第2話 火の力を使える小野田くん


絶対に大丈夫だと思っていた日本の平穏が崩れたのだ、そんな不安はやはり心の何処かでついて回る。


しかしそれでも、他にやることもないし、やるしか無い。



「失礼しまーす」


「いらっしゃい」



いつものように作業しているといつものお客さんが来た。



「凄い髪の色だね」


「加賀さんまでそんな事言うんですか……ハァ」



作業していると小野田くんが来た。


何故かこの真っ赤な髪の小野田くんには懐かれている。彼は年上だろうと物怖じしない性格でおやっさんと打ち解けた。年齢が上の人には若者にフレンドリーに接してもらえると嬉しい人が何割かいて、おやっさんと相性が良かったのかもしれない。


僕にもおやっさんにも微妙に馴れ馴れしく微妙に敬語でちょっと面白い子だ。



「誰だって思うよ、絵の具みたいな赤色かっこいいじゃん」


「戦隊ヒーローみたいでしょ?まぁいーや、まーた折れちゃってさー」


「そっか、じゃあ直そっか」



小野田くんは実家が道場だとかで刀を欲しがってきた。


物資不足の現状で高校生が刀がほしいなんて冗談かと思った。ゾンビだらけの世界になって身を守る武器がほしいのはわかるがかっこよさ重視でそんな事されても刀を作る手間や時間を考えると難しかったし、そもそも刀は多くの技術を必要とするものであるし物資も充分ではなかった。



「俺の実家道場でさ、居合教わってきたから刀ほしーんだ」


「……そうか、じゃあ少し型を見せてくれ」


「おやっさん?」


「昔剣道と柔術やっててな、やっぱこの歳になっても身についたもんが出ちまうもんだ」



ゴソゴソと掘っ立て小屋を作ったときの端材、使わなかった細い竹を小野田くんに渡したおやっさん。


別に体育館で寝ても良いんだけど作業服で作業しないと何故か働けって目で見られて居心地が悪くて掘っ立て小屋で生活している。流石に大雨でも降れば工具ひっつかんで建物の中に入るがそれまでは好きにさせてもらう。



「鉄パイプで身につけた技使っちまうと癖で殺しそこねてあぶねぇかもしれねぇし、もしも使えそうなら勿体ないだろ?見せてみな」


「―――はいっ!!」



ゾンビ騒動でおやっさんは曲がり角で出くわしたゾンビ相手にとっさに一本背負いしたらしい、だからか外に出て食べ物を探してくる小野田くんのことは心配なのかもしれない。



小野田くんは竹の棒を鋭く振って見せてくれた。



俺には彼がコスプレ好きな厨ニ病発症者なのか、それとも本当に力があるかは分からなかったが所作が堂に入っていた。



「どうですか?」


「………作業の合間にはなるが作ってみよう」


「ありがとうございますっ!!」


「だがここには道具も良い鋼もない、あんまり期待すんなよ?」


「はいっ!!」



作業の合間に親方と一緒に刀をこしらえた。



「なんで作れるんですか?」


「工場で金属扱うやつなら誰だって一度は小刀ぐらい作ったことあるもんさ」


「それやばくないですか?」


「俺は学校で教わった」


「まじかよ!!?」



鞘もないものだったが小野田くんはすごく喜んでいた。まぁ次の日にはゾンビ16体を一人で倒したとか言って折ってきたのだが……。



「何処が、悪かった?」


「すいません、すいません!せっかく作ってもらったのに!」


「……はぁ、いや、怒ってるわけじゃない。改良点を知りたい」


「えぇっと……」



まずそもそもゾンビが多くて刀の消耗が激しい。もう少し厚みがほしい。柄はもう少し滑り止めがほしい、鞘もほしい、布を巻いただけの刀身は車で困るなどなど要望が出てくる。


色々出てきたがおやっさんはちゃんと聞いていた。


せっかく丹精込めて作ったものを一日で折ってきたとあっては雷が落ちるとかと思ったが―――



「そうか、鞘は乾いた木がないし無理だ。生木で作ってもいいがいざというときに抜けないよりは良いだろう?」


「はい」


「柄はありあわせで布を巻いたが……良い滑り止めもねぇしなぁ……薄い鉄板を叩いて柄につけてもいいが外れると厄介だし」


「ヤスリ状の板を巻くってことですか?」


「あぁ、空き缶のアルミなんかを切ってボコボコにしてネジで止めれば―――」


「おやっさんあれはどうだ?」



専門的な知識もないのに口を挟んでしまった。ただ脳裏になにかヒントになりそうなものが浮かんだ



「なんだ?」


「いや、こう、テレビをちらっと見ただけで名前も知らないんだけど」


「どんなのですか?」


「えぇっと、任侠映画のドスみたいなのあるじゃないですか?」



説明しにくいし、言っても使えないものかもしれない。


そもそも専門的に居合を習っている少年と、刀の製作工程を記憶しているおやっさんが相手だと既に排除された選択肢なのかもしれない。


でも、ネットの使えなくなったこの世界では三人寄れば文殊の知恵というようにきっかけさえあればいいアイデアになったりする。


命がかかっているんだから、伝えられるのなら伝える努力はするべきだろう。



「あるな」

「ありますね」


「ああいうタイプの刀に猟師や狩猟をする何処かの地方の人は柄とか鞘に彫り物するってテレビでやってました、魔除けと滑り止めがどうとかっていう」



それと同じ仕事で同じような道具を持ってるとどの包丁が自分のものか見分けるのにも役に立つとかと聞いたような気もする。



「あ、マキリかっ!」


「そうそんな名前!」


「でかした坊主!」


「えっと、マキリ?」


「北海道のアイヌ民族とか東北の猟師、漁師が網を切るのに使うナイフでな……鞘や柄に彫り物をして魔除けと滑り止めをしてたわけだ。日本刀には勿体ないが使えるかもな!」


「なるほど!やってみましょう!!」



言ってみてよかった。意見としてはダメなものかもしれないがこの意見一つで人の命が左右されるかもしれないなら言うべきだ。


なんて、専門的な人たちにおこがましいかもしれない発言をしてからなおのこと懐かれた。



そして今、彼が手のひらから出した炎で熱した刃こぼれのひどかった元刀を親方と一緒にガンガンと叩いている。


ゾンビ相手に斬りまくってるからか金属が紫色に染まっている。削っても鋼の芯まで真紫、親方も困惑してるけど刀自体は普通に性能があるようでむしろ切れ味が上がってる気がするそうだ。



「その、手から出してるの大丈夫?」


「いやーこれ結構きついっす、腕すごい疲れます」



激しく手のひらから火を出す小野田くん、素足に火が普通に当たってるが熱くないらしい。


真っ赤な鉄、真っ赤な髪……



「ふと思ったんだけど、ゲームとかだと武器に血とか爪とか入れる事あるけど効果あるかな?」


「何の話だ?」


「ゲームの武器の話ですが……もしかしたら使えないかなって」


「何がですか?」



この鉄、初めは金属の色だったはずなのに小野田くんがゾンビを切る度に僅かに紫になっていく。


磨いても銀色にならずに紫色である。ゾンビが影響してるのなら、小野田くん自身も素材にならないかな?


小野田くんは微妙な顔をしている。



「なるほど?」


「微妙に引かれてるのは解せないがあれだ、こっちに熱が伝わってくるぐらいの火が足に当たっても熱くないのは小野田くんに特殊な力が宿ってるってことだと思うし、ゾンビを切って変質した刀もファンタジーだし……もしかしたら爪とか髪の毛とか入れたらなんか出来ないかなと」


「なんかすごい剣できるかもっすね!ちょうどのび気味なんで切って来ますね!!」



小野田くんは何処かに走っていき、すぐに戻ってきた。髪の毛ゼロで。



「いやースッキリしました!これ使ってみましょう!」



ビニール袋で差し出される真っ赤な塊、髪の毛差し出されるってなんかやだな。



「どうかしたんすか?あ、坊主?俺中学までは丸刈りだったし風を感じるのにはやっぱ坊主が一番っすよ!!」



電動バリカンで一気に坊主にしてきたらしい。


避難所唯一の赤髪で炎の特殊能力者、彼を慕うものは多い。イケメンがいきなり坊主になった原因がここにあると知られれば彼を慕う女の子達には恨まれるかもしれないな。


髪の毛を金属に混ぜること自体が無駄かもしれないけど、親方には色々言われた。


刀を作るのにどのタイミングで入れるのが良いのかわからんと……僕もわかんないっす、サーセン。今回はお試しで割れのはいった金属を叩いて折っているし、最後に表面に散らして最後にもう少し叩いて見るかと話し合って少量使うことにした。



「じゃーいきますよー!」


「少しずつね、思いつき出し刀が悪くなるかもしれないから」


「わかってますって、いきまー」



最後に「す」と言う言葉は聞こえなかった。


赤く灼けた金属にぱらりと散らした髪の毛が発火し、爆発した。

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