第8話 文明の利器!

 食べ終わり、今晩泊って行かないか? とパックを誘ったら「いいの? 嬉しい」と喜んでくれて、家の中に招き入れたんだ。

 中に入っても彼はカモメの姿のままでお皿に注いだ水をコツコツやっている。

 

「パックの家ってどの辺にあるの?」

『おいら? ううんとね』 


 パックは決った家が無く、自由きままにその日暮らしをしているとのこと。

 基本的に食事の場所は海岸線であるため、海の傍にいることが殆どなのだと言う。

 たまに仲間同士で集まることがあって、大陸から遠く離れた孤島が選ばれることが多いんだって。


「鳥の姿だとスマホも持てないし、どうやって仲間たちとやり取りしているの?」

『スマホ? おいらたちはこれを使うよ』


 大きく息を吸い込んだカモメが実演しようとしたところを慌てて止める。


「見た所とんでもなく大きな音が出そうな気がしてさ。止めちゃってごめん」

『人間には聞こえない音だよ』

「へえ、笛みたいなものかな?」

『うん、嘴の空洞なところ? に息を吹き付けるとおいらたちだけに聞こえる音が出るんだ。遠くまで届くんだよ』

「音でやり取りして場所を決めるのかあ」

『そんなところー』

「それじゃあ特に予定も無いってことかな?」

『そうだよお。兄ちゃんも似たようなもんじゃないの? 食べるために動いて、食べたら休む』

「まあ……そうだな。パック、良ければしばらくの間、俺と一緒に食材を集めたりしてくれないか?」

『いいよー。今日のご飯おいしかったし!』


 即答するとは思ってなくて思わず「え」って顔になってしまった。

 そんな俺を不思議そうに見上げていたパックだったが、すぐに元の体勢に戻る。

 根無し草な彼だったらしばらくの間留まってくれるかもと期待はしていたけど、会ったばかりの俺の家にとん留するとか少しは警戒してもいいんじゃ?

 いや、自由気ままに旅をする彼だからこそなのだな。

 旅をし続けるなら一期一会だろ。そこで出会った気の合う人と喋ったり、食事を共にしたりしているわけだ。

 いや、別に彼へ俺のことを警戒して欲しいと思っているわけじゃない。

 下心はもちろんあるけど、その分彼に食事や寝床を提供するつもりだ。

 空を飛べることは俺には不可能なアドバンテージである。今の俺にとって一番必要なことは情報だろ。

 周辺探索をしていくつもりだけど、空からも見てもらえれば相当捗る。

 

『ふああ、じゃあ、おいら寝るよお』


 パックはカモメの姿のまま、軒下へ行ってしまった。

 部屋が一つじゃないので使ってくれてよかったのだけど、一番落ち着くのが軒下なんだって。次に屋根の上だとのこと。

 ま、まあ……人間と異なる種族だから快適な場所も違うよな。

 

 ベッドに寝っ転がり、両手を上にあげ伸びをする。


「ううーん」


 変な声が出てしまうのはご愛敬。一人暮らしが長くなってきたら余計に声が出るようになっちゃったんだよね。

 誰も聞いていないし、恥ずかしさもない。

 ここに来てから随分と時が経った気がするが、まだ二日目の夜である。濃すぎる時間だったからなあ。

 いきなり見たこともない砂浜に出て来て、最初はどうなることかと思った。

 再構成という謎の能力があり、こうして家に住むことが出来ている。

 食べるものもその日その日にはなってしまうが、何とか確保できているので二日目としては上々か。

 だが、ここで満足していてはいけない。

 もし俺が怪我をしてしまって採集が出来なくなったら詰みだ。怪我をしていなくとも天候が極端に悪ければ家に閉じこもるしかなくなるし。

 やらなきゃいけないことは多岐に渡る。かといって焦りは禁物、急いては事を仕損じるというしさ。

 生きていくために最も必要なことは「無理をしない」これに尽きる。

 サバイバルからスローライフへ転換したい。

 人を求めて外へ繰り出すこともしたい。

 外の世界でどこの国にも所属していない俺が生きていくのは難しいかもしれないけど、人と接触することで交易ができるようになる。

 ここに残されたものだけじゃ快適に生きていくに程遠いからさ。

 発電機と家電が欲しいなあ。この世界にあるのか分からないけど。

 

「せめて紙とペンがあればいいんだが……」

 

 これまであったこと、これからやるべきことをまとめてメモに残したいけど道具がないんだよねえ。

 地図を描いたのだから、ペンならあるかなと思ったが、残念ながらまだ見つかっていない。

 家の外にあったゴミの一部に紛れているかも?

 食材優先で隅々までは確認していないんだよなあ……。雨風で家の周囲から離れてしまってる可能性もあるから、いの一番に何としても探してやるって気持ちにはなれないのだよ。

 

「ん、待てよ」


 ポケットに入れっぱなしのものをすっかり忘れていた。

 一つは財布。

 店もないし、通販などできようはずもないのでカード類もお札も意味をなさない。使いどころがあるとすれば、再構成時の素材になるかどうかくらいか。

 もう一つ、お出かけする時のお供も持っていた。

 何かって?

 それは、スマートフォンだよ!

 スマートフォンがあればメモを取ることができるし、暗い時に灯りとして使うこともできる。

 紙とペンだとランタンでもなきゃ文字が見えないけど、スマートフォンなら灯りが必要ない。

 

「あ。電源が落ちてる」


 喜び勇んでスマートフォンを出してみたものの、画面にヒビが入っていて真っ暗になっていた。

 海水でやられちゃったのかもしれない。うーん、濡れてはいないんだけど。

 単純に充電切れな気がする。


「ちくしょう、使えると思ったんだけどなあ……」

『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』

「え、ええええ?」

『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』

「再構成する」


 スマートフォンがぼんやりと光り、すぐに光は消えた。

 見た目は全く変わっていないけど、再構成されたからには何かしら変化があったはず。

 恐る恐る電源ボタンを押すと、スマートフォンの画面が動く。


「お、おおおお。え、ええ……そうか、新品になったから……」


 再構成によって充電量は100パーセントになっていた。電気も無しにどうやって充電されたのかまるで分らない。

 再構成の基準と仕様について謎が深まった。

 しかし、しかし、しかし、新品になったから全て初期化されるなんてあんまりだ……。

 

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