異世界マーヤの学園生活

明空 希歩

第一話 その一

 今朝お母さんと会話した内容は、だいたいこんな感じ。


「アヤカ、入学式には遅れずに行くのよ! ママもワタルを連れて行ったら、すぐに向かうから!」


 ちなみにワタルっていうのは私の弟。八歳くらい歳が離れている。

 ワタルは少し遠い保育園に、今日から通うことになっているけど、今日は私の入学式。

 遅れて来てくれるって言うけど、本当は一緒に行きたかった。


「いってらっしゃーい」


 朝食のパンを食べながら、二人に手を振る。

 食べ終わると、私は廊下に置いてある姿見で、身だしなみを整えた。

 とっくに着替えていた黒のセーラー服は、少し私を大人っぽく見せている気がする。

 色んな角度から自分の恰好を眺めていると、もう家を出る時間だ。


「いってきまーす」


 誰もいない家に声だけ掛けて、私は学校に向かった。

 濡れた桜が咲いている。昨日の雨で、ほとんど散りかけていた。

 桜が満開の入学式って憧れるけど、残念なことに実際は満開であることはない。

 見えるのは僅かな桜と、丸見えの枝ばかり。

 悲しい現実に気持ちが沈みそうだ。


 私は、いくつか出来た水たまりを飛び越える。

 たまに、こうやってやりたくなるの。

 もう中学生だけど、気持ちは小学生の頃と、そんなに変わってない。


 水たまりを避けることなく飛び越えていくと、目の前に大きな水たまりが現れる。

 この辺りのボスかな。

 軽い助走の末に、私は水たまりを飛び越えた。


 ぱちゃっ! と水が僅かに跳ねる。

 小学生の頃なら、向こう側に辿り着くことなく足を濡らしたはずだ。

 少し得意げになりながら、私は進む。


 するとその先に、先ほどよりも大きな水たまりが見えてくる。

 例えるなら先ほどの水たまりは中ボスで、今回のはラスボスのような感じ。


 私は流石に立ち止まった。

 さっきのは出来ると分かりきっていたから飛べたが、今回は違う。

 失敗すれば制服に水が掛かるかもしれない。

 そうなれば、お母さんから鬼のように怒られる。

 想像しただけで震えて来た。


 私は振り返って、さっき飛び越えた水たまりを確認した。

 大きな水たまりを見た後では、なんだか小さく見える。

 大丈夫かな? 出来るかな、私?


 しかし私の中で、水たまりを避ける、という選択肢はなかった。

 何より、さっき成功したのだから、ここでも頑張れば行けるかもしれない、という謎の自信を持っていた。


 先ほどよりも助走の幅を広げて、私は走り出す。

 水たまりに入るギリギリで、私は飛んだ。

 途中で、「あ、無理だ」と思った。

 飛距離が、ぜんぜん足りなかったのだ。


 足は、水たまりの中に降りていく。

 そして地に足が付いた感覚のないまま、私の足は更に下へ。

 身体のバランスが崩れ、そのまま前へ倒れた。


 太もものところまで沈んだ辺りで、私の前身が水たまりにダイブする。




 お母さんにメチャクチャ怒られる!

 水に沈んだことで考えたのは、やっぱり怒られることに対する心配だった。

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