黒男


『うん、みなみは小学校に通ってるんだよ! もう六年生だから立派な大人の女子だよ! お母さんとはぐれちゃって……迷子になっちゃった……』


『穴を掘るの? 楽しそう!! みなみ頑張るね!!』


『えっとね、お姉ちゃんに教わったんだ! 人の嫌がる事を常に考えろって! えへへ、人間って簡単に死んじゃうんだね。これなら』


『お兄ちゃん、もうお別れだね。綺麗事なんてこの世の中にはないんだよ。正義なんてどうしようもないんだよ。……だってみなみの事誰も助けてくれなかったもん』


『お兄ちゃん……、えへへ、私、間違えちゃった、やっぱりお兄ちゃん側に付けばよかったのに……。でも楽しかったよ、お兄ちゃんと遊べて良かった――』




 女子も子供も関係なかった。俺のチームは女も子供も多かった。

 大抵のチームは男で固めていた。みんな力が全てだと思っていた。


 ゲームを進めていくうちに、女子と子供のバフ、デバフとしての役割と、非力さを補うための運営援助が強力な支えとなった。

 デスゲームで実感した。子供の思考柔軟性の高さや、女性のたくましさを。

 

裏切り者の最強のプレイヤーである南を俺が殺した時、自分の生き汚さを呪った――




 ***********





 俺が登校すると教室に緊張感が走る。

 誰も俺に喋りかけてくる奴はいない。多分全員が勘違いしている。あれは俺と女友達、後輩と交わしたゲームだ。他の人間が入る余地はない。


 デスゲームと比べて子供の遊びみたいなものだが、あの日以来教室の雰囲気が一変した。


 女友達は俺を見ると無言で微笑んでくる。後輩は慌てて逃げる。

 アイツらはきっと賞金が必ず手に入ると思っている。


 理由があって賞金を欲しがっていたプレイヤーが多かった。

 借金、身内の病気、この二つがダントツで多い。




 とある経由で聞いたゲームの勝利者の末路はひどいものであった。自殺する者、発狂する者、運営側に回り参加者を苦しめる者。


 実際、俺自身にも運営側に誘われるメッセージが来た。

 返事はまだしていない

 今までどんな勝利者がいたかわからないが、復讐を望んで運営側に入り込んだ者もいただろう。だけど、未だに組織は正常に回っている。




 俺にアドバイスをくれた運営側の人間は勝利者の一人だったのかも知れない。


『うん、ダンジョンゲームの場合はマッパーと盗賊が必須だから職業選択を間違わないで。適正は子供か女性しかないから。……いつか、絶対僕たちがこのゲームを壊すから、諦めないで生き延びて――』


 そんな彼は俺の目の前で銃殺された。


 決まって俺の前に現れる黒い衛兵がいた。特殊な服を着ている衛兵は幹部候補である。

 仮面を被っているから顔はわからない。

 だけど、喋り方と声色は頭に叩き込んでいる。おしゃべりで、冷酷で残酷な男であった。


『バーカ、無駄な事してんじゃねえよ、クソが。俺の評価が下がるだろうが』

『あん? しぶてえ男だな。俺はお前に賭けてねえんだよ。早く死ねよ』

『は〜、女が目の前にいるのに手を出したら殺されるんだぜ? マジムカつくぜ。……しゃーねー、今からお前を殴る、これは教育だ』

『なんだてめえ、その目は? コイツラは負けたんだよ。俺が処分するんだ。邪魔だ、てめえも殺すぞ』

『はっ、自分を慕ってくれた女子供殺してのうのうと生きてんのか? 最後には幼馴染も殺すんだろ? 俺と一緒でクズだな』

『そういや、俺がお前をゲームに参加させたくて、ショッピングセンターを指定して攫ったんだよ。あれだ、参加者は全員お前のせいで死んだんだ』

『理由? いつもヘラヘラ笑って俺を苛つかせたからだ。……ったく、なんで後輩、山田、会長がいねえんだよ、つまんねえな。まあ幼馴染がいて良かったぜ。内海のことは笑えるな、ははっ!』


 黒い衛兵は事あるごとに俺をいたぶり続けた。

 こいつがいなかったら助かった命もあった。

 こいつがいたから俺の憎しみが消えなかった。




 ************





 俺は教室で一人昼食を食べていた。

 誰も俺に話しかけようとしない。

 元々、俺はだらしなくて適当なダメ人間であった。

 幼馴染が俺の面倒を見たり、後輩や女友達、生徒会長がため息混じりに俺にかまってきた。

 ――そんなものは消えて無くなった。



 生徒会長は毎日のように俺にちょっかいをかけてきた。


『小山内君! 流石私が見込んだだけある。君は不器用だけど正しさを知っている人間だ! ぜひうちの生徒会に遊びに来てくれ』


『お、小山内君、そ、その、君は幼馴染と付き合っているのか? ……なに? 違う? そんな関係じゃない……、ふ、ふふっ、ふふふふっ、ふはははっ! そうか、そうか、よし、今日は機嫌が良いから君にお菓子をあげよう!!』


『小山内君、君のことを見損なったよ。君はどんな状況でも正義を貫いてくれると思っていたのに……、何人殺したんだ? 女子供見境なく……。それに、大切な幼馴染を殺したなんて失望した』


 ゲームの後は誰もが俺と関わりたくないんだ。

 陸上部の女、五十嵐もそうだ。


『へー、あんたが助っ人? ていうか無理じゃね? 足遅そうだもん』

『はっ? ふざけんな、このブサイク! わたしイケメンが好きなんだよ』

『……ふーん、まあ、少しは役に立つじゃん……』

『へ? ゆ、優勝したの!? やったっ!! あっ、べ、別に喜んでいないから!!』

『えへへ、二人で朝練って楽しいね。え? 俺は陸上部じゃない? い、いいのよ、あんたは……私の……特別なんだから!』


『隆史君……、南ちゃんって、私の、従姉妹だったんだよ……。ははっ、中学入学お祝い……、いらなくなっちゃった……。ねえ、なんであんな可愛い子を殺せたの? あんた、化け物だよ、あんたが死ねばいいのに。二度と近づかないで――』





 思い出しても何も心が揺らがない。


 それでも俺は気分を変えるために教室を出た。

 中庭を目指して歩く。

 生徒たちは楽しそうにおしゃべりをしながら楽しんでいる。


 ふと、その生徒の中から視線を感じた。

 中庭の入り口に立っている三人の男女。


 生徒会長と五十嵐と……知らないチャラそうな男であった。




 生徒会長と五十嵐は何故か俺に向かって駆け寄ってきた。


「小山内……、そ、その、一昨日みんなで話し合った――」

「う、うん、二ヶ月経って私達も色々考えたんだ……。隆史も辛かったんだって」


 二人は今の俺の顔を見ていない。過去の俺を見ているようであった。


「だから、また生徒会室へ遊びに来てくれ……、ゆっくりお前の心を癒やそうではないか」

「あ、朝練、一人だと寂しいじゃん。ま、また来てくれたら……、一緒に走ったら忘れられるよ……」


 チャラそうな男がニヤニヤと笑っている。

 俺はこいつを知っている。顔は知らないけど、雰囲気で身体が理解する。


 俺は生徒会長と五十嵐を無言で押しのけてチャラい男へと向かう。


「た、隆史!? わ、私達は心配しているんだ!!」

「ちょ、あ、あんた、せっかく話しかけてあげたのに……」


 俺は振り返って二人を一瞥した。


「――ひ……、な、なに、その目は……」

「や、やめてよ……、そ、そんな目で見ないで……」


 もう振り返らないって決めたんだ。俺には友達なんて必要ない。






 だから――


 俺はチャラ男に顔を近づける。血と硝煙がこびりついているのを香水で隠した匂いは忘れない。

 生徒会長と五十嵐が息を呑んでいるのがわかる。

 部外者は入ってくるな。


 チャラ男にだけ聞こえるように俺は言った。



「おい、黒男……、俺とゲームしないか?」



 チャラ男は目を見開いて俺を見た。

 そして、口角を釣り上げて嫌な笑みを浮かべていた。


 





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