🐝 優しくて強い手

風羽

手術の後

 さっきからずっと自分の名前を呼ばれている。

 なに〜? 眠いんだけど。

 あ、そうか。手術、したんだった。どうかした? ん? 終わったの? しっかり返事をしなきゃって思う。


 ここは手術室。ちゃんと意識いしきはもどってると思うんだけど、うまくしゃべれない。おばあちゃんみたいにゆっくりといぶきは返事をする。

「あ、あい。ね、ねむい……」

 

 気がつけばまた眠っている。

 しっかり起きなきゃって思うのに体がいう事を聞いてくれない。



 んー、何だっけ? 私、何してるの?

 次に目がさめたのは見覚えのある病室だった。ベッドの上に寝ている私。見えるのはグレーの模様もようがゴチャゴチャとついた白い天井てんじょう

 あ、手術。手術が終わったんだった。私は生きている。


 さっきは手術室にいたはず。どうやって手術室から出たんだろう? エレベーターに乗ったはず。どうやって病室のベッドに移されたんだろう? どこからちゃんと記憶きおくがあるのか分からない。


 ボーっとしていると手術した先生が来てくれた。

「きれいにうまく手術できたよ。頑張ったね。つま先は動くはずだから、よく動かしておくようにね」

 そう言われた。


 足全体がしびれている感じで痛みは無い。つま先、これで動いているのかな? ひざはどこ? 足ってどうやって動かすんだっけ? そもそも私の足、本当にちゃんとあるのかな? それさえもはっきりと分からない。


 しばらくすると口に当てていた酸素さんそマスクを取ってもらえた。

 のどにイヤな味がする。口もかわいてカピカピしてる。あと1時間くらい水は飲めないんだって。

 足には何かポンプのような物がついていて、ブーンと言って右足裏の袋がふくらんでプシューって抜ける。

 そしたら今度は左足の足首がしめつけられて、プシューって抜ける。

 それがこれから夜中もずっとくりかえされるみたいだ。


 体にはたくさんくだが付いている。点滴てんてきの管とか、オシッコが勝手に出て容器にためる管とか、手術した所に血がたまらないように流し出す管とか。

 麻酔ますいがきいていて痛みはないのだけれど、体は動かせないし、いぶきは何だか悲劇ひげきのヒロインになってしまったような気分になっていた。


 部屋は4人部屋。ひとりひとりのベッドはしっかりとカーテンで仕切られている。

 ひとりぼっち。

 カーテンの外は見えないけれど、色んな音だけが聞こえてくる。

 ジャーっとトイレを流す音や、だれかが廊下ろうかを歩く音。コツンコツンというのは歩行器ほこうきをつく音なのかな?

 看護師かんごしさんの声、患者かんじゃさんの声。


 看護師さんは何回もここに様子を見にきてくれる。点滴を交換こうかんしたり、足の様子を見たりといそがしそうに動いている。

 ベッドに寝たままストローで水を飲ませてもらった。なんて飲みにくいんだろう。水でうるおいたいのにあんまり飲めない。少しずつ、少しだけ生き返る。水が無ければからびて死んじゃうんだろうなって思う。



 いつの間にか夜になり、全ての電気が消された。何だかちょっとこわい感じがしてきた。おばけが出てきたとしても私は動けないから逃げられない。


 あまりよく眠れない。少しウトウトしたかと思うと、すぐに目がさめ、そのたびに私は手術を受けて入院しているんだと実感じっかんする。

 寝返ねがえりを打ちたいけど、体も痛いし、いっぱい管につながれているのでそれも出来ない。

 あ〜、つらいな〜。あと何回目をさましたら朝になるんだろう。

 ずっとそんな事を考えていると、カーテンがふわっと動いた気がした。何かが入ってきたの?


 え? 何? 誰かいるの? お化け?

 いぶきはドキドキした。自分の心臓しんぞうの音が聞こえてきそうだ。

 やだ、やだ〜。やめてよ〜。


 いぶきは固く目を閉じた。

 すると何だかやさしい声が語りかけてきたような気がした。


「いぶきは何でケガをしちゃったんだと思う?」


「え? 何でって……

 鈴香すずかが前をゆずらなかったから。私の方がいきおいがあって速かったのに、私の進路を防いでいたからぶつかって。私はジャンプ体勢たいせいに入ってたから、もうどうしようもなくてふっ飛んじゃった。

 鈴香のせいで私はこんなケガをした」


 いぶきはちょっと強い口調で言葉をき出し、くちびるをとんがらせた。


「それは悲しいな」


 さびしそうな声を残して気配けはいが消えた。

 いっぴきのミツバチがカーテンから出ていったような気がした。


 え? またミツバチ? 何でこんな所に?

 昨日、された事を思い出してほっぺたが傷んだ。でも今回は刺されなくて助かった。

 悲しいなって言われて、いぶきも何だか悲しくなった。

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