第6話  反撃

 援軍が到着したのは、翌日明け方近くであった。密かに先行していた伝令がそれを伝え、城内が静かに、それでいて士気も否応なく上がっていった。


 リーナは自室で寝入っていたのだが、報告を受けた途端に寝台から跳び上がり、寝巻き姿のまま部屋を飛び出して、厩舎へと駆け込んだ。援軍が予想より早くに到着して気が逸り、居ても立ってもいられなくなったのだ。



「厩舎番、すぐに私の馬に馬具を取り付けないさい。出陣よ!」



 厩舎番も驚いたが、それ以上に寝巻きのままの主人に慌てたのはジャゴンであった。



「リーナ様、落ち着いてください! そのような姿で敵に姿を晒しては、後世まで物笑いの種になりますぞ。お召し替え下さい!」



「時間が惜しい。そのような些事に気を回しているくらいならば、急いで兵を招集してきなさい。なにより、寝巻き姿の女子に斬られる方が、物笑いの種よ!」



 どうやら言っても聞かぬと観念し、ジャゴンは兵を集めるべく詰所の方へ駆け出した。


 リーナは自身の剣を確認すると、さっさと馬に乗り、城門前へと進み出た。


 ジャゴンの指示によって大慌てで兵士が城門前に集まり、寝巻き姿ではあるが馬上の主君の言葉を待った。そして、リーナは剣を天に向かって掲げ、号令を発した。



「皆、今の今までよくぞ耐えた! 難渋の日々ではあったが、城は見事に持ちこたえた! まずはそのことについて、礼を述べたい。そして、今より撃って出る。近くには援軍が到着し、こちらと連携して、相手を挟み討つことになっている。旗印を見間違えないように注意なさい!」



 普段ならここで鬨の声でも上げるところであるが、奇襲をかけるので、それは控えた。全員が全員、何をすべきか理解しているので、わざわざ揃って大声を上げるような愚は犯さなかった。



「私からの命令は二つ。捕虜はいらない。敵兵は残らず塵殺おうさつしなさい。奪った物はすべて懐に入れていいわ。御褒美の約束ですからね。そして、最も重要なのは、レーザ公を見つけること。生きていようが死んでいようがどちらでも構いませんが、必ず私の前に引きずり出してくること。これを叶えた者には、この城の城主にして差し上げましょう。代官ではなく、城主ですよ!」



 敵将を討ち取れば城を貰える。常識では考えられぬほどの破格の報酬であった。


 一城の主となる夢が、いきなり目の前に現れた。当然、本来ならば望みえぬ事案に皆が色めき立ち、士気は最高潮に達した。


 そして、皆が閉まっている門扉を睨みつける。早く開け、早く出撃させろ、我こそが城主となる、そうギラついた欲望のままに開く瞬間を待った。



「では、行きますよ!」



 リーナの掛け声と共に固く閉ざされていた城門は開き、雪崩を打って城兵が外へと飛び出した。


 黎明れいめいの奇襲攻撃は完全に決まった。なにしろ、今の今まで撃って出る気配すらなかった城から、いきなりの出撃である。しかも、皆が寝入っているはずの明け方直前の攻撃で、混乱が広がった。


 地元であるため夜であろうとも地形は把握しており、敵本陣に向かってまっしぐらに突き進むことができた。


 だが、これでは不十分であった。なにしろ、お互いの兵数が違い過ぎるからだ。混乱があったとしても、数が数である。途中で息切れして、敵本陣まで斬り込むのは不可能であった。


 だが、それは不可能ではなかった。計ったように側面から別の部隊が現れ、敵陣を更に乱したのだ。もちろん、リーナが実家に要請していた援軍であり、奇襲に加えて側面攻撃にも晒され、レーザ公の軍勢は大混乱に陥った。


 そんな混乱の渦中を、リーナはひたすらに突き進んだ。寝巻き姿の女性が馬に跨がって疾走する様はなんとも奇妙であったが、そんなことに気を回せる余裕のある者はいなかった。


 どこもかしこも混乱して指揮統率が出来ず、ひどいところでは同士討ちすら起こっていた。


 兵達はリーナの指示をよく守り、手に届く範囲の敵兵は片端から殺して回り、きっちりと神の御許へと送り出した。


 散らばる物資は魅力的であった。なにしろ、押収品は懐に入れていいとのお墨付きを貰っているが、それよりも何よりも欲しい報奨があった。


 敵将の命、それに付随した城の所有権である。どこだどこだと探して回り、怪しい天幕は次々と調べあげられた。


 リーナは何かしらの勘が働き、物資が集積されていた天幕の一つが目についた。馬を降り、その中に入ると、そこにはレーザ公がいた。しかも、ヴィランの姿まで確認できた。



「見つけましたよ、レーザ公!」



 リーナの姿は見る者に恐怖を与えるほどに乱れていた。純白の寝巻きはすでに返り血と跳ねた泥であちこち汚れており、握った剣は血が滴っていた。


 当然、そんな姿を見せつけられたのである。レーザ公は大いに恐怖したが、虚勢を張って強気な笑みでこれに応じた。



「ヘッヘッ、ようやく現れやがったか、このクソアマめがぁ!」



 レーザ公は短剣を握っており、それをヴィランの首筋に押し当てていた。



「レーザ公、ヴィランをお放し!」



「今更、息子の命が惜しくなったか? 大筒で吹き飛ばそうとしたくせにな!」



 レーザ公は取り乱していた。勝って全てを手にするはずだった今回の騒動。ところが、目の前の女一人、小城一つに狂わされ、そして危機的な状況を迎えている。


 どうしてこうなったのか、そう、全てはこの女の狂気だ、そうレーザ公は感じた。



「と、取引だ! 私を逃がせ! そうすれば、息子は返してやるぞ」



 早く決断しろと言わんばかりに、レーザ公はヴィランの頬を軽く切った。頬から赤い血が滴り、同時に泣き叫ぶ子供の涙も落ちていった。



「……いいでしょう。まずはヴィランを放しなさい」



「安全を確保するまではダメだ! なにしろ、お前は約束を破る女だからな」



「あなたもね。私の夫を殺したのは、どこのどちら様でございましょうかねぇ?」



 そう言うと、リーナはおもむろに足下に転がっていた短剣を手に取った。



「交渉決裂。滅びなさい。そして、あの世で今回の騒動で迷惑をかけた全員に、詫びてきなさい」



 リーナはそう言うなり、短剣を投げつけた。レーザ公はヴィランを盾にしていたので、飛んだ短剣はヴィランに突き刺さった。刺さった脇腹からは血がにじみ出し、着ている服を赤で染め上げた。



「んな!?」



 まさか本気で息子を刺そうとは考えてもいなかったレーザ公は驚き、思わずヴィランから手を放してしまった。力なくヴィランは崩れ落ちた。


 その状況にあって、動ける者がいた。ジャゴンだ。


 ジャゴンは狼狽するレーザ公目掛けて突進し、跳躍しながら大上段から剣を振り下ろした。狙い違わずレーザ公の頭部に直撃し、割られたスイカのようにグチャグチャに弾けとんだ。


 どうにか仕留めたとジャゴンは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、その側ではリーナが至って冷静にヴィランを介抱しているところであった。着ている寝巻きの綺麗な箇所を切り裂き、それを巻いて止血するのに必死になっていた。



「医者だ! 誰か医者を呼んでくれ!」



 まだあちこちで喧騒が響く中、ジャゴンの声は妙に響き渡った。



           ~ 第七話に続く ~

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