双子の羽織は、江戸を舞う

綾凪

第一話 【双子の羽織は、江戸を舞う】

 暴風 颶風ぐふう 突風 神風かみかぜ 血風けっぷう……。

 あらゆる種類の風が、あらゆる描き方で

 えがかれている青白磁せいはくじ反物たんものをベースに織られた

 羽織が走る体に掛かり風を切ってなびいている。


 水色の淡い光を放つその羽織をまとうは1人の少女……。


 その少女が強気かつ余裕のある声で相手に語る。


「ねぇ、可愛い弟にだけちょっかい出さないでよっ」


 そう言葉をかけると同時、

 少女の姿が落ちる様に盗人の目の前から消えた。

 その動きはよわい17歳の動きでは無い


 次に盗人の目が追いとらえた少女の姿は

 地にうつ伏せの形で寝そべるような体制、


 下から天を見上げるような鋭い目線と

 今にも咽喉のど穿うがたんと狙う右脚うきゃくの先だった。


「お姉ちゃん妬いちゃうなぁ?」

 その言葉が這い上がって盗人の耳をくすぐる。


 盗人の視線が少女の眼をとらえた瞬刻しゅんこく

 バネの様にいや、

 むちの様な、しなりを持った脚先あしさき


 命を刈り取る程の速さと、

 威力で盗人の咽喉のどを突き上げた。



 "バツン"



 そう、放たれたのは卍蹴り…。


 穿うがたれた咽喉のどは風穴を開け、盗賊は後方に仰反のけぞる。


 月が照らす明るい夜に鮮血せんけつが混ざる。

 打たれた盗人の口からは血が吹き飛び、

 咽喉のどからは朱殷しゅあん液類えきるいがドクドクと流れ落ちた。


 ポコポコッ…ヒュー…ヒュー…。


 開けられた首から覗く、喉仏から

 血を押し出す空気が漏れる音だけが

 この江戸の下町に張り巡らされる砂道すなみちに鳴り渡る。


 喉を潰され、命の炎さえも握り消される寸前の

 盗人に語りかける少女。


 その身姿は、腰まで達した跳ねっ毛混じりの黒髪。

 眼からは紅玉こうぎょくの様な瞳が、殺意を持って覗いていた。



「良く効くだろ?あたしの蹴りは。

 まぁそれを食らったんだ、

 おめぇさんの命も長くはないのは

 火を見るより明らかだね。」


 そう言うとそばに駆け寄り、

 猫背になり前屈まえかがみな盗人の顔を

 鋭い視線で覗き込みながら、口を動かす。


「なぁ、聞かせてくれよ。

 我が弟"せつ"を狙ったんだ。


 御目当ては、この羽織だろう?

 確かに弟のせつは腕が良いからな。

 ただ自分ではいまいち使いこなせては

 いないんだけれど…」


 そう言いながら、自分の着ている青白磁せいはくじの羽織を

 ヒラリとひるがえして見せる。


「ソハヤ"渦羽織うずばおり"…

 あたし含め渦切一派うずぎりいっぱが手掛ける羽織の総称そうしょうだ。

 私は織れないけれどね。


 まぁ良くも悪くも

 程良く名が知れ渡ってくれちゃってはいるけれど。


 可愛い、か弱い、弟"せつ"の羽織を

 掻っ払うかっぱらうように襲うのは

 弟想いの出来るお姉ちゃんからすると頂けないねぇ」


 纏った羽織を舞って見せながら、

 血のしたた肉華にくばなに目を向ける。


「あらら、もう死んじまったのかい。まぁ良いさ

 おめぇさんからは何も聞けなかった、

 いや口を聞けなくしてしまったのはあたしだね」


 ふふっと含み笑いを顔が作り出すと、そのまま続く


「そのもんが付いた手袋…これだけは貰っていくとしようかな」


 そう言うと、血溜まりを作る盗人の亡骸なきがらを残し

 少女の姿が一瞬にして消え失せた…。


 残るは死体とわずかに舞った砂埃すなぼこりだけ…


 その情景じょうけいは、

 月夜の地にさり咲く一枝の血桜の様だった…



 ◯

 日の光が真上から降りかかる正午


 広い屋敷の一部屋、

 ふすまを開け広げ、縁側えんがわはさみ、樹々きぎの緑と

 池水の薄浅葱うすあさぎ天日てんぴに照らされ綺麗に魅せている。

 中庭を繋げ


 庭の緑に混じる唐菖蒲とうしょうぶの花達が

 優しい風に揺れる中

 カタカタカタッと織物おりものをする音を響かせている少年が一人。

 

 ○

 唐突とうとつ突然とつぜんなのだけれど

 僕の自己紹介を少しばかり聞いて欲しい。


 僕の名前は渦切 うずぎりせつ

 声に出すには咽喉のどに突っ掛かり、手で書くにしては

 少しばかり書きにくい名前を貰ったのは

 いたし方ないとは思うのだけれど。


 今は亡き姉"攝累きょうら"との

 唯一の共通点であり、繋がりを実感できる

 証になっていた。


 僕の姉についてはまた後で語るとして、

 今は僕とその一族について少しばかり話すとしよう。


 僕の苗字として先程上がった"渦切うずぎり"

 自分で言うのも小恥ずかしいのだけれど

 羽織を作る一派の中ではそこそこに、

 それこそ

 街を歩けば一度は名を聞く程には

 知れ渡っていて


 一族、総じて漏れなく羽織職人はおりしょくにんと言う、

 羽織を織る為、織らせる為に

 繁栄したのではないかと言われても

 致し方が無くも、過言かごんでは無い様な一族だ。


 まぁその中でるいれることもなく、

 僕も小さい頃から反物たんものを織る父のそばでまるで

 見取り稽古げいこならぬ見習い見学と言わんばかりに


 寄り添って見ていた甲斐かいもあり、

 よわい16にして自作の羽織を一りょう

 仕上げることが出来る程には成長があった。


 此処ここからは僕の一族、

 "渦切一派うずぎりいっぱ"の作り出す、いや創り出す。


 一般とは一線をかくす、どちらかと言うと

 異彩いさいを放つ羽織について語っていこうと思う。


 明確かつ正確に伝えると




【異様にして異常、異形にして異能】




 と言う他に無いと思う。


 僕はこの一族いや、一派に産まれ

 この異彩いさいを放つ羽織とれに関わる周りの人間に

 囲まれ育ってきたからなのか、

 不思議、疑問に思う事もなかったのだけれど、


 ある程度、歳を重ね、

 幼年ようねんが少年、

 そして青年になる手前てまえまで大きくなった今を生きる

 渦切うずぎり せつ

 目線、知見ちけん見識けんしきを含め言葉を語らせて貰うと


 この羽織は他の羽織とは

 一味も二味も、いや、一癖も二癖もある

 羽織なのだという事を

 伝えておくべきなのだろうと思う。


 その、先程にも言った


【異様にして異常、異形にして異能】


 と呼ばれる1つにして最大の理由、

 それは羽織はおるとそこに描かれている

 "文様ぶんよう紋様もんよう絵模様えもよう恩恵おんけいを受ける"と言う点だ。


 どの言葉を取っても、理解しがたい、

 いやどちらかと言うと、誤解しやす

 言葉の羅列られつなのだけれど、安直あんちょくに言えば


 羽織はおると身体の伸び代に干渉するようで


 僕が最初に創った"ソハヤ"なら俊敏しゅんびんに、

 父が創り上げた"チドウ"なら力持ちに、

 祖父そふが創り出した"レッカ"なら火の扱いに、


 其々それぞれ羽織はおった人間の扱いる"潜在能力"を

 伸ばす事が出来るみたいだ。


 "みたい"と伝えたのはえて使ったわけで

 この渦切一派うずぎりいっぱの羽織…


 通名つうめい"渦羽織うずばおり"はあくまでその人の、その人間の

 在能力を引き出すだけで、


 残酷にも身体能力や運動能力をふくめ、

 潜在能力が皆無かいむに近い

 僕が羽織はおっても効力や恩恵おんけいは何も受けられなかった。


 って創り落とす渦切一派うずぎりいっぱは僕以外、

 当たり前にその羽織の恩恵を使いこなす。


 そして相手の技量、力量、裁量さいりょう

 見極めてになるけど勿論もちろん、他の人達にも

 御客おきゃくとして売る事もある。


 そうしてこの渦羽織うずばおり

【異様にして異常、異形にして異能】

 と言うかざり言葉と共にこの江戸の下町を中心に

 広がって行った…


 するとやっぱり、

 悪意を持って悪用して悪事をする為に欲する

 輩様達やからさまたちもいるようで、


 盗まれたり、一派の職人自体を狙った

 人攫ひとさらいも横行おうこうする様になったみたいだ。


 この僕も、父に

 「せつも気をつけなさい。

 特にお前は"恩恵"を受ける事が出来ないからね」


 そう釘を刺されてはいるが

 その言葉を掛けられるたびに

 小さい声で、ボソッと呟く。


 "まぁ、攝累きょうらがついているだろうがね"


 と亡き姉の名前を出すのだ。


 おおっと、

 もうそろそろ未刻みこく、ひつじのこくと呼ばれる

 時間だ。用事を頼まれていたから

 もうそろそろ家を出る準備としようかな。


 僕の姉、"渦切うずぎり 攝累きょうら"については

 また後日ごじつ語ることにしようと思う。


 ◯

 そう言うと、

 夕刻ゆうこく、別名"よいの口"と呼ばれる時刻に

 不穏な悪人を、ひそめ隠すあかつきが染める江戸の下町に

 自作にして快作かいさくの"ソハヤ渦羽織うずばおり"を


 細く華奢きゃしゃな体に羽織り、

 毛先が黒い女性の短髪を思わせる白髪をなびかせ、


 渦切うずぎり せつは町の砂道すなみちに姿を消して行った…。

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