第2話 邂逅そして着装


「アンタ、私の胸をもみなさい!」




「くっ! それだけはさせませんよッ!」


 怪物が、叫び巨大な腕を掲げた。


「うわぁぁあ!!!」


 体がよろめき、時がゆっくりになっていく。今までの記憶が一瞬で駆け巡り、俺は死を覚悟した。

 そしてこけるように後ろに倒れる中で、俺は、弾力のある半球に触れた。その時、視界が光に包まれた。




 ガッ!! という衝撃が体中を駆け抜けた。俺は、自分の体がぐちゃぐちゃになる未来を幻視した。

 しかし、実際は、そうはならなかった。へこんだ地面に俺の体は横たわっている。が、痛みはほとんどない。


「え……?」


 恐る恐る、自分の体に視線をやる。

 先ほどまでの制服姿ではなく、金色の鎧……? だ。俺は、何がどうなった??


「遅かったですかっ!」


 怪物が呻きながら飛びのいた。体から大きな腕がのけられて、俺は混乱しながらも立ち上がった。

 両腕、ドラゴンを思わせる鱗の装飾が施された小手。両足の先から胴体にかけてまでを覆う金色の鎧。


「お、俺……。何が、どうなって……」



 頭に手をやると角のような装飾が確認できた。頭までをすっぽり覆う鎧に自分は身を包んでいるらしい。モチーフはおそらく、ドラゴン……だろうか?


『ちょっと。確認は後にしてくれる?』

「うわ! 何だ!? 何処から声かけてきてるんだ!?」

『そういうのほんとにあとでいいから! ほら! 来るわよ!』

「えっ!? ッ!」


 ハッとして視線を前にやれば今まさに怪物が腕を振り上げている瞬間だった。

 咄嗟に両手を体の前に掲げて防御の姿勢をとる。しかし、それだけで勢いを殺せるわけもなく、俺の体は勢いよく吹っ飛んだ。体がすさまじいスピードで後ろに飛んで、幾つかの木をへし折って、三本目に当たったあたりでようやく止まる。


「ぅ……ぐ……」

『ちょ、まさかアンタ、ケンカとかしたことない感じ!?』


 先程の金髪女性の声が聞こえる。当たり前だ。俺は、生まれてこの方親父にさえも殴られたことはない。


「その人間を選んだことは失敗でしたねぇ、幾ら龍の力が強力だといっても中身が素人では豚に真珠というもの……!」

「くっそ……いろいろ急展開過ぎてわけわかんねぇけど、舐められてるのはわかるぜ、クソ腹立つ……!」

『そう、そのイキよ、アイツは、目撃者であるアンタと裏切り者の私を許さない。防御面は私が何とかするしサポートもする、だから、アイツをぶっ飛ばして!』

「やってやる! はぁぁぁぁぁっ!!!」


 こぶしを引いて腰をひねり、おおきく振りかぶってこぶしを突き出す。人を殴るのなんて、初めての経験だった。

 故に……まるで、子供が駄々をこねるような情けないパンチだと、自分でも分かった。


「フッまさかそれが攻撃のつもりですか? だというならば愚かにもほどがッ!!!!」


 怪物が余裕ぶって語りかけたその瞬間、怪物と俺のこぶしの間に、爆発のようなエネルギーが発生した。ソレは、大型の熊のような体を吹っ飛ばすには十分だった。

今度は、奴が木々をへし折りながら吹き飛ぶ番だった。


「噓だろ……今の俺がやったのかよ……」

『二割はね。残り八割は私の力』


 声だけで先程の女性が答えた。しばし思考が固まってから、ハッとして吹き飛ばした怪物を追いかけた。神社の敷地でもがき苦しむ怪物は苦しそうな声を上げつつ立ち上がった。


「この力……何という破壊力か……!」

『言っておくけどまだまだこんなもんじゃないわよ? まだ奥の手が……』

「……成程。いまこの状態で戦うのはあまり賢いとは言えないかもしれませんねぇ……」


 喉奥を鳴らして笑った怪物は、巨大な翼を広げて飛翔した。


「ぁ! おい!」

『追いかけるのは得策じゃないわ、追いかける手段もないしね』

「それでは、いずれまた会いましょう……人間にほだされた愚かなる裏切り者さん!」


 怪物は最後にそう言い残すと何処かに飛び去って行ってしまった。その後姿を見守りながら俺はふと、自分がいつもの制服姿に戻っていることに気が付いた。


「……これでひとまずは安心だわ」


 後ろから聞こえた声に俺は反射的に振り向いた、そして後悔する。そこには、全裸の女性が堂々と立っていた。


「ッ! 何見てんのよ! 最低!」

「いや! 全裸のお前が悪いだろ!」

「こ、これは……異界からの転移じに服だけ転送されなかったからで別に好きでこんな格好でいるわけでは……」

「な、なぁ、お前、さっきから何言ってるんだ……? マジで意味わかんないんだけど、あの化け物も、今この状況も……」

「……あんたが知る必要はないわ。これは、私達の問題だもの……」

「ソレ。通じない」


 会話に、割り込んでくる声があった。少女のものだと、その高い声を聴いて分かった。

 ゆっくりと、階段を上ってくる人物。小柄な体躯の小さな少女。銀色の髪を短く切りそろえた無表情な少女であった。

 白い布を体にまとった少女は俺たちの近くに寄ってくるとじっとこちらに視線を向けてきた。


「……あんたもこれたのね」

「うん」

「お、おい……今の、どういう……」

「適合。したんでしょ?」

「ええ」

「じゃあもう決まりじゃん……」

「……、いや、ダメ、だってこいつまともなパンチ一つできないのよ?」

「でも適合はしたなら伸びしろはあるよね?」

「お、おい! さっきから何の話だよ! ちゃんと俺にもわかるように……!」





 いい加減に腹が立ち始めたその時だった。銀髪の少女が、俺のほほに手を添えて、そのまま唇を重ねてきたのは。

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