第14話 川魚は微妙だ

 パチパチと魚の焼ける良い音を聞きながらなんとなしに空を見上げる。

 ネオンの光がない夜空はとてもクリアだ。月の大きさは地球と同じくらいなのだな、くらいしか見比べる点がないなあ。

 夜空なんてじっくり眺めた記憶がないので星座が異なるなんてことは分からない。星座は緯度によって見える位置が違うし、東京とハワイの星空を見ても俺には区別がつかないだろうな。

 正直、特に意識して夜空を見上げたのだけど、一つ毎日チェックしておいた方が良いことに気がつく。

 それは月の満ち欠けだ。

 そもそも月の満ち欠けがあるのかも不明だけど、打ち寄せる波の高さから推測するに月の位置は変化している。

 もし月の満ち欠けがあるとしたら、満月、半月、新月でそれぞれで明るさがかなり異なるからさ。

 緊急時には夜間に行動することもあるかも知れない。ランタンの灯りは頼りないし。


「夕飯が終わったら、綺麗にするからね」

「がおー」


 寝そべるフェンリル(仮)の頭を撫でる。目を瞑った白と黒の顔を見つつぬいぐるみみたいだなあと頬が緩む。

 再構成すれば祭壇の時のように一発で綺麗になる。

 あ……。

 とここで再構成で綺麗にする案について重大な欠陥に気がついた。

 彼を再構成してまっさらにすることは容易い。しかし、スマートフォンを再構成した時のように記憶もクリアされてしまうんじゃないか?

 自分のやろうとしていたことにブルリと肩を震わせ彼の背中に両手を埋める。

 ふわふわな毛束は俺の手を完全に隠すほどだった。記憶が消えれば、今ここにいるフェンリル(仮)とは似て非なる存在になっちゃうんじゃないか。


「悪い、今日は我慢してくれ。明日、川で洗おう」

「がおー」


 彼を元に戻す手段が再構成しかなかったら仕方ないけど、わざわざ記憶を消すなんて残酷だよな。彼がどう思うかは別として、俺が自分の記憶を消されるとしたら断固拒否する。

 彼の意志は分からないけど、自分が忌避する行為はしたくない。


『おいしいー』

「川魚は味気がないなあ」

『そのまま食べるよりおいしいよ』

「そ、そうだな」


 獲れたてのぴちぴち跳ねている魚の丸呑みと比べられても苦笑いしか返せない。

 一方のフェンリルといえば、俺が撫でるのをやめるとお座りして枝ごと葉っぱを食べ始めている。

 野菜も発見したいところだよな。今のところ芋しか口にしていない。

 野菜ってさ、見ても分からないのよね。実のところ、そこら辺に自生している葉っぱとか雑草がおいしいのかも?

 そうそう、芋といえば俺に芋のありかを教えてくれたカピバラだけど、彼は今日も水桶の中に埋まっていた。

 すっかりあの場所が気に入ったようだ。

 おや、水桶にひっかかっているあれって。


「おや、これって野菜くずかな」

「きゅ」


 手を伸ばした俺に対してカピバラが可愛らしく鼻を鳴らす。おっと、驚かせてしまったかも。

 彼に謝罪しつつ野菜くずらしき赤茶色の破片を手のひらに乗せる。

 にんじん……かな、これ。

 カピバラが食べてたぽいから、俺も食べられる可能性は高い。

 俺の様子に何かを感じ取ったのか、カピバラがむくりと立ち上がり、すんすんと鼻を動かす。


「暗いから危ないよ」


 声をかけるもカピバラに俺の言葉は理解できないようだ。

 水桶からのそのそと出てきたカピバラは尻尾をふりふりしつつ、歩き始める。

 こちらを振り返り立ち止まる彼の傍に寄ると、彼はまたトコトコ動く。


「きゅ」


 ここ掘れワンワンならぬ、ここ掘れカピバラ。

 移動したとはいえ、家の裏手まで来ただけ。この辺りは大きな木が無いのだよな。

 この辺りは元々畑だったのかもしれない。と言っても雑草は生え放題、若木もある。

 以前ここに住んでいた人は複数人だった。鉄の扉の中にある祭壇も彼らが作ったのだろうか。

 何となくだけど、ここに住んでいた人は時代ごとにいて、この家は最後にこの地に住んでいた人たちのものなのかなと。

 温暖な気候であるから蓄えをせずとも生きてはいけそうだけど、畑があると安心感が違う。

 バナナと魚じゃ限界もあるし。

 持ち込んで育てた野菜が残っているなら嬉しい。この場所を開墾して見ると良いかも。

 クワならあったはず。

 おっと、カピバラが俺を待っている。

 

「じゃあ、ありがたく」

 

 カピバラの示す位置を掘ってみたら小ぶりなにんじんが出てきた。


「きゅ」

「俺に?」

「きゅ、きゅ」

「ありがとう」


 すんすんと俺に鼻をすりつけてくるカピバラの頭を撫でる。

 野生生物なのに僅かな期間でここまで俺に慣れるとは驚きだ。

 水桶を再構成したことで俺が巣を作ってくれたとでも思っているのかも。

 

『兄ちゃん、もう少し食べていい?』

「うん、おいといても腐っちゃうし、俺も食べるよ」


 フェンリル(仮)が沢山魚を獲ってくれたからね。

 気候的に明日の晩には魚が腐っていると思う。味気がなくとも、空腹には勝てぬ。

 し、しかし、魚ばかりを食べるのもきつくなってきたな。

 パックは平気でむしゃむしゃやっているけど……。

 

「よし、決めた」

『ん、トカゲのところに行くの?』

「そ、それはいずれ」

『海から行くの? 兄ちゃんの魔法なら行けそうじゃない?』


 パックには地図を見せて脱出ルートの話をしたりしたっけ。

 フェンリル(仮)なら思わぬルートで山脈を抜けることができるかもしれない。

 海の暗礁も航海できる船があれば、暗礁まで行って一部を外して暗礁の向こう側で再構成すりゃ……質量的に全部運ぶことは難しいか。

 ならいっそ暗礁に乗り上げれば……。

 いや! 待て待て。そうじゃない。

 

「明日はまず海に行こうと思ってね」

『おー。海からかあ。陸まで案内すればいいんだね』

「船が無いってば。やりたいのは魚を少しでも長く保存できいかってことだよ。干物作りに挑戦しようと思ってさ」

『へえ。おいしそうー』

 

 干物の作り方は分からないけど、何となくでやってみるしかない。

 完成品は知っているから形だけなら整えることができる。後はどうなるのか出たとこ勝負だな、うん。

 

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