第六聖女として転生した私の婚約相手は超合理主義王子でしたーたしかに最後は結ばれるかもだけどやっぱり多少は恋愛したい!ー

ツーチ

赤の聖女―有栖音羽

第1話 六番目の聖女、オトハ・アリス


 「アリス、畑に行くぞ!! 」

 「ちょ、ちょっと待ってったら!! そ、それにあたしの名前はフローリア。フローリア・レディシアだって言ってるでしょ!? その呼び方やめてください!! 」

 「いやいや、フローリアって長いじゃん。アリスの方が3文字で呼べるし、母音がa、i、uで流れるように呼べて合理的。あ~~、俺もアルノクなんて非合理的な名前じゃなきゃなぁ……」

 「ひ、人の名前を合理的って言うな~~!! 」


 

 正六角形の不思議な形状をしたこのへんてこな部屋にあたしの声が響き渡る。目の前に今いる男はこの赤の王国、ファルティア王国の王子。名をアルノク・ファルティアという。そしてこのあたし、有栖アリス音羽おとは……じゃない。今は、フローリア・レディシアという名のあたしはこのアルノクの婚約者ということになっている。もっとも、あたしは断じて婚約を承諾していない。

 いや、最初は快く快諾しようとした。何故ならこの男、アルノクは超が付くほどの美形。綺麗な赤髪に切れ長の目、シャープな輪郭。身長は175cmでおまけに王子。少し顔に幼さがあるけどかなりのハイスペックだと思った。……思ったけど、この男……とんでもなく、



 「だって、合理的じゃん? 」



 そう。この男、超、超、超、超、超~~~~~合理主義者なんだ。あたしは今、この男と畑に行こうとしている。聖女なのに。目の前の男は王子なのに。……一応、聞いてみよう。また、合理的な言葉が返って来そうだけど……



 「な、何で畑にい……行くんです? 」

 「だってずっと室内で座ってたら退屈だろ? 退屈は身体に悪い。長時間座っているのも身体に悪い。人間は長時間座ってるより日の光を浴びて立ち仕事をしてる方がいい。そうやって手足に筋力が付いていれば老後まで元気に過ごせて合理的な余生が過ごせるじゃあないかぁ」



 うわっ、うっざ~~~。こういう所が嫌なんだよなぁ……。想像を遥かに上回る合理的な答え。あたしがこの城へ聖女として、この男の婚約者として連れて来られて今日で3日目。ああっ、あんな非合理的な行動をしなければこんなことにはならなかったのにぃ!! あたしはあの時の非合理的な行為を悔いた。



 あれはあたしがまだ会社員だった頃。24歳の有栖ありす音羽おとはだった頃の出来事だ。






 □ □ □





 

 あたしは有栖ありす有栖ありす音羽おとは。普通の24歳の会社員だった。大学を卒業し、普通の会社に就職した。が、大卒3年目のお給料などそれほど多くない。2年目から発生した住民税という重税、健康保険に社会保険料、家賃と生活費がかさんでゆく。貯金が全然ない。

 


 そして、何よりも貯金がない理由。それは、このあたしが大の恋愛ノベル好きということだ。日々の仕事の息抜きとして仕事帰りに夢のようなお話しが広がる本屋のコーナーに行き、その夢を買い、自宅で夢に浸る。悪役令嬢、聖女、公爵令嬢……色んな夢を見てきた。



 「…………はぁ~~、何か食べよう……」



 今日は4月29日、祝日だ。が、家にろくな食べ物がない。給料は振り込まれたばかりだが、5月は新作の恋愛ノベルや続きを待ち望んでいた恋愛ノベルがたくさん出る。あたしは家に置いてあったお正月の残り物のお餅を手に取る。



 「お~~、膨らんで来た膨らんで来た」



 お正月のお餅はまだ新鮮だったようで、元気にオーブンの中で踊り、弾けた。



 『…………チンッ!! 』

 という音がオーブンから聞こえたが、弾けたお餅はすでにあたしが皿に救出済み。オーブンは餅が去ったことも知らずに律義に音を鳴らし、知らせてくれた。



 「……っつ!! ちょっとまだ熱いかな。でも、まぁ……いっか!! いっただっきま~~す! 」



 あたしは急いでその2つの皿のお餅を食べ始めた。今日はまだまだ読んでいない恋愛ノベルを読みたかったから。でも、それがいけなかった。



 「…………うっ、う……うう…………」



 急ぎで食べたお餅はあたしの食道を通過することなく、どこかに留まった。必死にせき込もうとするが、せき込むことが出来ない。咄嗟にテレビでやっていた対処法である掃除機で吸引するという方法を思い出し、掃除機を取りに行こうと立ち上がったところで意識を失った。






 ♦  ♦  ♦






 「……………………」



 「アリス……アリス……」



 「………………」



 「アリス……有栖、音羽」



 「うっ、う~~ん……な、何? って、あれ? ここ……どこ? …………え!? だ、誰!? 」



 部屋で意識が途絶えた後、あたしは名前を呼ばれていることに気がつき、目を覚ました。でも、そこは自宅の部屋ではなかった。あたり一面真っ白い空間。そして声のする方に目を向ける。そこにいたのも救急隊員の人の恰好ではない、1人の女の人がいた。真っ赤な髪の、綺麗な赤い瞳の女の人。



 (うわぁ、綺麗な人だなぁ……)



 「ど、どなたでしょうか? ……あ、あなたは? 」



 そんな目の前の綺麗な女の人を見上げていたあたしは自分が倒れていることを認識し、身体を起こし尋ねた。立ち上がって改めて見ると目の前の女の人はあたしと同じくらいの背丈であることが分かった。



 「ふふっ、私は女神です」

 「へ、へぇ~~女神ねぇ…………って!! め、女神!? 」

 


 あたしはあまりにも突然の出来事に思わず息をのむ。息が通る。その時に

気がついた。あたしの喉から餅が消え、気道が確保されているということに。



 「そう、私は女神。赤の女神、フローリア・レディシアです」

 「ふ、フローリア? 」



 あたしの目の前にいるその人は女神だという。



 「……で、その女神様がい、いったい何のご用でしょうか? 」



 あたしは餅がなくなり自由になった喉を使って声を出し、質問した。



 「いえ、可哀想な死に方をしたあなたを見て不憫に思いまして……あなたをここへ呼びました。アリス……」

 「か、可哀想な死に方って……み、見てたんですか? 」

 「はい」

 「そ、そうですか……」


 

 み、見られてたんだ。っていうか、何でこの人見てただけだったんだろう? 女神様なら助けてくれても良かったんじゃない?



 「いえ、それは出来ません。女神は女神でも私はあなたの世界にいる女神とは別の世界から来た存在。あなたの世界で勝手な行動は出来ませんでした」



 あたしが心の中で思った疑問に対し、目の前の女神は答えて来た。女神というのはどうやら本当みたい。そして、女神はあたしに対し、言葉を続ける。



 「あなたは非合理的な死に方をしましたね……」

 「……はい? 」



 意味が分からなかった。一体何が非合理的な死に方だったのか。そもそも非合理的っていう言葉ってあんまり会話で使わなくないよね。女神から死に方に対し、非合理的と言われたあたしは少し気分を害した。自分の最期の行動をどこぞの世界の女神にそんな風に言われる筋合いはない。と思った時、目の前の女神は嬉しい提案をしてきた。



 「生まれ変わりたいですか? 新しい存在として……」

 「えっ……は、はい!! う、生まれ変われるなら変わりたいです!! ……ち、ちなみに生まれ変われるのは……な、何にでしょうか? 」

 「聖女としてです」



 …………やった。あたしは平然を装いながらも心の中で驚喜する。聖女。それは異世界物の恋愛ノベルで最もあたしの好きなジャンルだ。聖女として異世界に転生し、あがめられ、人々の尊敬を受け、煌びやかなドレスでパーティーに出て、最後はイケメン王子と結ばれる。そんな人生が確約された瞬間だった。



 「な、なりたい!! なりたいです!! せ、聖女に……な、なりま~~す!! 」



 あたしは元気よく右手をあげて必死にアピールする。あたし以外にこの光まばゆい空間にはいなかったが、この機会を絶対に手放すもんかとあたしは必死に右手を上げ続ける。



 「分かりました。では、あなたを私の世界に聖女として転生させましょう。六番目の聖女として……」

 「……え? ろ、六番目? 」



 その言葉を聞いた瞬間、さっきまであんなに元気に上がっていたはずの右手がいつも間にか下がっていた。   



 「ろ、六番目かぁ。。」

 「……何か不満ですか? 」

 「…………希釈されますよね? 聖女の価値」

 「価値? 」


 

 そう、あたしは思った。希釈されると。せっかく聖女に転生したとして、六番目ということであればすでにその世界には5人の聖女がいるということ。きっと聖女としての尊敬などはないだろう。イケメンの王子がいたとして六人で取り合いになるかもしれないし……。だったら聖女のいない世界に転生したい。最初の聖女ならみんなにチヤホヤしてもらえるだろうし、逆に各国の王子から求愛されまくって逆ハーレム状態になれるかもしれない。別にあたしは逆ハーレムには興味ないけど、選択肢は色々あった方がいい。選ばれるより選ぶ側が良いに決まっている。就職にしても、恋愛にしても。



 「だって六番目ってことはすでに5人の聖女がいるわけですよね? ってことは聖女なんて珍しくないってことになるじゃないですか。……だったらまだ誰も聖女になっていないような、そんな世界に転生して『おお~~~!!、聖女様だ~~! 』ってみんなにあがめられたいです」



 あたしは思い切ってお願いしてみた。どうせ心の中は見えてるんだろうし、思い切ってお願いした方が良いと思った。もしかしたらお願いを叶えてくれるかもしれないし。



 「………………」

 「ご、ごめんなさい!! わがままでした、き、気分を悪くされたのでしたらあ、謝ります……ご、ごめんなさい」



 まずい、まずい、まずい、まずい!! も、もしかして怒らせちゃった? このまま気分を悪くして消えちゃったらあたしこのまま死んじゃう……!?



 「いえ、非合理的な死に方をした割にはなかなか合理的な考え方もできるものだと感心しただけです」

 「は、はぁ……」

 良かった。気分を悪くしてなくて……。

 「な、なります!! ろ、六番目でもいいから! せ、聖女になりたいですぅ!! 」

 あたしは女神に気分を悪くされないように下がっていた右手を再び元気に上へ掲げる。



 「そうですか。……では、始めましょう」

 そう言うと目の前の女神の身体が光に包まれ始めた。



 「それと、私はこの身体をあなたに捧げた後しばらく眠りにつきます」

 「え! ね、眠りにつくって……もしかして女神様は消えちゃうんですか!? 」

 「いえ……しばらく眠るだけです。私の存在自体は消えません」

 「そ、そうですか……よ、良かった。で、でも……な、何で……何でそうまでしてあたしを聖女にしてくれるんですか? そんなに聖女って必要なんですか? すでに5人も聖女がいるんならあたしは要らないような気も……するんですけど」



 あたしは自分に不利な質問をした。このまま黙って転生させてもらっても良かったけど、『やっぱりこんなに要らなかったです』なんて追放されても困る。あたしは聖女としてのしっかりとした立場の確約が欲しかった。何より目の前の女神はどの位の間かは知らないけど何故、自分が眠りについてまであたしを聖女にしてくれるのかを聞きたかった。



 「その心配はいりません。六番目と言っても私の加護する赤の王国には聖女はまだいません。……本当はこの身体を使い、誰かを聖女にすることなんて考えていなかった。でも、六が重要なのだというあの者の言葉を信じることにしました。あの者の『六であることが重要なんだ』……という言葉を」

 「あ、あの者? 」

 「あなたの婚約者となる者です」

 「え、ええ~~~~!? こ、婚約者!? 」



 驚きのあまり口から出たあたしの大きな声がこの光まばゆい空間に響き渡った。




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