冒険者たちのウタカタ騒動録
大魔王ダリア
第1話 国家プロジェクト
サルマンディは複雑な思いでその建物を見上げる。五階建ての豪勢な建造物は、都市最大の規模だ。
何を隠そうこの建造物は、一部の塔を除いた階層状の建物の中で国内第二位の高度を誇る。サルマンディが普段生活する建物は第三位だ。
仮にもサルマンディは王国の長であり、その住居は王宮なのだから、堂々と一位でありたいものだ。しかし現実は無情で、王様は第三位と市井の子供にまで戯れ歌を歌われる始末。
「これはようようお越しいただきました。ささ、王よ、中へ」
案内に出た重役が、有無を言わせず中に連れ込む。床も壁も手入れが行き届いていて、老朽化に悩まされる王宮との格差に悲しくなる。
「マスターと委員長はすでに着席されております」
「うむ。感謝する」
「畏れ多いことです。では、失礼いたします」
案内された部屋の中に、ハーラル・ドルカイアとアルトゥール・アンロワキの二人が座している。ハーラルは冒険者管理委員会の会長に任命されたばかりで、サルマンディとは初対面だ。名前だけは、任命の際に王の認可を示す尊印を捺したときに知った。噂通り、無類の葉巻好きのようで、既に何本も灰にしているのか部屋の中に得も言われぬ香りが満ちている。
アルトゥールはこの建物の主、そして冒険者ギルドのマスターだ。サルマンディとしては認めたくはないが、実質的にこの国『ドルキア』の最高権力者でもある。
求められれば、世界のどこへでも所属冒険者を派遣し、依頼者を援ける。ドルキアが『世界の便利屋』と親しまれるのは、冒険者ギルドあってのこと。全ての政治が、経済が、産業が、制度が、冒険者ギルドを中心に回る。国の中核をなす組織なのである。
「王よ。よくおいでくださいました」
「うむ」
王が、呼び出しに応じて足労しなければいけない時点で、種々の力関係が察せられようものだ。
とはいえ、一応名目上の国家元首が相手である。ひれ伏しはせずとも、深く腰を折って、アルトゥールは精悍な顔を下げる。
「頭を上げい。貴殿にそう下手に出られては、余もまた心境が悪い」
「では、御言葉に甘えまして。ハーラル殿、早速ですが例の件を」
「はい」
新しく葉巻の先を切ろうとしていた手を止め、代わりに余りにも古い巻物を取り出す。巻物を巻く紐は特殊なもので、特殊な刃物でしか解けないように細工されている。
葉巻を切ろうとしていた両刃のナイフを巻物を封じる編糸に当てる。音もせず糸が切れ、巻物は机いっぱいに広がった。
「これは……宝の地図であるか」
「そう思われます。しかも、この地形は、ドルキア領内のガジェキック湖畔地帯に相違ありません」
「専門家の言では、およそ五百年前の紙であるとのこと」
「五百年前……黄金の氾濫期ではないか……」
かつて、未曽有のゴールドラッシュで国中に金が溢れた時代があった。冒険者ギルドの設立者も、その黄金の恵みから設立資金を得たと言われる。
しかし、やむを得ない事情によって金脈は封印され、今は『ゴーセルマウス総和教団』の厳しい管理の下、余人を寄せ付けない状態になっている。
「教団が否と拒む以上、金脈を再び掘り返すことはかないません。しかし、もし僻地の湖畔に、古の黄金が遺物として存在するのであれば……」
「冒険者を派遣し、回収したいと申すか」
「はい。ギルドのみならず、国益に直結することです。是非にも王認のプロジェクトとして、大々的に発掘調査に乗り出したいと」
「左様な仕儀であれば、認めぬ理由はない。無論、国家元首として反対する意思もない。早速、宣旨を起草させよう」
サルマンディは即決した。アルトゥールは、権力はなく影は薄くともやはり為政者の器だと感心する。ともすれば日和見主義に走りがちな愚息を思い出し、嘆きたくなった。
ハーラルも昂奮して、宝の地図を血走った目で睨みながら、
「国家プロジェクトとなれば、
「冒険者のおよそ二割は、仕事にあぶれていると聞いている。誰にとってもいい機会になると言う事だよ」
「一つ確かめたいのだが……」
王の問いに、二人が顔を向ける。
「この地図は、どのようにして入手したのだ。まさか貴殿らが拾得した品に間違いはあるまいが……」
「……経路に関しては、先方との協定がありますので、いかに王といえど話すわけにはまいりませんのです」
ハーラルが申し訳なさそうに、葉巻を噛む。すかさずアルトゥールが助け舟を出す。
「先ほど申し上げましたように専門家の鑑定が済んでおります。五人の専門家に別々に鑑定させ、五枚の折り紙を得ました」
「疑う余地はないのだな。疑念を抱いて悪かった、許せ」
「いえ、王が慎重でかえって安心しました。我らふたり、冒険心が騒いで冷静を欠いていますからね」
「というと、貴殿らも都市を留守にし、調査に随行する心算か」
「もちろんでございます。ギルドは三組ある栄誉級の組の長と私の秘書に預ける手はずになっています」
「委員会は、私一人いなくなっても十分機能します。わたしなど、多くある歯車のひとつに過ぎません」
「よいではないか。余など、王冠を被るだけの飾り物だ。構わぬ、笑え」
サルマンディの自虐に三人でくつくつと笑う。
ハーラルがまた新しい葉巻を切り、火をつけた。
*****
湖畔地帯への先遣隊に、栄誉級の冒険者組『
王による宣旨はギルド本部の大庭で行われた。王が壇上でプロジェクトの開始を宣言し、既に参加が決定していた組の長にそれぞれ、短いながら激励の言葉をかけた。
そんな、熱狂とはかけ離れた、冒険者ギルドからも物理的に離れたぼろ小屋に、チルノ・コルノはいた。
普通の状態で存在した、とはいいがたい。観察者がぼろ小屋の朽ちた扉から常識的に内部を覗いたのであれば、チルノは床から上半身を生やしていると直感することだろう。一方、鼠と蛇が蠕く床下から入る泥棒なら――このぼろ小屋を狙うとんまな泥棒がいたと仮定して――下半身が、腐りかけた床板から垂れさがっていると見るだろう。
実際、床板が腐っているのだ。床板だけでなく、柱も梁も壁も屋根も根太も窓枠も机も椅子も、小屋を構成する木材は十中八九何かしらの障害を抱えている。
「くそう……抜けねえ。なんで抜けないんだ! 腐るんならもう少し気を利かせて胴回りより広く腐ってくれよ、床さん!」
床にしてみればお門違いなのだが、チルノと床は友達でも恋人でもない。ただ、成り行きで、同じ空間を共にすることになっただけだ。分かり合えるはずもない。
「フェルディアは山菜取り、ミタン兄妹は蜂の駆除、セリカはスラムで家庭教師……まあここもスラムなんだが」
スラムのなかでも、中規模の貧困層が住まう地域だ。主に最底辺の冒険者がたかる場所で、上級冒険者からは『蠅の集う枯れ噴水』などと揶揄される場所だ。
「さっきまで姿があったアストラがいない。買い物か、野原で昼寝か……」
前者ならば、ほどなく帰ってきて救出してくれるはずだ。後者であるならば、まず間違いなく日が暮れるまで床を境に上半身と下半身を隔てていなければならない。
「いっそ燃やすか……いや、やめとこ。こんなんでも、雨露しのぐ……いや殆どしのげないな。暑さ寒さは……野宿と変わんないな。これ衣食住の住居に入るのか。含めていいのか」
「あれ~、チルノさん、また変な格好してますね~」
「んだ、誰だ。裏口から入りやがって」
誰かが声をかけてきたが、生憎裏口に背を向けて固定されてしまったため、誰なのか特定できない。
「ああ、なんとなく事情は呑み込めましたよ。引っこ抜けばいいんですね」
「頼む、名もなきニンゲンよ」
「名前はありますしニンゲンじゃないですって」
救いの手を伸ばして穴から引っこ抜いてくれた侵入者は、語る通りふさふさな獣耳と尻尾を伸ばした獣人だった。耳にはペンを挟み、すりきれたメモ帳をポケットに沢山入れている。
「ああ、記者のええと、ルーシーだったか」
「はい。覚えてたんですね」
「しかし記者がうちに何の用だ? 民衆にウケる話題なんてギルドの周囲にしか転がってないと思うんだが」
「そっちは大手にとられてますから。でも、行ってはきましたよ。今日はお土産を届けに来たんです」
その割には手ぶらだ。化粧品も手鏡も持ち歩かず、所持品の八割はメモ紙という職務熱心な女である。紙も、最近は安価に出回っているが、スラムの住民には痛い出費であるため、上流家庭がゴミとして出す切れ端をしばしば拝借している。
「土産って、質のいい紙とかじゃないだろうな」
「それは殺されても犯されても渡しませんよ」
「いや、命と貞操は優先して差し上げろ……」
「仕事です。湖畔の調査に赴く冒険者組が今まで受けていた依頼が、下々に回されることになったんです。ギルドの都合みたいなもんなので依頼料にギルドからの色がつきますよ」
「あんだって! そりゃいい。なあ、物は相談だが……これ、俺が自力で見つけて来たってことで話し合わせてくれよ」
「え」
「ほら、俺って一応この『
「……大分可哀そうだとは思ってますよ、ほんと」
ためいきひとつ、もうひとつ。更にもうひとつついて、依頼仮契約の紙を渡してくれた。
内容を血走った目で速読する。
「おお、報酬がもとから悪くない上に……色が付く、だと。バラ色だ、見たことのないバラ色じゃないか」
「これで、いつかの礼は果たしましたよ」
「ん?」
「ほら、崩れた樽に潰されそうになった時、庇ってくれたじゃないですか」
「ああ、あれか」
人助けもやってみるものだ。柄にもなく、縁と自らの善行に感謝するチルノ。無論ルーシーにも感謝は向く。
「マジで助かった。記事になりそうなことあったら真っ先に伝えるからな」
「助かりますよ。じゃ、これで。メンバーの皆さんにもよろしく」
ルーシーはまた裏口から去る。丁度、表口から誰かが帰る気配がした。
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