第3話 これって……フェンリルのようです

 ゆっくりと魔物に気づかれないように歩いていく。だが、頭の上に乗っているフェンリルは違うようだ。


「そのキラキラした目はどうにかならないの?」


『キュ?』


 フェンリルはキラキラした目でキョロキョロと周囲を見渡している。初めて見るダンジョンに興味があるのだろう。


 ただ、物理的にキラキラとしている目が明るいため、魔物を呼びつけてしまう。


 今も遠くの方から、大きな音を立てて走ってくる魔物がいる。


「ほら、またジャイアントオークが……逃げていくのはなんでだろうな?」


 僕達を見つけたジャイアントオークは捕食しようと寄ってくるが、急に何かを恐れて逃げて行ってしまう。さっきからずっとこの調子だ。


 むしろ安全に移動できるため、僕としては都合が良い。幼体のフェンリルでも、姿を見て本能的に恐怖感を抱いているのだろうか。


 僕にはかわいいもふもふにしか見えない。


「あっ……」


 ジャイアントオークが逃げた方へ歩くと、すでに自害した後だった。さっきのように逃げていく魔物を追いかけると、ドロップ品が落ちていることがある。


 きっと少しでも攻撃をしていたら、今頃スキルが強くなったのだろう。だが、無闇に攻撃して狙われたらエリクサーを飲んだ意味がなくなってしまう。


 せっかくだからとドロップ品を鞄に入れていく。いつのまにか、鞄もパンパンに膨れ上がっている。


 何が起こるかわからないダンジョンだからこそ、なるべく魔物に見つからないように、安全に戻るのが第一優先だ。幸いカバンの中にはダンジョン内の地図が残っていたため、道もどうにかわかっている。





 数日歩き続けると、一際明るい場所を見つける。


「やっと出口だよ!」


『キュ!』


 頭の上に乗っているフェンリルも喜んでいるようだ。来た道を戻ったからなのか、行きよりも短い時間で出口に到着した。


 久しぶりに当たる日差しに、僕の疲れた体がほぐれていく。


「あー、気持ち良いね」


 同じ気持ちなのか、フェンリルも短い手足を広げて伸びている。


 僕達は急いで妹が待つ家に向かった。


 なぜかここでもいつもより早く走れている気がしたが、会いたい気持ちが勝っていた。


「ただいま!」


「お兄ちゃん!?」


 急いで帰ってきたからだろうか、アリアは驚いた表情で僕を見ていた。きっと頭に乗っているフェンリルを見て驚いているのだろう。


「見て! 新しい相棒のフェンリル!」


 頭に乗っているフェンリルを下ろして、アリアの顔の前に持ってくる。頭を下げてちゃんと挨拶しているなんてお利口だ。


 ただ、ここでもフェンリルの大きな目は光っている。


「お兄ちゃん……本物?」


「ほらほら本物だぞ!」


 フェンリルをアリアの膝の上に置くと、ジーッとアリアを見つめていた。やはり急にフェンリルだと紹介されても偽物だと思ってしまうだろう。


 アリアはあまりの嬉しさに、その場で泣き崩れてしまった。そんな姿に僕が戸惑っていると、アリアは安心したのか、にこりと笑っている。


「お兄ちゃん生きてたの?」


「おいおい、勝手に僕を殺す――」


「だって冒険者ギルドから、お兄ちゃんが亡くなったって報告を受けてたのよ」


「えっ?」


 どうやら僕は冒険者ギルドでは亡くなったことになっているらしい。冒険者ギルドはAランク冒険者パーティーから、僕がダンジョン内で亡くなったと報告をしたらしい。


 だから、死んだはずの僕が現れてアリアは驚き、泣いていたのだろう。


「迷惑をかけてごめんね」


「うん」


 僕は優しくアリアを抱きしめる。僕がいなくなったら、アリアがこんなに悲しむとは思いもしなかった。


 たくさん買っておいた食料もほとんど残っていた。食べる体力がないのかと思ったが、自分で体が動かせられるなら意図的に食べてなかったのだろう。


 僕は改めてアリアのためにも、生きないといけないことを感じた。あの時すぐにエリクサーを飲んでよかった。


 これからは安全に命を大事にして生きていこう。僕はそう決意した。


 一方のアリアはフェンリルに興味津々のようだ。


「お兄ちゃん今いい?」


「ん? どうしたんだ?」


 膝に乗っているフェンリルを持ち上げて、僕の方に向けてきた。


「お兄ちゃん……この子――」


『キュー!』


「フェンリルじゃ――」


『キュキュキュ!』


 アリアが話すたびに会話をしているかのようなタイミングで、フェンリルは鳴いて返事をしている。アリアの声に重なりすぎて、ほとんど何を話しているのかは聞こえない。


 ただ、フェンリルがアリアに懐いているのなら問題はない。今もアリアに体を擦り付けている。


 何を言っているのか聞こえなかった僕は首を傾げると、アリアは笑っていた。


「もうお兄ちゃんって相変わらず抜けてるんだから」


 どうやら僕は何かが抜けているらしい。髪の毛もしっかり生えているから、あとはどこが抜けているのだろう。


 フェンリルを見ると、彼もわからないのか首を傾げている。


 僕の新しい家族のもふもふ。その見た目に癒されていると、確かにあることを忘れていた。


「あっ、冒険者ギルドに生きていることを伝えないと!」


 これがアリアの言っていた"抜けている"ってことなんだろう。フェンリルにお留守番をお願いして、僕は冒険者ギルドに向かった。


『キュー!』


 まだ一人になるのが嫌なのか、フェンリルは泣き叫んでいた。

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