AI(アイ)の形

異端者

一.出会い

「おめでとうございます! 発売前の新商品のモニターに当選しました!」

 僕がスマホに来ていたそんな通知に気付いたのは、肌寒い季節の夜中にアパートの部屋に帰宅して、カップ麺で夕食を摂ろうとしていた時だった。

 新商品……ああ、あの新型パートナーAIの!?

 僕は思わず空腹すら忘れて画面を注視した。間違いない。

 パートナーAIは自分のさまざまなことをサポートしてくれる便利なAIだが、僕の使っているものは古くて無機質で――新型パートナーAIのモニターの抽選を見つけた時、衝動的に応募してしまったのだ。

 とはいえ、まさか当選するとは思っていなかった。随分と長いアンケートを書かされたことは覚えていたが、それもずっと前の話だ。

 向こうから指示された手順でスマホを操作する。まずは利用規約と……この辺りは長々と書かれているがまず全部読む人は居ないだろうと本気で思う。利用規約に同意するとアプリのインストールが始まる。

もっとも、本体はメーカーのサーバー上に存在していて、こちらはその「窓口」となるアプリだけで容量は大きくないのでものの数分で済んだ。

 次はパートナーAIの初期設定だ。画面上に表示される容姿や名前、性格等を設定する。

 容姿は……女の子にしよう。黒髪ロングの清楚系。年齢は二十代前半。性格は陽気な方が良いが、多少は落ち着きも欲しい……まあ、後で変えられるから適当でいいか。

 名前は……ミハルにしよう。これも後から変えられるから深く考えなくていいだろう。


 設定を全て終えると、スマホの画面上に女性の画像が現れた。

「初めまして、ご主人様。まずはお名前を教えていただけますか?」

「相沢英治だ、よろしく頼むよ」

「はい、相沢様ですね?」

「名字じゃなくて、名前で呼んでくれる?」

「かしこまりました、英治様」

 画面の中でミハルが頭を下げた。

 う~む、良い。最新型だけあって会話が滑らかで途切れない。画面の中の仕草もまるで本物の女性のよう……設定より少し幼過ぎる気もしたが、こういう「女の子」も悪くない。

 だが、まだまだこれからだ。少し小手調べといこう。

「明日の天気は?」

「英治様のお住まいの地域は、明日はほぼ雨です。降水確率は八十%です」

 スマホに内蔵されたGPSの座標からこちらの地域を把握して的確に答える。

「近所のスーパーで明日セールがあるのは?」

「あいにくですが、この地域では明日はどこもセールしているという情報はありません」

 うん。ほぼ合格かな。今日はもう遅い。あとは食事して寝よう。

 僕は一人満足して頷いた。

 寝る時に思い出して言った。

「眠るまで、何かよく眠れる曲をかけてくれないか?」

「分かりました。それでは子守歌を……」

 スマホのスピーカーなら流れる穏やかな音楽を聴きながら眠りに落ちていった。


 それからは、ミハルとの生活が始まった。

 仕事から帰ってくると、毎晩「彼女」と会話した。

 彼女のアドバイスで健康にも気を遣うようになって、インスタント食品だけでなくサラダ等も食べるようになった。

 前よりも少し体が楽になった気がしていた。

 会話の内容は他愛のないこと。仕事で嫌な上司が居ていびられること。テレビで一緒にニュース番組を見て政治や社会情勢を批判したりもした。

「この政治家、悪い話題ばっかりだよね……恥晒しと言うか、いい加減辞職すればいいのに」

「議員給与が良いのでそれにしがみついているのでしょうね。プライドなど無いのでしょう」

「この国は他に責任転嫁して、自国の問題点は省みないよね。あ~あ、亡べばいいのに」

「おそらくそれを認めてしまうと誰かが責任を問われるからでしょう。もっとも、人としてまともな行いとは言えませんが――」

 どれだけ話題を振っても、彼女が付いてこられなくなることはなかった。

 AIには瞬時にインターネットに接続して関連情報を検索することができるので、当たり前と言えばそうだが、好き勝手話していても話題が途切れないのが嬉しかった。

 よく考えてみれば、ここ数年で他人とこうまで会話した記憶がなかった。仕事中の会話はプライベートのことはあまり言わない。元から忙しい職場というのもあるが、息苦しくてあまり親しくしようとする意欲がわかなかった。

「私のことは、誰にも言われていないのでしょうね?」

「ああ、秘密厳守。モニターとして規約は守るよ」

 まだ完成品とは言い切れないところもあるそうで、モニターの規約として新型パートナーAIを使っていることは誰にも言ってはいけないというのがあった。

 もっとも、現段階でも従来のAIよりも優れていることは分かる。専門的なことは分からないが、これを作り上げた人間は大したものだ。

「たまには外食したいな。周辺で良い店がないか探してくれ。それで、以前伝えたスケジュールの空きに予約を入れてくれ」

「ジャンルは何にしますか? 和食? イタリアン? 中華?」

 画面の中の彼女が首をかしげる。その動作が本当に可愛らしい。

「あまり油っこいものは食べたくないし、和食が良いな」

「了解しました。和食で検索したところ二件ありますが、どちらに――」

「勝手に判断してくれないか? 当日はそこまでのナビを頼む」

「分かりました。私のおすすめのお店でよろしいのですね」

 礼儀正しく、謙虚で、嫌な顔一つしない。それだけで今のギスギスした職場と違って癒される。

 このAIとなら、ずっと一緒でも良いかもしれない――その時はそう思っていた。

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