第19話 試合②

 俺はアンドーブ先生から距離を取りながら、まずは観察した。

 とりあえずはアイテム鑑定。


『盗賊SKILL:IDENTIFY ITEMアイテム鑑定成功』

『アンドーブ先生の腰ベルト:マッチョ角刈り、眉毛が長いアンドーブ先生。ある種の人好きされる容姿だが、ちゃんと既婚者。むしろ女性に弱めでお色気攻撃が有効なことは知られていない。そんな先生の、革製腰ベルト』

『ID取得:BE17 28AB 165D 6CC9』


 なんだこのアイテム概要、先生の情報詳しすぎるだろ。そっかお色気に弱いのか、フムフム。……って、思わず読み入ってしまったが、そんなことはどうでもいい。


 実は懐の中に、ナイフで切ったベルトを忍ばせてある。タイミングを見て、アラドの時のように先生のズボンベルトとアイテム交換するつもりだ。そうすれば、ズボンをずり落として足を取れるに違いない。


 他にも、なにか活用できなさそうかと、先生の装備を鑑定しておく。

 なにかの際に利用できる駒を増やしておくのは大事だ。


「ふふ、様子見か? 慎重も良いが挑戦者はもっと勢いを見せるべきだな」

「先生、確認ですが剣での戦いをする分にはスキルの活用も構わないのですよね?」

「もちろんだ! 我が剣練会は実戦派、その辺を禁じたら現実に即さないのでな」

「わかりました」


 俺は先生に向かって駆けだした。


「行きますよ先生!」

「来たまえ!」


 先手必勝だ、最初からスキルを使ってやる。アイテム入れ替え!

 先生の腰ベルトを切れたベルトと交換しつつ、上段から木剣を振りかぶっていく。


 木剣で俺の攻撃を受け止めようとした先生、その瞬間ズボンがずり落ちて足を捕られる。


「ぬおっ!?」

「初撃、いただきです!」


 バランスを崩した先生に向かい木剣を振り下ろす。が。


「甘い甘い!」


 俺の木剣は、先生の木剣に軽く受け流された。バランスを崩した姿勢でも、手首を柔らかく使って小突くように俺の攻撃に合わせてしまう先生だ。さすがレベル68、俺程度の攻撃は通じない。だけど。


 そこに横からミリアが強襲する。

 本命はこっちだ、初撃、貰うぞ!


 ミリアの鋭い一撃が、アンドーブ先生の背中に向かって奔る。側面から背後へ向かっての攻撃、これは避けれまい。


「シールド:フリートゥムーブ!」


 先生が声を上げると、先生の背後に光る壁が現れた。ミリアの疾風のような攻撃は、だがその壁に阻まれる。

 驚き顔で目を見開くミリア。


「なっ!?」

「甘いと先生は言ったはずーっ!」


 グリン、と身を捩った先生が、俺に向かって木剣を振るう。速い。目で追うのがやっとで、身体は反応しなかった。首筋に大きな衝撃を受けて、俺は吹き飛ばされてしまう。


 倒されたまま二人の方を見ると、ミリアも木剣で吹き飛ばされたところだった。しかしあちらは、ちゃんと先生の攻撃をガードしている。派手に吹き飛ばされて見えるのは、自分で跳んで勢いを殺したからだろう。


「やるなミリアくん!」

「アンドーブ顧問も、さすがです」


 互いを称えあいながら、二人は距離を取った。

 俺も立ち上がらなくては、と足に力を入れようとして――あれ?


「立ち上がれないようだねセイシロくん」


 先生が、フフフと笑う。


「武錬場の安全システムが働いているんだよ。君はさっき、私の一撃で多大なダメージを受ける『ハズ』だった。本来なら身動き取れないくらいのね。だから君は今、動けない。武錬場が・・・・そうさせているのだ」


 身動きが取れなかった。手足が不自由だ。

 なるほどこれが武錬場のセーフティ機能、先日のアラド戦ではノーダメージだったから知らなかった。


「すまないミリア、早くも役割交代だ」

「いや十分だ、よくやったよキミは」

「そうだぞセイシロくん、君は私の『フリートゥムーブ』をいきなり引き出した」


 ズボンを引き上げながら、アンドーブ先生がニィと笑う。


「フリートゥムーブ、『自在の盾』を使ったのは数年振りだ。今の在学生で見たことある者はいないのじゃないかな。ちょっとした秘技だよ」

「つまりセイシロ、キミはちゃんと役目を果たしたんだ。アンドーブ顧問の引き出しを私に見せてくれたんだからな」


 はは。俺は苦笑い。せっかくの賞賛の言葉だが、今は心に痛い。早くも半リタイアになってしまったのは事実なのだから。


「それに私自身、顧問とは真剣に戦ってみたくなった」

「ほう、良い言葉だねミリアくん」

「休めセイシロ、しばらく支援も無用にしてくれ。私は私の力を、顧問にぶつけてみたい」


『おっおっおー! おっおっおー! おおおー!』


 戦唄が力強く響き渡る武錬場で、改めて二人の剣士が対峙した。

 ドンドンドドン、踏みしめられる会場の芝生。観客の声援と戦唄が混じり合い、ごぅごぅとした渦を巻く。


「いきますよ、アンドーブ顧問」

「来たまえ!」


 これまでと比べ物にならない速度だった。

 二人の木剣が見えない。いや、正確には見えていないわけじゃない。目で追えない。


 カン! カカン! カカカン!

 木剣が交わる音で、二人が剣のやりとりをしていることがわかるだけ。正直次元の違う戦いだった。


 これが、レベル60オーバー同士の戦い……。

 おお怖いぞ怖い、距離を取ってないとこれ、エクス・カリバー出す間もないんじゃないか? これからはミリアにもっと注意しておかないといかんわこりゃ。


 いつしか戦唄も止んでいた。剣練会の皆も、二人の動きに見とれてしまったのだ。

 静かになった武錬場の中で、木剣が交差する音だけが響いている。


「スキル:稲妻一閃!」


 ミリアが声を上げた。パリパリパリと弾けた雷光が、木剣に宿る。


「ぬうっ!?」


 バチュン、バチュン! 木剣を合わせるときの音が変わった。

 ぶつかるごとに雷光が弾け、迸る。


「フリートゥムーブ!」


 先生が光の盾を出し、剣を引く。そのまま下がるアンドーブ先生。


「やるねミリアくん。剣を受ける度に痺れて動きが鈍ってしまう。拮抗する相手と戦うには良い選択肢だ、恐れ入る」


 ミリアも下がってきた。俺の横で、大きく息をしながら木剣を構えなおす。


「顧問も、さすがです」

「……君のようなツワモノが何故ここに入学してきたのか、それはわからない。だが、剣を合わせることができた幸運には感謝しよう」


 先生もまた、木剣を構えなおした。


「どうした皆っ! 唄え! 大地を踏め! たけびを上げろ! 試合を盛り上げてくれたまえ!」


 先生の鼓舞で、再び戦唄が始まった。

 先ほどまでよりも、さらに勇壮に、さらに力強く。大地を踏みしめる音も高らかに、武錬場を揺らしていった。


「セイシロ……」


 ミリアが俺に小さく声を掛けてきた。どこか嬉しそうな横顔に、汗がキラリと輝いている。


「感謝するよ。キミのお陰で、こうした機会に恵まれた」

「大袈裟だな」

「キミにはわからないかもしれないな、裏の世界で剣を振るってきただけの私の気持ちなど」


 彼女は笑う。しかしその笑顔に、今は自嘲の色などなかった。


「闇討ち、強奪、脅し、私の剣はそういう色に染まったものだ。それなのにこんな戦唄の中、皆に応援されながらツワモノと剣を交えられるなんて。夢のようだよセイシロ、ありがとうな。アラドさまを怒らせてくれて。私をここに連れてきてくれて」

「ミリア……」


 彼女は刺客だ。これまできっと、そういう仕事をたくさんこなしてきたに違いない。

 だけどそれ以上に、彼女は17歳の女の子なのだ。剣の修練を積んだだけの、女の子なのだ。それが今、痛いほど伝わってきた。


「ミリアー、頑張ってー!」「負けんなやミリアー!」


 リーリルとメルティアの声が聞こえてくる。彼女たちも、声を張らん限りにミリアを応援していた。俺も思わず声が零れた。


「頑張れミリア、やってやれ。ここがおまえの晴れ舞台だ」

「ああ!」


 ミリアが再びスキルを使った。雷光が木剣の刀身を包み込む。


「ふふ。来るがいい、ミリアくん!」

「行きます! アンドーブ顧問!」


 ミリアが走る。そして木剣を振り下ろした。

 アンドーブ先生はミリアの木剣を、フリートゥムーブで受けた。木剣では受けない、自在に光の盾を操って、ミリアの木剣を全て受けきる。

 先生が、身を捻った。


「スキル:カマイタチ!」


 木剣を大きく振る先生。飛びのくミリア。先生はミリアを追って踏み込んだ。木剣を横に一閃、ミリアは木剣でそれを受けようとして――。

 困惑の顔を浮かべた。木剣が半分の長さになっていたのだ。


「カマイタチ。真空の刃で木剣を切断させて貰ったよ。もう君は、私の剣をまともには受けれない」


 アンドーブ先生の木剣が、ミリアの首筋で止まる。

 シンとなる会場。時間が止まったかのように、二人の動きもまた止まっていた。


「……私の負けです。アンドーブ顧問」

「良い勝負であった」


 先生がニィと笑う。

 ミリアはだがしかし、彼女もまた、ニィと笑った。


「ですが、私たちの負けではありません」

「なんだと?」


 訝しげな顔で眉をひそめる先生。ミリアの代わりに、俺が応えた。


「彼女が十分時間を稼いでくれたお陰で、俺がこうして復帰できましたからね」


 立ち上がり、俺は木剣を構えた。わああっ、と会場が湧き上がる。


「ありがとなミリア、おまえのお陰で完全に回復できた」

「もともと力を合わせなくては勝つのは難しい相手だ、それよりも私のワガママを聞いてくれてありがとう」

「満足したか?」

「ああ、満足だ。私は強い、だがあの人は、もっと強い。だから」


 俺は頷いた。


「そうだ、二人で倒す!」


 今、戦いの二幕目が始まる――。



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奥義を見せ合った二人。そこにセイシロがまた加わる!

どう決着するのか、次回『試合③』よろしくお願いします!


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