合法ショタとメカメイド〜ダンジョンの奥で見つけたのは最強古代兵器のメイドさんでした〜

ベニサンゴ

第1章【メカメイドの覚醒】

第1話「鋼鉄のメイド」

 先の尖った靴が闇を切り裂き、鮮血が壁に散る。オークが悲鳴を上げて悶絶し、白いフリルで縁取られたロングスカートが軽やかに翻った。


「実験体の敵対行動を確認。安全確保を目標に設定。敵性存在の排除を試みます」


 涼やかな声が響く。

 棺の中から目を覚ましたばかりの彼女は、首や節々の関節を軽く回す。


「駆動部の状態を確認。経年劣化は軽微。活動に支障なしと判断」


 滑らかな黒い髪が揺れ、彼女は白磁のような頬をわずかに覗かせる。周囲を見渡し、何かを探しているようだった。

 周囲には激昂したオークが三体。僕は腰を抜かし、物陰で震えることしかできない。けれど彼女は、全く焦りや恐怖の感情を浮かべていなかった。

 この場にはまるで見当違いなメイド服を身に纏い、冷静にオーク達を睥睨している。

 かと思えば、彼女は何かを探すように周囲を見渡し、ぱちりと目を瞬かせる。あまりにも緊張感のない動きに、オーク達でさえ戸惑いを隠せず襲いかかる機会を逸しているようだった。


特殊破壊兵装リーサルウェポンを喪失。現状での最適行動を実行します」


 ポツリと呟き、靴先を血で濡らしたメイドが歩き出す。

 彼女は牙を剥いて威嚇するオーク達に一瞥もくれず、おもむろに瓦礫の中に落ちていた鉄の棒を拾った。なんの変哲もないただの棒だ。厚く埃を被っているけれど、錆びやヒビ割れは見当たらない。ガラクタと言ってもいいだろう。

 彼女はそれの先端を握り、ゆっくりと振りかぶった。


――ダンッ!

『ギャアアッ!』


 次の瞬間、ダンジョン内部に絶叫が響く。屈強なオークがうずくまり、変な方向へ折れ曲がった腕を押さえている。

 突如攻撃を始めたメイドを見て、二体のオークたちが動き出す。大きく隆起した筋肉で彼女を押し潰そうと両腕を広げる。そのまま猛烈な勢いで駆け出してきたオークに、メイドは鉄棒だけで応戦していた。


「対象の脅威レベルを測定」


 淀みなく言葉を紡ぎながら、それでいて体は大胆に動く。彼女が鉄棒で殴るだけで、屈強なオークの太い腕が骨ごと砕けていた。悶絶するオークの喉元に棒を突き刺し、引き抜く。噴水のように鮮血が飛沫を上げて、巨体が崩れ落ちる。

 一切の無駄がない、ただ的確に最短経路で殺すだけの動きだった。返り血を浴びた彼女の表情は氷のようだ。


『ガァアアアッ!』


 耳をつんざく咆哮を上げて、三体目のオークが襲いかかる。それでも彼女はまったく動揺を見せず、淡々と対処していた。


『ガッ、ガァッ!?』


 血濡れの鉄棒がオークの肩を砕き、膝を折る。瞬く間に繰り出された二撃。体勢を崩したオークの胸に鉄棒が突き込まれる。

 しかし、厚い胸板に阻まれて心臓までは届かない。

 それまで滑らかに動いていたメイドの動きが僅かに止まる。彼女を見て、オークが凶悪な笑みを浮かべたような気がした。


『ガアアッ!』


 捨て身の攻撃だった。奴は棒を胸に食い込ませたままメイドに覆い被さり、そのまま体重で押し潰そうとする。メイドは僕よりも身長が高いけれど、細身で華奢だ。一方、オークは見上げるほどの巨体で分厚い皮の下には密度の高い筋肉が詰まっている。その重量は人間が支えられるようなものではない。


「逃げて!」


 押し潰される彼女を見て、咄嗟に声が出る。一瞬、彼女が空色の瞳をこちらに向けた。その頭が、赤黒いオークの体に隠される。


「やめ――」


 僕の目の前で、オークは全体重でその女性を圧殺した。

 全身から血の気が引く。立ち上がりかけていた足から力が抜けて座り込む。目の前で人が死んでしまった。名前も知らない、謎の女の人だったけれど。彼女は僕を助けようとして、そして死んでしまった。

 オークは凶悪な顔をこちらに向けて、次はお前だと笑っている。もはや逃げることもできない。僕はここで死ぬのか。


「出力上昇。対象を撃破します」


 オークの背から、鉄の棒が生えた。

 奇妙な光景に呆ける。僕の目の前で、オークは勢いよく突き上げられ、天井に激突した。


『ガァッ!?』


 驚きの声を上げるオーク。もうもうと舞い上がる土埃。

 周囲の視界が覆われるなか、細いシルエットが立ちあがる。


「機体破損状態を計測。自己修復可能範囲内。――戦闘を続行します」


 彼女が腕を振る。それだけで風が吹き上がり、立ち込める土埃が払われた。

 天井に突き刺さっていたオークが血を垂れ流しながら落ちてくる。メイドはそれを静かに見つめ、拳を握った。

 もがくオークに回避不能の一撃が繰り出される。それは豚鼻を陥没させ、頑丈な頭蓋骨を破砕した。熟れたリンゴのようにあっけなく、オークの頭部だったものが撒き散らされた。

 血生臭い臭気が充満する部屋のなかを見渡して、メイドさんはようやく自分の装いが大きく崩れていることに気づく。足首まで隠すロングスカートが裂け、細長い足が露出している。上半身も、袖が肩のあたりから引き裂かれていた。


「あ、あなたは……」


 その姿を見て、僕は驚愕した。

 露わになったのは女性の柔肌ではなかった。金属のケーブルが飛び出し、バチバチと火花が散っている。腕にはいくつもの鋲が埋め込まれ、鉄の肌が覆っていた。

 ――魔導人形。ダンジョンの奥地でごく稀に発見される、人型の魔導具。高度な技術が使われている痕跡は見られるが、実際に動いているところを見たという話は聞かない。

 彼女は生きているかのように生気に満ちている。とても人形のようには見えない。けれど、今発揮した力は人間を遥かに凌駕している。なにより露出した腹から飛び出した金属部品が雄弁に語っている。


「何者なんだ」


 ダンジョンの奥で眠っていた美しい女性は、人間ではなかった。彼女が何者なのか、なにも分からない。けれど、その身に宿す常人を超えた力の理由は思い知った。

 黒い前髪の隙間から、空色の瞳がこちらを見る。感情を宿さない氷のような目に、オークに睨まれた時以上の恐怖を覚える。


「ひっ」


 情けない悲鳴を漏らす僕のもとへ、ゆっくりと彼女が歩み寄ってくる。メイド服の下に鉄の体を隠していた彼女は、僕を殺そうとするのだろうか。周囲に倒れているオークたちの死体が目に入る。あの魔獣たちを圧倒するような存在に、僕が勝てるわけがない。

 心臓が激しく拍動し、幾つもの思い出が脳裏を駆け巡る。そしてついに観念したその時、僕の目の前に細い手が差し伸べられた。


「――任務完了。お怪我はありませんか、マスター?」


 驚きのあまり固まる僕に向かって、彼女は優しく声をかけてきた。

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