第7話 約束の場所

 


  *


 

 3月22日午前9時50分頃。


 数分前までオレは泊まったホテルの近くに位置するコンビニ・ナインイレブンで食料を買い、それを鈴音さんとの待ち合わせ場所であるこの高架下のベンチで食べていた。


 数秒後。さすがだなと感じた。鈴音さんと会った時から彼女が礼儀正しい人物であることは分かっていたが。


 今、時間は約束の10分前であり、早めに来てしまった時から待ち合わせにしては少し早過ぎるだろうと考えていた。

 だがそんな思いとは裏腹に、彼女らしき人物が正面に見え始める。


 その彼女は昨日と同じセーラー制服を着ている。


 そもそも昨日だって学校は春休み中のはず。なのに何故、今日もセーラー服なんだ? 服があれしかないとか? まさかな。


 彼女はオレの方を見た瞬間、こちらに手を振りながら小走りに近寄ってくる。


 別に走らなくてもいいんだけどな。

 

 それに合わせて軽く手を上げる。


「待たせてしまいましたか?」


 多少の息切れもせず、少し屈んでオレに話しかけてきた。

 息切れしていないところを見ると、やはり体力はあるようだ。


「いや、そんなに待ってないです」

「なら良かったです……。あまりにも早くて驚きましたよ。ふふ」


 そう笑いながら何故か嬉しそう。


「それより昨日の用事は間に合いましたか?」

「あー、えと……間に合いましたよ。大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」


 そんな時、折り畳みの傘を忘れていたことを思い出した。

 ストラップまで付けて、彼女がお気に入りにしているであろう物だ。


「そう言えば借りていた傘、持ってくれるのを忘れました。ちょっと取りに行ってきます」

「いえ、いいですよ。私はあの傘をあなたにあげたつもりでした」

「……くれた? でもあの傘は君にとって大事なものだったんじゃないのか?」

「え……逆にどうしてそう思ったんですか?」


 傘をあそこまで綺麗に手入れするのは通常では珍しいことだからな。表面を見れば誰でもわかることだ。


「やっぱりそうだったんですよね。今からでも取ってきますよ。オレ体力あるんで」

「大丈夫ですよ! 今日、私と一緒に雷電さんを探してくれるんですよねっ? それで貸し借り無しと判断していただければそれでいいです!」

「……本当に、それでいいんですか?」


 あれは彼女にとってとても大事なもののように感じた。

 ストラップまで付けていたことからも相当のお気に入りだったはずだ。


「はい」


 彼女は何かを決心するような強い意志のある目でオレを見た。こんな目で見られて今更傘を取りに行くわけにはいかない。


「わかりました。あの傘は貰っておきます」

「やっと分かってくれましたかっ?」


 さっきの真剣な眼差しとは異なり、柔らかく笑いながら彼女はいたずらっぽく頭を右に傾ける。

 揺れるツインテール。少しあざとい。そして可愛いのだ。


「実はアレ、私の母から貰った傘なんです。あの変な赤い花のストラップも私の母が付けた物なんですよ」

「なるほど。そうだったんですか」


 彼女は静かに頷く。


「それじゃあ、ここで話すのもなんか怪しいので場所を変えましょ!」


 こちらに向けて手招きした彼女はオレに背を向け早速歩き始める。

 ついて来い、という意味だろうか。

 オレはSSクラスの美少女の後を軽く急ぎ足で追いかけた。



  *



 しばらく鈴音さんと並んで歩道を進む。


「そう言えば、成瀬なるせさんって下の名前はなんていうんですか? 教えたくなかったら無理強いはしませんけど」

「オレは成瀬統也です。統一の『統』に『なり』と書いて『とうや』って読みます」

「とうや……いい名前ですね」

「そうですか?」


 実際のところ、オレは名瀬なせという本当の苗字も統也という名前もあまり好きではないのだが。


「はい。かっこいい名前だと思います。私は……小坂鈴音こさかすずねといって、小さい坂と書いて鈴に音です。単純な字面ですよねー」


 この近くに小坂町(秋田県鹿角郡かづのぐんの町)と書いてある看板を見つけたがこんな偶然もあるんだな。


「いや、鈴音って名前は個人的には好きです。綺麗な響きだから」


 これはオレが本心から思っていることだ。この「すずね」という響きがいいと、出会った当初から感じていた。


「えーありがとうございます。あまりそういうこと言われないので嬉しいです!」


 見たところほんとに彼女は喜んでくれているようだ。


 他の会話で、彼女の年代がオレと同じ新高二であるなども知れた。


 そして彼女は何故か、自らが探している「雷電」という男性をほとんど知らなかった。

 顔や名前は愚かどんな容姿かさえ知らず、唯一知ってたのは年齢がオレらと同じであるということだけ。


 明らかに不自然だったがその後、手分けして「雷電」を探すことになった―――。

 

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