第3話 バグチート

 小屋の外、二つ月が照らす広場に俺たちは立たされていた。

 周囲には集まってきた盗賊たち。囲まれていてとても逃げ出せる状況じゃない。


「さて新入り、だいぶ舐めた真似をしてくれたもんだ。楽しめたぜ」

「あはは、楽しんで頂けました? これ全部冗談……だなんて」

「くっく、入団したときとだいぶ人が違ってるじゃねぇか。それがてめえの正体ってわけだ」


 正体、というか中身です。

 中身が変わってしまっただけなんですよ。


「ここまで俺の目を欺いた奴は久しぶりだ。てめえどこの回し者だ? 酔狂でその女を助けたわけでもあるめぇよ」


 盗賊団のボスは俺を警戒しているようだった。

 買い被りなんだけどな、と思いつつ、時間を稼ぐためにも会話に乗ることにした。


「さすがご明察。俺はミルヘイン伯爵家に仕える影の者、今回の計画を事前に知ってリーリル嬢を救うために馳せ参じた」

「な、なんだと!?」


 驚き顔のボス。

 最初から計画が漏れていたと俺は言ったのだ。どこから? とさぞ不審がっていることだろう。不審がれ、疑心暗鬼になれ、今おまえの後ろにも裏切り者がいるかもしれないぞ?


「嘘。セイシロったらノリノリで私を攫ってたじゃない」

「え? そうなの?」

「そうなの? じゃないわよ。そんな理由だったら私を攫ったりせず、そのときに一緒に逃げてればよかったはずだわ」

「そ、そうだ! でたらめを言ったなてめえ!?」


 激昂するボス。

 リーリルさん、なんでそんなこと言うの? 俺の邪魔をするのはやめてください。


「私もセイシロの素性には興味あるのよ! この辺の地理や事情に詳しすぎるし、この状況ですら妙な余裕がある。なんなの貴方」


 余裕があるのは、まだちょっと現実感が薄いままの気持ちだからだ。

 突然こんな状況に放り込まれて、まともな感性が働くわけがない。

 まあ、他にも理由はあるけど。


「隠す気はないんだけど、キミらに説明してもわかって貰えないと思うんだ」

「そんなの言ってみないとわからないじゃない!」

「この世界はゲーム世界で、俺はその世界の外から来た。だからこの後なにが起こるかもだいたい知ってるし、予想がつく。だからまだ慌てていない。といって解る?」

「わからないわよ!」


 ですよねー。

 俺は喋りながら、視界に映るウインドウを操作した。

 ほら、来てる。マップに表示され始めた。イベント中ボスの赤い点が。

 俺の介入で変化したシナリオだけど、そろそろ来るころだと思っていたんだ。


『CAUTION! ENEMYS COME!』


 ガサガサガサ、と茂みが大きく鳴った。そしてほら、そこから飛び出してくる。


「グルルァァアッ!」


 ゲームの中ボス、巨大な『怒りイノシシレイジボア』だ。


「キャッ!?」

「大丈夫、動かないでリーリル!」


 怒りイノシシレイジボアは、俺たちを避けながら盗賊たちの方へと向かっていった。盗賊たちが何人か弾き飛ばされる。囲みが崩れた。


「走るぞリーリル!」


 俺はすぐに体勢を立て直すと、彼女の手を取って走り出した。

 背後は混乱の渦中だ、すぐに俺たちに反応するものは――、


「あ、てめえ! 待ちやがれ!」


 ボスと、取り巻きの数人。

 ともあれこのまま逃げれば、敵を分断もできる。状況が悪くなることはあるまい。


「あのイノシシ、私たちを避けたわ!」

「小屋で擦りつけておいた匂いのお陰だよ。怒りイノシシレイジボアはあの匂いが嫌いなんだ」

「セイシロ、まるでイノシシがくるって知ってたみたいに!」

「言ったろ、この先なにが起こるかだいたいわかるって」

「まったく貴方は不思議!」


 走る、走る、二つ月に照らされながら夜の森を走る。

 この肉体、ほんと体力はあるみたいだ。息が切れない。


 走りながらウインドウを開く。


名前:デシズマ

種族:人間

年齢:32歳

職業:盗賊団棟梁

レベル:53

ステータス:良好・怒り


 ピッとサーチされたステータス。お付きの子分は二人ともレベル7とのこと。

 ちなみに俺のレベルはというと。


名前:セイシロウ・トウドウ

種族:人間

年齢:20歳

職業:盗賊(裏切り者)

レベル:5

ステータス:良好・異臭


 わっは。5だって、5! どんだけ雑魚ですか。

 これはまともにやって太刀打ちできるはずもなし。


 最初から、いざというときには、あの中ボスイノシシを使って盗賊たちを壊滅させてやるつもりだった。予想外だったのは、ボスが仲間を置いてなお、俺たちを追い掛けてきたこと。ゲームではボスを中心にイノシシを倒していたはずだったのに。

 よっぽど俺はボスから怒りを買ってしまっていたらしい。あんたの統率がなかったら、怒りイノシシレイジボア相手にあいつら本当に壊滅しちゃうよ?


「はっ、はっ、はっ」


 リーリルの息が荒くなってきた。

 貴族のお嬢さまだ、体力はそんなに無いのだろう。


「担ぐぞ」

「キャッ!」


 リーリルの身体を持ち上げて、お姫さま抱っこした。


「なによ急に!」

「おまえもう限界だろ? 俺は体力ありそうだから、こっちの方が早い」

「やっ! 変なトコ触らないで!」

「こら、大人しくしろ!」


 ポカポカと殴られながら、俺はリーリルを抱えて走った。

 走って熱くなった身体、汗ばんだ彼女の身体。

 収納庫で密着していたときも思ったんだけど、リーリルの体臭は驚くほど甘くていい匂いだった。


 抱えたことで足元が見えなくなった。

 空を見上げながら走る。――あれ?


「月が……一つだけ?」


 銀の月だけが残っていた。金の月が消えている。

 リーリルも、俺に抱えられながら空を見た。


「たまにあるわね。神さまの啓示と言われてるわ、今ごろ首都では王宮の巫女が託宣を受けているんじゃないかしら」


 イヤ違う。あれは単に表示上のバグだ。

 俺がテストプレイで見つけたバグの一つ、月が消えてしまう。そこになんの意味もない。


 そうか、ここはまだバグがある状態のゲーム世界なのか。

 ならばもしかして、他のバグも使えるのだろうか。


名前:セイシロウ・トウドウ

種族:人間

年齢:20歳

職業:盗賊(裏切り者)

レベル:5

ステータス:良好・異臭


名前:セイシロウ・トウドウ

種族:人間

年齢:20歳

職業:盗賊(裏切り者)

レベル:5

ステータス:良好・異臭


名前:セイシロウ・トウドウ

種族:人間

年齢:20歳

職業:盗賊(裏切り者)

レベル:5

ステータス:良好・異臭


 ステータス画面がコピーされるバグ技が使えた。これは別になんの意味もないバグだが、ということは。

 俺は足を止めた。


「ど、どうしたの!?」

「試したいことができた」


 このまま逃げてもジリ貧だ。決断をする。

 リーリルを下ろして、視界の中のウインドウを操作した。


「リーリル、さっき持っていたナイフはまだ持っているか?」

「こんなナイフ程度じゃ、あいつらに勝てるわけないわ!」

「大丈夫。貸してくれ」


 渋々といったていで懐のナイフを俺に渡してくるリーリル。

 そこに、俺たちを追い掛けてきたボスたちが到着する。


「あ、足のはええやつめ……。やっと諦めたか」


 ボスが腰から剣を抜く。

 俺はそれに対し、ナイフを構えた。


「おいおい、ボスの剣にそんな小物でなにしようってんだ!」

「馬鹿だ、やっぱりそいつただの馬鹿ですよボス!」

「どうやらそうらしいな、俺の勘違いか」


 笑いあう盗賊たち。

 俺はそんなことを気にもせずに、ウインドウのコマンドを一定パターンで動かす。

 月が消えるバグが残っているバージョンなら、あのバグも残っているはずだ。


「セイシロ、無茶はやめて! 貴方死んじゃう!」


 リーリルが叫んだ。


「ね、お願い! 私は戻るから! だからセイシロを見逃してあげて!」

「ダメだな。ここまでしたんだ、血祭りに上げないと示しがつかねぇ」

「そんなっ!」


 ボスが剣を構えたまま、一歩一歩近寄ってくる。

 剣を振り上げるボス。


「死ね」


 コマンド入力が完了した。

 ナイフが、まるでモザイクでも掛かったようにブロック状のノイズに包まれる。

 次の瞬間、俺の手の中にあったのは――。


「出でよ!」


 ゲーム終盤に出てくる武器、聖剣エクス・カリバーだった。

 輝きが膨らみ、ボスが振り下ろした剣を弾く。防御力+5000のフィールド効果、それが発現したのだった。


「なっ!?」


 驚愕の顔を見せるボス。だがもう遅い、俺の手の中には最強の剣があった。

 アイテム固有のIDナンバーを書き換えることで、手持ちアイテムを他の好きな同系統アイテムと入れ替えるバグを利用した俺なのだった。


「この! このやろ! なんだ!? 剣が弾かれる!」


 そりゃー防御+5000だからね。普通の武器じゃ、触ることすらできないよ。

 このバグは対象のアイテムIDを知らないと入れ替えできないけど、エクス・カリバーはだいぶ活用したから覚えちゃっている。


「それじゃあこっちからもいくね」


 剣を振った。白い輝きが膨らみ、ボスたちを飲み込んでいく。


「「うああぁぁあーっ!」」


 叫び声。それは光の中に彼らが消えていく断末魔だ。

 森が昼間のように明るくなり、鳥たちが羽ばたいて逃げてゆく。


 光の中に消えていく彼らがどうなるのか、俺も知らない。敵対する邪悪を光の中に消し去るという、エクス・カリバーの特殊効果だった。

 道具を『使う』だけなら、レベルが低い俺でもできる。

 この場の最適解の一つだろう。


 光が消えた。

 しばし呆然としていたリーリルが、俺に訊ねてくる。


「あの人たちは……どこいったの?」

「わかんない」

「その剣って……」

「エクス・カリバー」


 俺は光る剣をブンブンと振ってみた。意外に軽い。


「知らない? 確か王宮の宝物庫に保管されてるはずだけど」

「知ってるけど! なんでセイシロがそんなもの手にしてるのよ!」

「うーん、バグ技?」

「もっとわかりやすく言って!」

「むり」


 話していると、エクス・カリバーがナイフに戻った。

 これはアイテムの管理IDを一定間隔ごとに精査しなおしている為だったりするのだけれども、まあ難しいことは横に置いておこう。

 ごく短時間だけ、同系統のアイテムを入れ替えて使えるバグチート、とだけ覚えておけばいいのだ。


『LEVELUP! 5 >>> 7 GET A SKILL:DETECT TRAP罠探知


 視界に映った文字が告げる。

 呆けたままのリーリルが、口をあんぐり。


「貴方、本当に……何者なの?」

「だから俺は藤堂とうどう誠志郎せいしろう、サッカーボールの運命を回避するために、キミの運命を変えようとする男!」


 俺は彼女に笑い掛けたのだった。



------------------------------------------------------------------------------

ということで逃走編はオシマイです。

バグチート技が出てまいりましたね、アイテムの入れ替えです。実際こういうバグがあるとしたら、だいたいデバッグモードの管理ミスで引き起こされる気がします。バグをしっかり潰してから発売してくれるゲームメーカーさん、いつもありがとうございます!


それはそれとして、この物語ではバグを活用していく所存。

この先セイシロの活躍が気になる、今回面白かった、などなど。気に入って頂けましたらフォローや☆で応援してくださいますと嬉しいです!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る