空っぽの思い出


 旧校舎前。


 俺の目の前で倒れている幼馴染のサクラ。幼馴染じゃないと言われても俺にとってサクラは幼馴染だ。


 長い慟哭が感情を更に高ぶらせる。冷静なままではいられない。


 悲しみが胸の中で渦巻く。

 自分の存在意義がわからなくなる。今までの行動が全て否定される。


 何故こんなにも簡単に運営の情報が手に入ったんだ。『被害者の会』の森川から得た情報だけでは説明がつかない。


 俺はあの二ヶ月間何をしていたんだ? おかしな機械を頭から被らされて過ごしていたんだ。


「サクラ、おい、サクラ! しっかりしろ!! 俺すぐに手当を、保健室に運営の医者が……」


 何故保健室に医者がいると知っていたんだ? 自分の選択肢が制限されていることに気がつく。


 俺の耳に付いていた妙な機械。サクラはそれを外したから腕が吹き飛んだ……。


 俺の腕の中で気を失っている血だらけのサクラ。命の灯が消えていく。

 駄目だ、また俺の前から人が死んで……。




「先輩……、まだ思い出せないの?」




 傷だらけの後輩が立ち上がって俺の肩を強く掴む。


「……お前は動かなければ死にはしない。大人しくしてろ」


 後輩の息は荒かった。見たこともない瞳の色をしていた。


「う、ううん、こんな傷、こんな苦しみはサクラちゃんの比じゃない」


「お、お前らは一体誰なんだ? 俺は……」


 駄目だ、頭が痛くて働かない。急激に力が抜けていく感覚。

 内海の歌が頭の中で響く。頭の中の何かを壊していく。


「せんぱい……、大丈夫。私が守ってあげるもん。サクラちゃんは頑張ったからもう休んでね」


 後輩が何を言っているか理解できなかった。幼馴染は幼馴染だ。それ以上の呼び方はない。さっきの幼馴染の行動も理解できなかった。


 俺はなんで悲しんだ? 慟哭を上げたんだ?


 そんな事よりも九頭竜たちを助けに――


 後輩が更に強く肩を掴む。


「思い出してください! サクラちゃんとの空っぽの思い出を!!」


 思い出? もちろん一瞬だけ幼馴染との思い出が脳裏に浮かんだ。これはデスゲームだ。仕方ない事だったんだ。


「思い出……」


 ふと、気がつくと後輩の身体が血まみれだと気がついた。暴発の傷じゃない。


 ……腹にはナイフでさされた傷? こんなものさっきまでなかった。どういうことだ? 手と目の傷だけなはずだ。


 頭の中の認識が変わっていく。心の奥底に閉じ込められた思い出が暴れている。


「あははっ、サクラちゃん、わかったよ。命をかけて先輩を分からせないといけないんだね。わたしメスガキキャラじゃないのにさ……。はぁ……、全員生き残れるわけないじゃん、馬鹿」


「……剣、桃子。初めて会った時は迷子の犬を探して」


「ううん、それは植え付けられた記憶だよ。ただの設定……。でもね、知り合えてからすっごく楽しかったんだ。お兄ちゃんがいたら、こんな感じなんだって思って」


「全部嘘なのか? お前も俺とゲームをしなきゃいけないのか?」


「ゲーム……、うん、そうだね。命をかけた勝負だよ。ゲームなんかじゃない。自分の見たい光景しか見ない先輩になんか負けないもんね」


 俺の知らない異常事態が起きている可能性がある。俺は頭の中で計算をする。

 なんてことはない。俺には後輩を思いやる感情なんて存在しない。

 だから、どうでもいい。


 心の奥底でそれを否定する。


 だが、なんだ? この後輩の雰囲気は? さっきまでとはまるで別人のように思える。


「ホワイトデーも初めてのデートも全部偽物だったんだよ! でもね、幼馴染のサクラちゃんは違う。あなたと短くない時間を過ごして愛情を育んだんだよ! だから、だから――」


 警告音がひどくなる。なんだこの音は? 校内放送から異音が流れる。


『警告します。デスゲーム外の行動は固く禁止されています。やめなければ処分対象として処理いたします』


「うるさい!! あんたたちの言いなりになんてならないよ! サクラちゃんはゲームの中で先輩に伝えようとしたけど、私は違う! 先輩、思い出してください! 幼馴染のサクラちゃんとの空っぽの思い出を――」 






 ――空っぽの思い出……。





 俺は生まれた時から幼馴染と一緒に過ごして……。違う、あれは誰だ? あの幼馴染じゃない。知らない女の子がいつも隣にいた。


「そうです、ちゃんと考えてください! 先輩はデスゲームの後、二ヶ月も学校休んでないです! 次の日登校したんですよ!」



 一緒に花火大会に行った、お祭りにも行った、カラオケでよく遊んだ、テストの点を競いあった、同じ高校に入れて喜んだ、高校を卒業した時想いを伝えてキスをした……、そして――


 違う、この記憶は幼馴染との記憶じゃない。

 なんで内海の姿が思い浮かぶんだ。


『もしも私達の記憶がなくなったとしても、絶対好きになるよね? あははっ、隆史は私と運命で結ばれてるんだもんね!』


 幼馴染のセリフ? 違う、記憶にはない内海のセリフだ。


「せんぱい……」


 後輩の息が荒かった。口から血を吐き出していた。こいつも毒を盛られていたのか……。


「まだだね。……もうひと押し。あははっ、わたし、もう限界かも……、あっ、やば……」


 気がつくと中庭に大量の生徒が押し寄せていた。手には武器を持っている。先頭の生徒たちがボウガンを構えて俺に照準を向けていた。


「え? 先輩を……? やば、無理やりこのゲーム終わらせるの?」


 そっか、俺は間違えたんだな。もう死んでも構わない。内海はこの世界にはいない。

 自分の存在も理解できない。

 ゲームオーバーだ。


「桃子、旧校舎に逃げろ」


 俺が死ねば終わるんだろ? ならここでこの物語は終わりだ。


 生徒たちが構えていたボウガンが発射される。

 この数は避けようがない。




「せんぱい、本当のお兄ちゃんみたいだったよ。……バイバイ――」

 その言葉と共に俺は後ろに突き飛ばされた。




 全てがスローモーションに見えた。

 死んだと思っていたサクラが震えながら立ち上がって俺の前で片手を広げる。


 桃子がサクラの身体を支えるように隣に立つ。


 気を失っていた生徒会長がいつの間にか立ち上がって何かを手に持ちながら生徒たちに向かって走っていた。



 俺に刺さるはずの矢がみんなの身体に刺さる。


 俺が死ぬはずだったのに、みんなの命の灯火が消える。


 なのに、なんで、あんな風な笑顔でいられるんだよ――


 サクラと桃子の身体が矢の勢いにより吹き飛ばれそうになる、なのに、倒れない。死んでいるはずなのになんで倒れないんだ…………。


 生徒会長の持っていた何かが爆発して爆音と暴風が吹き荒れる。あの爆発で生徒会長が助かるはずはない……。




 その時、校内放送のスピーカーから聞き慣れた声が流れてきた。


『しゃっ!! 制圧完了! はぁはぁ、痛って……。あー、マイテス、マイテス、んぐ、よしっ、聞いてるか隆史!! 私は山田、お前の女友達だよ。てか、短い間だったけど、超楽しかったじゃん! 私だけ不倫とか超最悪な役割だったけどさ。あんたと出会えてよかったよ! あーー、私の本当の名前は小梅らしいけど、これからも山田って呼びやがれ! どうせ内海の事思い出して泣いてんだろ? ならこれでも聞きやがれ! あば!? そ、それ反則じゃね? まいっか、じゃあなまたいつか会おうな!』


 山田の放送の後、爆撃音が聞こえた。運営に逆らった者の末路。

 その後、放送は歌が流れた……。


 サクラが歌っていた内海の歌。





 ――俺の中の何かが壊れる音が聞こえた。





 思考が高速で回転する。


 空っぽの思い出。

 幼馴染は一年前に出会った。子供の頃の記憶なんてない。ずっと一緒だと思っていた。


 ――心臓の鼓動が早くなる。


 大切だと思っていた思い出は空っぽだった。

 それでも、あいつと、サクラと過ごした一年間、思い出が上書きされた。


 高校に入学して二人でアイスクリームを食べた。一緒に勉強して、テストの後には必ずファミレスで外食をした。

 作られた世界、作られた思い出、作られたイベント。


 だけど、あいつと過ごした日々は本物だったんだ――

 そして、俺は心の深い深い場所へとたどり着く。



「サクラ、偽物の幼馴染なんかじゃない。短い間でも本物の幼馴染だったんだ。俺は――」



 ――全部思い出した。



 湧き上がる激情を抑えられない。

 思考が構築される。

 身体から熱が生まれる。どうしようもないほどの怒りが――心を奮い立たせる。


 ここからはもうシナリオ通りには進まない。



 俺は何もない空に向かって呟いた。



「……配信を見てる奴ら。必ず俺が、お前らを地獄に落とす」











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る