第2話 ヒロインとの邂逅

「ディライア……」


 ライオネルが私の名前を揺らいだ声音で呼ぶ。しかし、すぐにいつもの威厳を取り戻した。

 今まで私で動揺したことなんてなかったくせに。

 普段、深い金の髪をなびかせ赤銅の瞳で支配者然として周りを見ている男としては滑稽だった。それだけヒロインは他の者とは違うと言う証左だ。


「彼女が目の前でつまづいたのを、受け止めただけだ」


 ヒロインを庇うように、ライオネルが言う。珍しく弁明なんてするライオネルを無視して、怯えた顔のヒロインだけを見つめる。

 華奢な肩にかかる柔らかそうなハニーブロンドの髪。星のようなきらめきが浮かぶ紺色の大きな瞳。髪と同じ色の小さな翼。薔薇色のふっくらとした頬、幼子の愛らしい特徴をかき集めたような顔立ち。大きくも小さくもない胸。高すぎも低すぎもしない背丈。顔を隠せば、どこにでもいるような感じ。間違いなく、ヒロインと言ったいでたちだ。

 

「貴女は、何を、していたのかしら? 私の婚約者に」


 悪役らしく、扇の向こうへ冷たくそう言う。ヒロインは、蛇に睨まれた蛙のように縮み上がって固まっている。

 私はネコ型・黒豹の獣人なわけだけれど、お父様がヘビ型でお母様がネコ型のハーフだもの。小鳥さんにとっては猫も蛇も天敵よねえ。

 私は自分のつまらない黒いまっすぐな髪を片手で弄る。ふわふわなヒロインの金髪とは正反対。肌だって血の気がないゾンビのように青白い。釣り上がった金色の猫目は瞳孔が縦に割れ、舌先は蛇のように別れている。

 はいはい、どう見ても悪者ですねって感じの特徴。キャラデザって無情よね。

 この世界では、『型』という名前で種族を分けている。基本的に、前世の世界で言う動物の網・目・科のような分類に似たカテゴリのざっくりとした呼び分けだ。同種族同士よりは妊孕性は下がるが、異種族同士でも子作りは可能。基本的には同種族同士が惹かれるようになっているのだが、前世の世界で狩る側にいる動物の獣人は、狩られる側にいる動物モチーフの獣人を好ましく思いやすい。前世の世界はそういった歪んだ形でこの世界の設定へ反映されている。

 それはきっと、ヒロインがトリ型だったからなのだ、と今ようやく私は理解した。

 まあ、こんな愛らしくて食べちゃいたくなるような小動物のようなヒロインが猛獣どもの目の前に転がり込んだら、そりゃあ執着するでしょうね。だってこんな子、私でも狩猟本能が刺激されちゃうもの。

 ダメ押しに扇を下げて、チロリと私の割れた舌先を見せる。すると、ヒロインは文字通り雷に打たれたような顔になった。


「…………!」


 あまりに刺激が強かったのか、ヒロインの顔がみるみる青くなる。


「……! …………!」

 

 確かに小動物系由来の獣人には嫌われる特徴なのだけど。やりすぎたかしら。

 ここまで驚いてくれると、逆に誇らしささえ感じる。しかしそれにしても、あまりにもそのショックを受ける時間が長すぎる。

 こんなことを毎回されたら、いくら名声を高めた私でも婚約破棄と追放のダブルコンボがつきそう。それならヘイト創作だって描かれるのも納得ね。でもいちいちこんなに過剰反応するヒロインなんて、プレイヤーからめちゃくちゃに嫌われそうなものだけれど。

 最初はいつも無関心な私が自身の浮気の現場に怒っているのに驚きながら、悪役令嬢である私にライオネルは冷たい視線を投げていた。しかし、あまりに長くヒロインが硬直しているので今は若干戸惑っている。


「ねえ、貴女――?」


 痺れを切らして再度話しかけた瞬間、ヒロインが驚いた表情のままその場にひっくり返った。ライオネルが慌てて体を受け止める。その腕の中で、ヒロインは喘ぐようにうわごとを呟き始めた。

 どうしよう、と私と目があったライオネルの瞳が物語っている。

 そのまましばらく二人で黙ったままヒロインを見つめるが、全然復活する兆しがない。呟く言葉は断片的で、意味をなさない。もうむしろライオネルに託して放って帰ろうかとも思い始めていると、不意にヒロインの口から漏れた言葉が私の耳に届いた。


「『』だ……」


 その言葉に、はっとする。

 そうだわ。私もこんな経験を7歳くらいの頃にしたことがある。私の場合は、前世と今世の意識の混濁で未熟な脳は熱を出し、三日は寝込んだ。ヒロインがたった今思い出したとしたら、成熟した脳であっても流石に今世の十六年分の記憶と前世の記憶というのはきっとすぐには処理しきれないだろう。

 間違いなくヒロインも転生者。しかもきっとプレイ済み。このパターンはよくあるが、私は別にこのゲーム世界のアレやコレに思い入れがない。逆ハーしようが掠奪しようが、最強ヒロインで無双していただいて一向に構わない。私が物理的もしくは社会的に死んだりしなければ。

 これはチャンスよね?

 悪役令嬢らしい高笑いをしたいところだけれど、ライオネルの手前、自重しておく。その代わり、ついに気を失ったヒロインを保健室へ運ぶようライオネルにしおらしくお願いしておいた。

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