第3話

 陽菜と別れ、待っていてくれた美月と合流する。会うなり、美月は心配そうな声で尋ねてきた。


「彗君? どうでしたか?」


 美月がこちらの顔を覗き込んだ。さらさらの黒髪が揺れる。俺は重々しい気持ちで頷いた。


「別れたよ。ばいばい、だってさ」

「ばいばい?」


 美月が眉をひそめた。彼女の白い手が握り込まれている。その親指が、形の整ったピンク色の爪が、人差し指の第一関節あたりを引っ掻いていた。


「美月?」

「ばいばいって、何様のつもりなんでしょうか。ありえません。私だったらそんなこと……」


 ふっくらとした唇が、ぎゅっと引き結ばれている。俺は思わず笑ってしまった。


「美月は浮気なんてしないだろ」

「当たり前です」


 むっとしたように顔を背けた美月の横顔は、とても綺麗だった。


 陽菜に別れを告げた時の緊張と、腹の底が煮えたぎるような怒りが、潮が引くように収まっていくのがわかった。


 美月といると、心が軽くなる気がする。


 毒でも飲んでしまったかのような苦々しさが、少しずつ消えていく。




※※※



 あの女、頭のネジでも外れているのだろうか。


 私は無意識に人差し指を掻きむしっていた。


 まずはあの女と彗君を別れさせる。そうでなければ、優しい彗君はあの女を忘れられない。そして、あの女が堂々と月島と会うように仕向けなければ。


 私の復讐は、始まってすらいない。


 地盤を固めなければ、その上に何かを積み上げることは不可能だ。


 警戒を解いたところを、一気に叩き潰す。そして、どん底に突き落とすのだ。


 その時、あの女は、月島は、どんな顔をするのだろうか?


 私はにっこりと笑みを浮かべ、彗君を見上げた。

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