嵐の前

 怒りは我慢できる。だが、この感情は怒りとは呼べない。

 溢れ出してくる感情を抑える。

 俺はそれを制御するすべを持っている。


 あのデスゲームで死んだ仲間たち。

 俺を庇って死んだ内海。

 俺の目的はなんだ? ぬるい日常を送る事ではない。

 内海を殺したデスゲームに関わっている全員に復讐するために生きているんだ。



「せ、先輩? クレープ美味しくなかったの?」


 後輩が恐る恐る俺に声をかける。

 昔はわからなかったが、この後輩は自己保身の塊である。


「いや、美味しかった。……口に汚れが付いているぞ」


 俺は後輩の口に付いているクリームを拭い取る。

 後輩は顔を赤くしてアワアワと慌てふためく。


「ちょっと、隆史!? 私にはしてくれないの! もう後輩ちゃんには甘いんだから」


「そうだな、たしかに俺は後輩には甘いかもな」


 幼馴染と女友達が笑って俺を茶化す。

 そう、俺は後輩には甘かった。そんな記憶があった。もう遠い昔に感じられる。


 後輩は嬉しそうに口元を緩めていた。この中で一番普通の女の子だ。

 デスゲームから一番程遠い存在。


「すまない、今日は人と会う約束があるから帰る」


「えー、もう帰るの〜! せっかく私達仲直りできたんだよ? もう少し一緒にいようよ」


「うーん、無理させなくてもいいんじゃないかな? 私も今日は塾があるし……」


「せ、先輩、ま、またあした話してくれますか?」


 俺は笑顔で後輩に頷く。


「ああ、また明日」


 俺は幼馴染たちと別れてカフェテリアを出るのであった。







「おぉ!? 隆史じゃねえかよ。俺だよ俺」


 カフェテリアを出たところでクラスのひょうきん者の男子に話しかけられる。

 俺は軽く手を挙げて返答をする。

 ひょうきん者は俺と歩調を合わせて付いてきた。


「ったく、やっぱ暗いよな……。なあ、隆史ってマジであのゲームを生き延びたんだろ? ……俺、冗談で馬鹿にしてたけどスゲエよな」


「そうだな」


「やっぱ怒ってるか? まあそうだよな……。でもな、隆史も悪いんだぜ? だって、お前って超カワイイ幼馴染がいるのに色んな女の子と仲良くしててさ。男子はみんなムカついていたんだぜ」


「そうなのか」


「まっ、昔のことだかんな! 今は俺たちマブダチっしょ! てか、今度女子紹介してくれよ。お前なら生徒会長と合コンなんてセッティングできるんじゃね?」


「いや、俺に紹介できる女性なんていない」


「またまた、モテ男が何いってんだよ! とりま一緒に帰ろうぜ!」


 ひょうきん者は俺の後を付いてくる。

 俺とこいつの関係性はただのクラスメイトだ。特に仲が良いわけではない。挨拶をし、時折会話をする程度の仲。


 ペラペラとよく口が回る。

 普通の高校生みたいな事を喋っているひょうきん者。

 好きな芸能人であったり、クラスの女子で誰が可愛いとか、アニメや漫画の話をする。


 俺は相槌を打つ。

 心にある感情を燻ぶらせて生きているんだ。


 だからこんな事はなんでもない。


「ん? あれってお前の後輩じゃねえか?」


 ひょうきん者が指さしたのは、こちらへと走り寄ってくる後輩の姿であった。

 気がついていたけど気にしないようにしていた。





「はぁはぁ、先輩……、あ、あの……」


「息を整えろ」


 走り寄ってきた後輩の息は切れていた。


「んだよ、やっぱ俺はおじゃま虫じゃねえかよ。まあいいや、隆史また明日な!! バスケやろうぜ」


 ひょうきん者は屈託のない笑顔を俺に向けて去っていった。

 俺と後輩が付き合っているとでも思っているのだろう。


 後輩はそんなひょうきん者に向かってお辞儀をする。


「だいぶ、落ち着きました……。あ、ありがとう。待っててくれて。え、えっと、せ、先輩の事が心配になって……」


「俺が心配? 口数は少ないが普通だったろ?」


「う、うん……、そうだね……。ね、ねえ、一緒に帰ってもいいかな?」


 俺は小さく頷き歩き始める。

 小柄な後輩の歩くペースと合わせる。ひどくゆっくりとした歩調だ。

 昔の事を思い出してしまった。


『先輩〜、ホワイトデーのお返し期待してるね! あっ、デートでもいいよ、えへへ』

『むむぅ、幼馴染さんにはかなわないな……。へっ? せ、先輩? ……温かい』


 思い出しても何も感じない。

 ただの記憶であり、過去の事であった。

 だが、今の後輩からは昔の雰囲気を感じる。

 俺がこいつの兄貴を殺す前の後輩の雰囲気だ。


「せ、先輩。……お兄ちゃんの事だけど。あっ、嫌なら話さないよ」


「構わない、話してくれ」


「えっとね、お兄ちゃんは私にはとってもいい人だったんだ。……でもね、私以外には性格が悪いってしってて……。あの配信を観てて……、ああ、やっぱりって思っちゃって……」


 後輩は言葉に詰まりながらも俺に何かを伝えようとしている。


「……あ、あの、本当にごめんなさい。わ、私、家族が死んで、悲しくて、どうしていいかわからなくて、先輩にあたっちゃって……。先輩だって辛いのに……。で、でも、あの時の放課後に先輩に呼ばれて、嬉しくて、でも、やっぱり許されて無くて……」


 相澤とのゲームの時に後輩を利用した。

 俺の中で後輩はもういない。ひどく突き放したはずであった。


 それなのに後輩はめげずに俺と関わろうとする。

 ほんの少しだけ真摯に答えようと思った。ただの気まぐれだ。


「……過去の事は忘れた」


「えっ? 先輩?」


 泣きそうな後輩がキョトンとした顔をしている。

 そうだ、俺は過去に振り返ってなんていられない。復讐する相手は運営なんだから。


 俺は後輩の頭に手を置く。


「……ただいま、剣桃子。またよろしく」


 笑顔の俺を見て、後輩は泣きじゃくってしまった――




 ************




「おーい、隆史!! 今日も遊ぼうね!!」

「せ、先輩! もう、胸見すぎです!!」

「あーー、やっぱ不倫は駄目っしょ? ……そういや陸上部の五十嵐ってどこいったの?」


 幼馴染、後輩、女友達――


「も、もうお前と話すことはない! ……えっ? 相澤が私を騙そうとしていた? 証拠? そ、そんな……、だが、今のお前の言うことなら……、よ、よし、信じてやらなくもない」


 俺を刺し殺そうと企んでいた生徒会長。


 ここ数日で俺たちはデスゲーム前のように、仲良しになっていた。

 それはまるで、俺を中心としたハーレムゲームのようで――










 ――吐き気がする









 だから俺は、ファミレスであいつが貸してくれた小説を読み終えた――


 本を閉じて目も閉じる――


 感想、言えそうだな。だけど、これは、


「終わってないじゃないか。続きはどうするんだ九頭竜」


 そうつぶやきながらポケットに入れた内海のリボンに触れる。

 

 俺は続きの本を借りるために、ファミレスを出た。

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