第9話 彼女目線
あの昼休みから時は過ぎ、放課後。
周りには遊具で楽しそうに遊んでいる子供がたくさんいる。
そう、ここは公園。俺は九条さんに「動画を撮るからついてきて」と言わ、それ以上のことを聞かされずここにいる。
「それで。どんな動画撮るの? 公衆の面前であんまり恥ずかしいことできないんだけど……」
「大丈夫大丈夫。一応動画を撮る前に聞いておきたいんだけど、五十嵐くんはなんで今勢いが落ちてると思ってる?」
全く心当たりがない。
「え。飽きられたとか?」
「ずばり私が思うに、動画が五十嵐くんに合ってないことが多いの」
「ほう」
合ってる合ってないなんて、俺は知らずに動画を撮ってた。
やっぱり九条さんに聞いてみて正解だったな。
「なのでこれから、五十嵐くんらしくて求められてるであろう動画を撮ります」
そう言われた俺はベンチに座らせられ、なぜかペットボトルのお茶を手渡された。
「今からやるのは彼女目線ってやつ」
なぜかニヤニヤが止まらない九条さん。
言葉の意味はわかるけど、どんな動画なのかさっぱりわからない。
「俺は……何すればいい?」
「そのお茶を飲んで、スマホを向けてる私に渡してニコッと笑えばいいだけ。簡単でしょ? もちろん『りくちゃん』の雰囲気を出してね」
「おっけ」
正直、その動画のどこか勢いを取り戻すのか分からない。
でも九条さんが言ってることだから間違いないんだろうな。
俺はそんなことを思いながら前髪をかきあげ、準備していたが。
九条さんはすでに俺にスマホを向けていた。
「撮ってる?」
「…………うん。流出なんてしないから安心して。これはただ、私が後で楽しむためのものだから」
「そっか」
楽しむためっていうのが良くわからないけど、手伝ってもらってるし盗撮くらいはいっか。
「よし。準備できたよ」
「おぉ」
九条さんは口を半開きにして、俺を見つめてる。
そういえば正体がバレてはいたけど、この姿を見せるの初めてだっけ。
顔をジロジロ見られて恥ずかしくなってきた。
「早めに撮らないと真面目に身バレしちゃう気がするんだけど……」
「ごめんごめん。生で見るとすごくてさ。じゃあ早速撮ろっか」
32回。それが動画を撮り直した回数だ。
ペットボトルの渡し方、顔の角度。修正したところを言い出したらきりがない。
最終的には普段俺が絶対言わない、爽やかな好青年のようなことを言って九条さんは満足してくれた。
もうペットボトルのお茶はない。
来た頃には遊具で遊んでいた子供たちもいつの間にかいなくなってる。
「はい。加工と音楽つけて送っておいたから、そのまま投稿すればいいよ」
「……何から何までありがとう」
「いいの。こういうことで悩んだり、困ったりしたらいつでも私を頼ってね。五十嵐くんが『りくちゃん』で『ウサイケ』なの、私しか知らないんだからさ」
「本当、ありがとう」
絞り出た言葉はありきたりな感謝の言葉だった。
「頼ってね」なんて言われたら、初恋を拗らせて依存対象になりそうだ。
いや、自分で気づかないだけでもうなってるのかもしれない。
他人に言えない俺の秘密を知ってから、九条さんは中々ずるいことをしてくるな……。
「よし」
このままじゃ色々良くないし、今日は解散にしよう。
そう言いながら立ち上がろうとしたが、スマホの通知欄に目が吸い寄せられ、中腰で停止した。
「ん? どうしたの?」
「……なんかコラボしてほしいみたいなDM来た」
〔我慢しようと思ってたけどできんかった。うちとコラボしてくれへん?〕
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