最終話 霊視の才

 目を開くと知らない座敷に寝かされていた。


 起きると真横に正座している玲奈がいた。


 玲奈は半透明であり。

 今にも消え去りそうな儚い存在であった。


「れ、玲奈」


 俺は玲奈に触れようと手を伸ばすが。

 その手は空を切る。


「おや、気付いたか」

 先程の女性がお茶を持って僕のもとに来る。


「……本当に玲奈が見える」

「なんだ。私が嘘でも言っていると思ったのか?」

 女性は少し笑ってからテーブルにお茶を置いた。


「……半信半疑でしたから」

「気にしてはいないと思うが君の才は頂いた」


「そう言えば俺の才って何なのですか?」

「悪いが教えられない。これは決まりでね」

 色々不可解な事は多いが、玲奈とまた会えたのだ。

 これ以上望む者はない。


「玲奈。僕の声が聞こえるかい?」

「……うん」

 玲奈の表情は暗かったが返事してくれた。


「さて、これからが君にとって大変だ。彼女を業から断ち切り、正しく冥界の世界に誘わなければならない」

「……」

「救える方法はただ一つ。彼女の願いを拒絶せずに拒絶する事だ」

 女性が言っている意味が分からなかった。


「矛盾してますよ」


「そうだ。矛盾するんだ。その矛盾の意味を君と彼女は理解しなければならない。そう、これから長い時間をかけてな」



 青年が帰ると、どこからともなく少年が咲慧の前に現れる。

「君も物好きだねえ。放っておけば良いモノを、彼女を救うのには膨大な時間が必要だよ」


「……六五年だ」


「おや、分かっていたのかい。そう彼女が本来死ぬのは六五年後だ。だから六五年間、彼は彼女の死の要望を拒絶しながら生きていくしかない。自殺者が冥界の世界に行けるのは本来の死ぬ時まで地上に滞留せねばならないからね。仮に、彼女が彼を死に誘うと業が深くなり、二人とも深い闇の中に別々に魂が引きずりこまれる。こうなったら大変だ。数百年は薄暗い闇の中で孤独に耐えながら答えを見つけなきゃなんないからね」

 少年は面白そうに話を続ける。


「それに霊視の才は貴重なのに渡すなんて勿体ないことを相変わらず君の考えは読めないよ」


「才に貴賤はない。全ての才は同等で無価値なモノだ」


「建前上はそうだね。建前上はね」

「……ふん」


「まあ、怒らない怒らない。でも、咲慧の名を継ぐにはまだ青いかな。霊視の才を持つことで余計にあの青年は追い詰められるよ。毎日、愛する者からの死の要望を聞くんだ。常人には耐え切れないだろう」


「いいや、彼なら耐えれるさ。常人になら私から才の取引をすることはない。私から才の取引をするのは、その者が才に打ち勝つと確信した時だけだ」


「妙に自身があるねえ。……どうして彼が救えると言い切れるんだい?」


「彼が持っていたのは英雄の才だ。……前世はさぞかし立派な人物だったのだろう。その彼が彼女を救えぬはずはない」


「……英雄の才」

 少年の瞳孔は開いていた。


「やらんぞ」


「それは残念だ。英雄の才は、この世の才でもかなり稀有な才だからね」


「……だが哀れだな」

「何がだい?」


「加害者のことだ」

「加害者に同情の余地は無いと思うけどね」


「……先に霊視したが、相当な因果を孕んでいる。死後に、あの魑魅魍魎の世界に何千年閉じ込められることやら。あの加害者の死後は決して救われない。体中を縄で縛られ、同じ境遇を味わった、女性の怨霊に何度も髪を毟られ、身体中を爪で抉られ、眼を抉られ、腕を引き抜かれ、安らぐ暇もなく何千年も苦しむだろう。……哀れなり」

 咲慧はそう呟いた。


「まあ、それも彼らが撒いた種だ。自業自得さ。因果は巡ると言うだろう。彼らは法や道義を犯してでも他人の尊厳を踏みにじったんだ。当然、自らが踏みにじられる立場に変わっても文句は言えまい」


「……出来れば、そう言う醜い世界は見たくないよ」

「……そうだね。……あっ、横に霊がいるよ」


「なっ!」

 咲慧は後ろに飛んだ。


「嘘だよ。嘘。相変わらず霊が怖いんだね。才を渡したことで、霊が見えなくなり、昔みたいに怖がるとは、まだ可愛いとこが残っているんだ」

「……」

 咲慧は少年が置き忘れた短刀を手に取る。


「……そう言えば、以前から初代咲慧に会いたいって言ってたよな。今日、会わしやるよ。物理でな!」

「マ、マジにならないでよ! 物理でって、誰でもできるよそれ!」

 少年は走って逃げる。


「待て! 馬鹿師匠! 逃げるなぁ!」



*     *     *



 どれぐらいの年月が経ったのだろう。


 僕は生きていた。


 そう玲奈と一緒に――。


 初めの数年は玲奈が僕を死に招こうとしていたが。


 時間が経ち。

 僕が彼女以外を愛せないと分かったのだろうか。


 それからは守護霊のようにいつも側にいてくれた。

 

 寂しいはずがない。

 最高の伴侶が側にいるのだから。

 

 僕は彼女の様な被害者を救うために、弁護士になり。


 女性の性暴力を救う団体を作り上げた。


 脅され、泣き寝入りしている被害者を救う道を歩むことに決めたのだ。


 親身に相談する為に、女性に何度も告白されたが全て断った。


 玲奈も付き合いなよと言ってくれたが。


 僕にとっては玲奈以上に愛せる人はいなかった。

 だから全て断ったのだ。

 

 そうこうしていると、月日が経つのは早いモノで。

 

 僕の年齢は八三歳になっていた。

 

 鏡を見ると皺は増え。

 お爺さんになっている。

 

 玲奈を見ると、まだ若く美しかった。


 美人な彼女の前では、つい無駄にカッコつけてしまう。


「おはよう、玲奈」

「……ええ、おはよう。吹雪」

 何故か今日の玲奈は寂しそうに見えた。


 そして何となく悟ってしまう。


 今日、玲奈は、あの世と言う場所に行くのだろうと。


「先に行って待ってるね。浮気しちゃダメだよ」

「……君以外の女性を好きになると思うかい」

「「ふふふふ」」

 お互い、はにかんで笑った。


 そうして太陽の明かりが居間を照らし始めると玲奈の存在が消え去って行く。


 玲奈は少し名残惜しそうに僕の顔を見て言った。

「……最後にやり残したことがあるの。目を瞑ってくれる?」

 僕は椅子に座ったまま目を閉じた。


 数秒後、優しくキスをされた――。


 初めて現実味を持った感触を味わう。


 六五年前とは逆の光景である。



 互いの目から数粒の涙が零れ落ちる――。



 あの遊園地の観覧車が脳裏に過ったからだ。


 太陽が居間を照らしきると玲奈は消え去っていた。


「……さようなら玲奈。またね」


 この霊が見える才のお陰で、僕は復讐も自殺もせずに生きていた。


 加害者達はあの日から数年後。

 交通事故で凄惨な最後を迎えたと新聞に載っていた。


 後日、咲慧に尋ねてみると。

「……引きずり込まれたな。他の女性にも同じことをしていたのだろう。君はあまり関わらない方が良い。あの魂は、私の想像以上に業を背負っていたようだ。他の自殺した女性には君の様な支えてくれる存在がいなかった。故に、君と玲奈を見ると妬みで玲奈は引きずりこまれるぞ。彼女の事を思うなら、もう関わらない事だ」


 僕は結局、何の復讐もせずに生きていた。


 腰抜けと思う人もいるかもしれない。


 だけど、玲奈も僕も復讐なんて興味はなくなっていたのだ。


 最後に咲慧のことで不思議な事が一つある。

 

 彼女は年を取っていなかった。

 今日、玲奈の事で咲慧に報告しに行こうと思う。

 


 あの日から時間が止まっているかのように、妖艶な美しさを持った彼女は本屋にいるだろう――。

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