第20話「接戦は勇気とともに【前編】」

 月野命運リリィ・ミスルトは、自惚れ者な大馬鹿者。

 だからこそ無謀でも対峙せねばならない、れが贖罪しょくざいと自らが定めたのならば。


 異形の“半天使半怪物”と化したブラックエネシアはタイテイが突撃した後も成長を続け──全長はゆうに百を超そうとしている。

 狙いを首に限定しているが、幾ら切ろうが攻撃が通っている様子はない。


 私がどうにかしなくてはいけないのに、これでは……!


 槍撃そうげきはまるで霧を裂くよう。ただ体力が消耗して息が切れていく。

 天使が肉から射出しだす大鎌には不気味な目口めくちが付いており、追跡型の小型天使となって襲い掛かってくる。

 誰も寄せ付けたくない、というエネシアの心の現れだとでもいうのか。


 だとしても、私はおせっかいな魔法少女。

 彼がエネシアを救出するまで私はここを、守らなければならない人たちがいる場所を死守しなければならない。

 全身が引き千切られても、タイテイが感じていた痛みと比べれば蚊に刺されたもの。


「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」


 突撃する瞬間長巻ながまきへと形状を変え、首から腹部へと攻撃位置を変更する。

 中心突破の力のままに──グロテスクな天使の腹部に刃を勢いよく差し込んだ。

 すると今まで通らなかったのが嘘のように、敵の腹に攻撃が吸収するかのように入り込んでいった。

 その一撃はようやく導きだれた活路のように激しく黒い血しぶきをふかせる。

 流血しながらも天使の腹部が痙攣し、血が止めどなく海へと毀れ落ちていく──その刹那。


「──ッ⁉ 何、これは⁉」


 傷口から大型の紐状ちゅうじょうの赤黒い触手がミスルトの武器を絡め取り、彼女を追跡した。

 急いで旋回し、速度を付け退避するが魔動力燃料マナも限界に達しようとしているミスルトに追跡を完全に避け切れる余力は残されていなかった。

 先端に鋭利なフック形状の鉤爪かぎづめを持つ触手。もとい射出された身体位置から見ても、あの伸縮さと形状はどうみても『小腸』。

 天使は本来消化器官はおろか内臓も持ち合わせておらず中に詰まっているのは筋肉ばかり、それが常識のはずなのにこの天使は通常の天使とは一線を博し、黒い流血もする。


「ガァッ‼」


 最悪な未来は今まさに始まろうとしていた。

 ミスルトの右腕を捕らえると、小腸の鉤爪達は満遍なく彼女の腕を突き刺した。

 指先から肩に掛けて突き破り、ミスルトは痛みに発狂しそうになった我が身を抑える。


 敵に許しを請う権利など、私には無い……!


 ブラックエネシアの前まで物のように運ばれ、奇妙に蠢く肉塊から突如小さな穴が開きだし“眸”は無様に吊るされた彼女を見つめた。


 黒宇宙。

 赤銀河。

 眼の中には宇宙が潜み、銀河が此方こちらを見物している。

 瞬きをして、宇宙という存在と会話している様な感覚に囚われる。

 自力では逃げ切れず、まるで石のように反抗の意思が見いだせない。

 このままでは死ぬ──それすらもどうでもよくなっている。


 ブラックエネシアの右肩部から骨格が盛り上がり、内側から剛腕が生成されていく。

 天使はをすぐに理解すると巨大な拳を握りしめ、私の方へと腕を回した。

 発生した風は風速40メートルを遥かに凌駕する暴風となって海面を裂き、地の底を露出させる。


 それでもミスルトは宇宙と無言の会話を続け、意識が銀河そちらの方に持って行かれそうなり──


 意識が元に戻った瞬間、弾き飛ばされたかのようにミスルトの躰はその場を離れていた。

 否、誰かに抱きかかえられている。肌面積が多く胸元を開けた特殊魔製女服ジェネレイティブスーツに金の長髪を靡かせているこの人が私を助けてくれたのだ。

 ブラックエネシアのパンチは外れながらも空ぶった風圧が広範囲に渡り、何百メートル以上も先にある地上の建物や森を削り出していく。

 ミスルトは女性が長杖から展開してくれたエネルギーシールドによって事なきを得たが、守られなかった命を考えると自分の無能さに悔やまれていく。


「──アレが地球最強のエネシア? テレビで見た時よりも思った以上のブスね」


 耳元の近くで、女は呑気そうに感想を喋りだした。

 そこでようやく彼女の顔を拝見し、その相手に言葉を失った。

 彼女を助けてくれた魔法少女は、エネシアと同じ『人類三大魔法少女』であり、何度も強敵を倒してきた最強の戦士なのだから。


「大丈夫? 英雄ルーキー? ──呼んだのはあなたね」

「ろ、ローゼバル……さん」


 光悦こうえつとした笑みで見下ろすローゼバルに、一瞬痛みすらも忘れてしまった。


「それにしても凄いパンチ……エネルギーシールドが押されるなんて初めてよ」


 敵の圧倒的打撃力を把握しながらも、彼女は揺るがず恐れすら見せない。


「……酷い怪我、下がっててルーキー。……ここからは私たちが抑える」

「私たち……?」

「そぉら、起こしだ」


 彼女の見つめる方角に視線を移すが、まだその姿も見えぬまま──一筋の光が直撃し、ブラックエネシアの剛腕を刹那の内に見ず知らずの遠距離射撃による絶対零度が最強の打撃を封じてしまったのだ。

 ローゼバルは駆けつけて来た狙撃手に笑みを見せ、その能力と狙撃に心当たりがあったミスルトは目を大きく見開いた。


「いつもならアンタが一番早いのに随分遅かったじゃない。『シンデレイク』」


 その名と共に、先端に銃口を付けた八つの白いドローン機械群が私たちの横を飛び去り──敵の腕や羽の付け根目掛けて、光線で狙撃していく。


「……会議があったんですよ、ローゼバルさん」


 ようやく姿を見せた魔法少女が海面に爪先を置くと、その場は彼女専用の足場へと形作られる。

 氷の結晶がカーペットのように広がっていき、彼女が纏う純白の特殊魔製女服ジェネレイティブスーツを美麗に映しだしていく。

 まさに美しいの一言。


「日本じゃ今夏だってのに、季節外れな子が来たもんだ」


 白髪をふわりと舞わせ、柔らかな白瞳で此方を見据えながらも背中で浮遊装備させていた二本のビームランチャーを発射態勢へと移行させていく。


「冗談じゃないです、私冬嫌いなんですよ」


 凛とした静かな声色で、鬱陶しそうに言葉を返すも充填を計測していく。


「んじゃあそんな風にしなきゃ良かったじゃない、最初にアンタが思い描いたからそんな姿になったんでしょうが」


 「はぁ」と気だるそうに溜息を吐いて視線を逸らす姿も、彼女は絵になる。


「小さい頃、『冬の妖精』が好きだったんですよ。──今は嫌いですけど」


 二発の膨大なエネルギーが収束し──水色の光線がブラックエネシアの片翼を吹き飛ばす。

 光から遅れてきた衝撃が海水を震え上がらせ、多くの魚の死体が浮かんでいく。

 実際に見たシンデレイクの力にミスルトは圧倒された、何せ彼女も‟人類三大魔法少女”の一人なのだから。

 態度も深雪のように底が見えない。


 すると彼女の攻撃から後に続き、後方からも光線が飛びだしブラックエネシアへと命中した。

 後ろの空を舞う世界各国から呼びかけた勇士ある魔法少女たちが、我が国を守ろうと此方こちらに合流してくる。

 自分の言葉に呼応して、多くの魔法少女たちが駆けつけてくれた。

 その光景を見つめ様々な魔法少女たちがミスルトに声を掛けてくるも、彼女はただ茫然とその光景に感極まる事しか出来なかった。


魔法少女姉妹たちが来てくれたようだ。

 ──君はよく頑張った。後ろで『回復』してくれる魔法少女と合流してきな」


 ローゼバルの優しい声色でミスルトは我に返り、必死な表情で顔を上げる。


「わ、私もまだ戦います!」


 彼女の真っ直ぐな言葉を耳にして、微笑を浮かべながらもローゼバルは首を横に振り彼女の両肩を掴んだ。


「覚えといてルーキー。

 私たちはいっつも誰かを守っているつもりでいるけど、それと同じくらい誰かに守られているんだって事を」


 先輩として、子を持つ母親としての言葉はミスルトの心に少しずつ冷静さを取り戻らせていった。


「貴方はよく頑張りました……リリィ・ミスルト」


 空を覆う魔法少女達に視線を固定したままシンデレイクは彼女を褒め称えると、名前を初めて聞いたローゼバルは発音を噛み締めて「良い名だ」と小さく頷いた。


「し、失礼します……!」


 少し焦ったような様子で現れた小柄な魔法少女は、全身傷だらけのミスルトをチラチラと見ながら三人に突然話しかけてきた。


「り、リリィ・ミスルト先輩の救援に来ました! あ、後は任せてください!」


 噛みながらも強く進言した彼女は、ミスルトよりも若々しい。


「わかった、君に預けよう」


 ローゼバルは抱いていたミスルトを預けて小柄な魔法少女は肩を貸しながら、急いで後退した。

 攻撃魔法が飛び交い、ブラックエネシアの反撃によって魔法少女たちが海へと墜落していく地獄の中で二人は安全海域へと下がって行く。

 遠くなっていく戦場を見つめながら、ミスルトは海上でベッドに横になるみたいに浮遊させられた。

 常時稼働している飛行能力によって、どこでもこのような事が出来るのはありがたい。


「すみません、他に落ち着ける所が無くて……」

「……良いの、ありがとう」


 申し訳なさそうに回復をしてくれている最中さいちゅう、ミスルトは自身の情けなさと先輩たちとの力の差を痛感していた。

 ──あんな人たちとじゃ足手まといになるだけだ、それよりだったらローゼバルさんたちに任せた方が良い。


「あ、あの、ミスルト先輩」


 ネガティヴな物思いにふけていると、ミスルトの傷を治しながら少女がふいに話しかけてきた。


「お、覚えてないでしょうけど、私、昔ミスルト先輩に助けられたんです。

 両親や弟と一緒に……先輩はその後、すぐ天使の方へと向かって行ったので覚えてないでしょうけど」


 彼女は突然、真剣な眼差しでそう告白してきた。

 だがミスルトは残念なことに彼女を思い出せなかった、エネシアを責められた立場ではない。


「ごめんなさい……」

「良いんです、私はそれだけを伝えたかったんです。

 こんな私に勇気をくれたのは確かに貴方なんですから」


 屈託の無い笑みでこんな私を、彼女は讃えてくれる。

 徐々に治療されていく傷が、優しさとなって私の躰を癒し支えていく。


「私は魔法少女になっても力が弱くて、こうやって後方で人の傷を治すことしかできません。

 ──だから……間接的に私が治して、先輩に勝利を勝ち取って欲しいんです」


 それは願いだった、信頼で憧れで、私もエネシア彼女にしたことで。

 そうか、この子は私と同じなんだ。

 ミスルトは一人納得した。誰かに甘えていたかった自分に、勇気の意味を思い出す。

 治りかけてゆく自分の右腕を見つめ、私は拳を強く握りしめた。

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