第11話 揺るぎない信念

 外傷は浅く。

 翌日には退院することになる。


 退院すると。

 藤堂は迷うことなく。

 渡航申請を出した。

 

 法的拘束力が無いとは言え。

 許可が下りず。

 難航したため朝倉を頼った。

 

 朝倉は藤堂の覚悟を知っていた為か。

 深い溜息の後に許可が下りる。



 半年ぶりに訪れる国は以前よりも活気は失っていた。


 深く深呼吸をしてから柳がいるであろう。

 あの村へ向かった。

 

 半日かけて村にいくと。

 村は半壊しており。


 まばらにしか人はいなかった。

 村中を駆け巡るが柳の姿はなかった。


 東洋人が一人で荒廃した村を探索するのは目立つらしく。

 不審者を見る目で村人から見られる。

 

 数分すると物騒な銃を持った男達に囲まれる。


 この国の言語で何かを言っているが聞き取れるはずはなく。


 此方の意図を英語とジェスチャーを使いながら説明した。

 

 数分かけて察したらしく。

 銃を向けられたまま村の外れまで連行された。

 

 村の外れには石で作られた墓地が並び立ち。

 

 その墓の中心に柳はいた。

 

 柳は白衣を羽織っており。

 茫然と墓石を見つめていた。

「柳さん!」

 藤堂は思わず叫んでしまう。

 

 柳は驚いた表情で藤堂を見た。

 そして複雑な表情を一瞬覗かせ。

 

 無表情になり冷たい声で問う。

「何しに来た?」

 あからさまに歓迎をしていない声色だった。

 

 藤堂は言葉を探していると。

「さっさと日本に帰れ」

 そう、冷たく一蹴された。


 藤堂は柳の眼を見て言う。

「……帰れないよ。俺はアンタを助けする為に来たんだ」

「お前が、俺を助けるだって?」


 柳は少し苛立った声を出してから。


「生憎、お前の様な軟弱者に助けられるほど落ちぶれてはいない」

「なっ!」

「さっさと帰国しろ。目障りだ」

「断る。俺はこの国でやるべきことが有る」

「やるべきこと、だと?」

「ああ」


「なら聞いてやる。お前は何しに来たんだ」

 柳は苛立ち気に言う。

「……さっき言っただろう。俺はアンタを助けに来たってな」

「たかが数日、知り合っただけの関係だ。そんな薄い理由で命を賭けられるはずがないだろうが」

「確かにそうだ。そんな理由で命は賭けられない。だから、正確に言うなら自分自身の信念を示すためにアンタを手助けするんだ」

「信念だと?」

「……半年前、柳さんと笹原さんに出会って心を動かされた。信念に従事しているアンタ達が眩しく見えたからだ。自分の理想の為に全てを投げ打つことができるアンタ達を羨ましく。妬ましくさえ思えた。俺にはそんな高尚なモノが何一つなかったからな」

「……」

「帰国して自分は何になりたいのか? 何をしたいのかを必死で考えた。そして、一つの信念を見いだした。……救えるモノが有るなら、もう、見て見ぬ振りをしない。そう誓ったんだ」


「……俺を、救うとでも言いたいのか?」

「違う。この国を救うんだ」

「どうやって救う気だ? まさか、未だに言葉や思想によって救うと言う、理想論をほざく気か?」


「いや、これ以上犠牲が増えるのは見ていられない。……この国には反政府軍がいる。その力を借り、武器を手に取り政府軍を一掃する」

「銃も握ったことも無い奴がよく言う」

 柳は嘲笑するように言ってから。

 真剣な表情に変わる。

「……引き返せ。お前の信念や覚悟は十分に伝わった。だが、俺の様になることは賛成できない」

「引き返さない。此処で引き返せば、俺は俺ではなくなる」

「なら、お前は人を殺す覚悟があるんだな?」

「……」

「濁さず答えろ。反政府軍に入れば否応なく手が血に染まる。不殺を貫くなぞ甘い考えは、戦場に出れば余地すらもなくなる。おびただしい銃撃音に爆発音。眼の前で次々と倒れていく仲間に敵の死骸。それらを見て不殺なぞ考える余裕はなくなるだろう。殺らなきゃ、殺られるからだ。……お前に、人を殺すと言う業を抱え込む覚悟は有るのか」

「人を殺す…か。……そんな物騒な覚悟はないよ」

「ならば引き返せ。今なら普通の生活に戻れる。その手が血に染まったら、もう戻る事はできなくなるぞ」

「戻る事もできないよ。ここで逃げたら初めて自分の力で手に入れた信念を捨てることになるからね。……人を殺す覚悟はない。だが、自分の理想に、信念に命を捧げる覚悟は有る。その結果、人を殺し、数多の業を背負うことになろうが、その全てを受け入れる覚悟は有る!」

「……」

 藤堂の目を直視した、柳は反論できなかった。


 救えるモノが有ると言うのなら。

 数多の業を背負っても救うと決めた。


 かつての自分の姿と重なったからだ――。


「俺はアンタ達と同じように自分の信念に殉じたい! 周囲に愚かと揶揄されようが、その先に有るのが後悔と絶望だけであろうが。救えるモノが有るのなら救いたい。それが俺の選んだ道なんだ」

 藤堂の澄みきった眼は全てを受け入れる目であった。


 その眼に一切の後悔も躊躇もなかった。


「……お前も、俺と同じ道を歩むのか」


 柳は呟くように言ってから遠くを眺めていた。


「ならば、俺が止めるのも無駄と言う訳だな。……いや、そもそも俺に止める資格はないか」

 柳は自嘲するかのように鼻で笑って、煙草に火を付け。

「……好きにしろ」

 観念するかのように言った。


 藤堂は眼の前の墓石を見る。

 その墓石には数百人の名前が彫られてあった。

 その中には笹原の名も刻まれていた。


「この墓には笹原さんもいるのですか」


「いや、いない。遺体は日本に送られたからな」

「……柳さんが来ている白衣は」

「ああ。アイツのだ」


 柳はそう言って、少し表情を和らげ。

 柔和な笑みを見せる。


「しっかし、この半年で何が有ったんだ。かつて見た時よりも随分と成長したみたいじゃないか」

「そうかな? 身長は伸びていないと思うんだが」

「外面的な話ではない。内面的な話だ」


 柳にそう言われて咲慧との出会いや。

 英雄の才の存在を思い出したが、あの時の光景が余りにも異質であり。

 振り返って見ると夢の様に感じ。

 現実味が無くなっていた。


 だから茶化しながら柳に言った。

「実はね。俺は英雄になったんだ」

「なんだそれ」


「英雄の才って言うのを手に入れたんだよ」


「そいつは良かったな。それぐらい自信過剰な方が此処では生きやすいだろうしな」

「この人達は?」


「俺の、いや、俺達の仲間だ。反政府軍のメンバーだ。着いてこい。皆にお前の事を紹介してやる」

 柳に連れられて反政府軍のメンバーに挨拶し。


 藤堂は反政府軍の一員となった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る