような者達から虐められる日々を過ごしていたという。

 その反動から、彼は自分を虐めていた同級生に似た男をゲームのコマとして選ぶのだ。

 不良、もしくは世間的には好まれる陽キャと呼ばれるコミュニケーション能力に長けた陽気な男。実際には虐めなどした事の無い根から善良な者であっても日野岡には関係なく、見た目や仕草、生活から該当すると判断して憎悪と殺意を向ける。

 本人についても、ましてや事情もお構いなしだ。

 八幡流星が語った過去の話も一般的に聞けば不良が更生した感動話になるだろうが、日野岡にとっては八幡流星への恨みを募らせるに過ぎない。


「あんな馬鹿みたいな話で許されるわけないだろ……。こういう男こそ死ぬべきなんだ……。惨たらしく死ねば良い」


 癖なのか親指の爪を噛みながら日野岡がぶつぶつと呟く。

 モニターに映る八幡流星は力なくガラスの壁に寄りかかってはいるものの、個室から出ることもせず、それどころか「さっさと進めろ」とゲームの進行を急かしてきた。荒々しい口調、それもまた日野岡にとっては癪に障るのだろう。


「そうか、ここで自分で二十九まで進めるつもりなんだ……。やっぱり最低の屑野郎だ。こういう奴は苦しんで死ぬべきなんだ。死ね、死ね、早く死ね」


 まるで呪詛のように日野岡が「死ね」と呟き、己の親指の爪を齧る。

 その癖のせいで親指どころかほぼ全ての指の爪は不自然に欠け、爪だけでは足りないと指先の皮も剥かれている。爪が噛めなくなると指先の皮を歯で噛みちぎるのだ。

 日野岡は己の手がこれほど痛々しいものになったのも過去の虐めによる自傷行為だと考えて憎悪を募らせている。その苛立ちで爪を噛み……、と悪循環だ。

 その悪循環が一時的とはいえ晴らされるのがこのデスゲームである。

 正確に言えば、日野岡が選んだ者が無様に惨たらしく死ぬのを見る時。その瞬間だけ、日野岡の中に確固として存在するヒエラルキーは覆される。


「早く死ね。死ね。クソ野郎が、早く惨めに死ね」


 愉悦を漂わせるこの場で、日野岡だけが憎悪の色を強めている。

 そんな歪んだ期待と八つ当たりな憎悪を向けられているとは知らず、だがそれでもモニターに映る八幡流星には死が迫っていた。

 否、自ら死を招いている。なにせ彼は苛立ちを交えた声で「早くしろ」と訴えているのだ。


「確かに八幡流星の言う通りですね。一度にカウント出来る回数は三回、ですが、一人がカウント出来る上限とは伝えておりません」


 これはゲームの抜け穴だ。

 もっとも、この抜け穴は以前に利用し他者を出し抜いた者もいるので初出というわけではない。裏切りもまた一興と考えてそのままにしている。

 気付かずご丁寧に順番にカウントするも良し、抜け穴に気付いた者が他者を裏切るも良し。どのみちカウントが三十に到達すれば一人は確実に死ぬのだ。


「なんだよこのゲーム、こんな方法があるなんてクソじゃん……、死ねよ、マジで死ね」


 八幡流星がゲームの裏を掻いたことが不満なのだろう日野岡の恨み言が続く。

 それに対してゲームマスターは努めて冷静に、窘めるような色は出ないように落ち着いた声で「ご安心ください、日野岡様」と彼を呼んだ。


「過去、今の八幡流星のように単独で数字を進めてこのゲームを生き残った者は居りました」

「は? なにそれ。ゲームの抜け道をわざと放置してたってこと?」

「えぇ、そちらの方が面白いからです。仮にここで八幡流星が他者を出し抜いても、まだゲームは続きます。日野岡様には十分にお楽しみ頂けるかと」


 他者を出し抜けば今回のゲームは生き残れる。

 だがあくまで【今回のゲームは】だ。次のゲームでどうなるかは分からない。

 むしろ次のゲームの標的になる可能性が高くなる。いつ殺されるか分からない状況なのだ、不穏分子と判断されれば即座に標的にされるのは当然。


「先程申し上げました通り、過去このゲームの裏を掻いて生き残った者は居りました。……ですが、次のゲームでは参加者達の恨みを買い、脱落しております」


 裏を掻けるという点では、最初の鉄の椅子のゲームと同じだ。だが最初のゲームと今回のゲームでは【誰が裏切ったか分かる】という大きな違いがある。

 過去このゲームで裏切り行為を行った者達は、一時の生還のために出し抜き、結果、自ら死を招いたのだ。

 その話をすれば当時のゲームを観ていたという蘇芳が嬉しそうに顔を歪めた。


「私が賭けた女だったのよ。若くて美しい女だったわ。このゲームで自分一人で二十九まで進めて他の参加者を殺したの。でも次のゲームは投票用紙を探し出して死ぬ人を投票するゲームでね。孤立して死んでいったわ。泣いて命乞いをして、男には体を使おうともしたの。でも結果的に手足の小型爆弾を作動させられて、惨めで無様に死んでいったわ」


 楽しかった思い出を語るかのように蘇芳が弾んだ声で話す。まるで友人や恋人と遊んだ時の話をするかのようだ。

 事実彼女にとっては良い思い出なのだろう。

 ……どれだけ血生臭かろうが。否、血生臭ければ血生臭いほど、彼女にとっては、そしてこの場にいる観客達にとっては良い思い出なのだ。


 この話に先程まで恨み言交じりの不満を口にし爪を噛んでいた日野岡も気を良くしたのか、ニヤと笑みを浮かべた。

 到底爽やかとは言えない、粘ついたような笑み。笑っても尚この男には陰鬱とした空気が付き纏っている。

 だが日野岡の機嫌が直ったのならばあとは再びゲームを見守るだけである。そう考えてゲームマスターは観客達の意識をモニターへと誘導すれば、それとほぼ同時にガゴンッと機械音が聞こえてきた。同じ音が二度続く。

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