第4話

 話し終えるとすでに、茜色の光が図書室に差し込んでいた。


 美月の黒い髪が、きらきらと光を放っていた。


「最低ですね。桜庭さんは」


 ぼそり、と美月が言った。


「泣かないでください、藍沢君。藍沢君は何も悪くありません」


 その言葉に、俺は自分の顔に手をやった。濡れている。泣いているのか? 俺は、なんで泣いて――。


 美月がレースのハンカチを取り出して、俺に渡した。ふんわりとラベンダーの香りがする。


「私、今の話を聞いて、すっごくいやな気持になりました」

「ごめん、なんで俺、こんな話――」

「謝らないでください」


 美月は机の上に置かれた分厚い本に手を伸ばした。そして、迷うことなくあるページを開き、俺に向けた。


 背中に大きな白い翼をはやした女の絵。左手に砂時計、右手にはソードを掲げている。その瞳に映っているのは、怒り、それとも悲しみ――。


「復讐の女神、ネメシス」


 美月がつぶやいた。俺は顔を上げる。美月の眼は、暗い光を帯びて輝いていた。


「このまま引き下がるんですか。一生悔やむことになります。私は、私は、桜庭さんたちに復讐したい。藍沢君をこんな目に合わせた罰を」


 驚くほど低い声だった。


「――そうでしょう、藍沢君。自分の気持ちに、正直になっていいんですよ」


 俺は、呼吸すらできなかった。この女は、いったい何者なのだ。


 カーテンから差し込む光は、いつの間にか紫色に変わっている。それでも俺は、美月の眼から逃れることができなかった。


 そうだ。


 俺は、陽菜をどうしたかったのか。自分の気持ちに、正直に。


 ごくりとつばを飲み込んだ。言葉を押し出す。


「俺は」


 喉の奥からうなるような声が漏れた。


「俺は、このままにしたくない」


 美月の淡い桃色の唇が、きゅっと上に持ち上がる。


「わかりました」




※※※



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