【ep.11】俺は東京に向かった

 昨日、お袋が俺に十万をくれた。俺は訳をきいたが、お袋は泣きながら話もろくにできなかった。俺はきっとお袋がパチンコで勝って、それでどういうわけだか俺に恩返ししたいんだろうと思った。まあ人の思うことだ、俺には何もわかりはしない、それがたとえ親であってもわかることはちっぽけさ。俺は、ありがたく受け取ることにした。

 俺はこの十万がひょっとしたらラストチャンスかと思った。なんて言うんだろう、この十万の使い道が俺のこれからの人生を劇的に変える最後の象徴のように見えたんだ。あほらしいかもしれないが笑ってくれるなよ、兄弟。俺ははじまる機会をずっと待っているんだ、それが人から貰った札束だとしても。

 俺はこの十万が何に化けるか考えた。けどもう時間はあまりない、たぶん。お袋の気が変わって明日にでもこの十万を回収するかもしれない。だから俺はすぐにこれをすべてを変える劇物にしないといけない。このクソみたいな停滞をぶち壊す大雪を振らせてやるために。

 俺は結局東京に向かった。バイトも辞めた、店長からは怒られたけど、それでも何だかんだ応援してくれたね、あの人も仏頂面なだけで良い人なんだ、それを知れてよかったよ、俺は。

 東京に行くことが俺の人生の何の役に立つのか? たぶんそう訊きたいんだろ、兄弟。でもお前もきっと俺の立場になったらわかるものさ。たとえば新しいパソコンを買う、それがどうなるって言うんだ? 結局酔ったお袋に売られて終いさ。お袋を病院に連れていく、だが俺自身は変わらない。うまい飯を食う、これが一番意味ないね、俺の腹を上質な飯で満たしたところで小説はひとつも進まない。

 俺は東京に行く。東京ってのはどういう場所なんだろう、俺はもう東京に無邪気な期待はない。そのかわり血みどろなサバンナがあると思っている。そうサバンナさ、弱肉強食のビルの街。俺はそこで飢餓と背中合わせの空腹と追い込まれた野生をにじませながら往来の人々を睨むんだ。それこそ俺が欲しかった変化じゃないか?

 俺はこう見えても貯えがあるんだ、五万ぽっちだけど、あの十万と合わせればなかなかの大金だ。俺はお袋にいまの通帳を預ける、むこうにも生活があるからな。お袋に振り込みつつ、残った金を俺の生活費に充てる。調べたら東京まで一万五千円、高速バスでだ。まず一か月残りの十三万五千円で凌げば生活のめどがつき、おそらくそれは今よりきっとカツカツしたものだろうが、今の俺にはそのカツカツ具合も大事なんだ。

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