ラブコメ主人公なんて誰でもできると思った時期が俺にもありました。

金魚鉢

第1話 キャラクター

《プロローグ》

 人はみな、何かキャラを演じて生きている。

 クラスに目を向ければ、リア充、陽キャ、ヤンキー、取り巻き、オタク、ガリ勉。

 自分に目を向ければ、先生の前、親の前、友達の前、初対面の人の前、一人の時。


 ユング先生的解釈だと、ペルソナを被って社会適応の負担を減らすのである。

 心理学に特別興味がないものの、俺は雨音を聞きながら小難しいことを考えてみた。


「さっさと、青に変われよ」


 本屋の帰り道、駅前の横断歩道で信号に捕まった。乗用車優先と言わんばかりにランプが赤く輝いて、歩行者の行く手をじっくり妨げている。

 遅いっ!

 体感10分……は流石に盛り過ぎだが、今日はいつにも増して青に変わらない。


 イライラとタップダンスに目覚め、地面を高速で踏み鳴らしたちょうどその時。

 女性が歩道を進んでいた。

 薄桃色のロングヘアーを揺らしたワンピース姿の女性は、何か考え事をしているらしい。う~んと腕を組みながら、堂々と赤信号を無視して闊歩していた。


 大手を組んでまかり通るとはこのことか! 違うね。

 ――ブォォオオオオンンンンンッッッ!

 ようやく車道の信号が黄色に変わったところで、トラックが水飛沫を跳ねて飛び出してきた。停止の概念はないのか、スピードがぐんぐん速まっていく。


 あまつさえ、俯き加減な女性は歩道の真ん中で立ち止まってしまった。

他の待ち人たちはスマホに夢中で、女性に気付く様子はない。

 ……これ、ヤバくね? 絶対事故るだろ。

 心臓の鼓動が激しくなり、凄惨な衝突事故が脳裏を過った。


「――っ!?」


 気付くと、俺はデッドゾーンへ足を踏み入れていた。

 死期が迫る時、周囲の現象がスローモーションに映るのは本当だった。

 顔を上げた女性と目が合う。まばたきする暇があるなら、さっさと逃げろ。

 しかし、俺の声も遅延され、彼女には届かないのだ。


 ――おいおい、大原隆。

 女性を助けるため、身を挺するつもりか?

 お前にそんな正義感が溢れていたなんて、自分が一番ビックリだ。

 こんなのお前のキャラじゃねーぞ?


 ――キキキィィィイイイイイッッッ!

 今更、ブレーキを踏んでも間に合わない。

 なんせ。


「車は、急には止まれない」


 ハッと驚く女性を突き飛ばした後、俺の意識はプツンと途切れ――

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