第5話 Codename[K]【2】


「―――あ、待ってください。少し関係ない話をしてもいいですか? 頼みごとのようなものです」

『頼み事? 私に? さっき言っていた調査とは別件で?』

「そうですね。全く関係ないですし、完全なるオレの私的な頼みです」

『成程。ではなんなりと』


 そう。これだ。オレが言いたいことの一つでもある。

 本来であれば、Kのようなコンダクターはアドバンサーより身分が上。補佐関係があるにしろ、オレはORIGINオリジン軍の少尉で、彼女は中尉なのだからそのままだろう。


 おそらく権限暴走を未然に防ぐためだと考えられる。少尉と中尉で、さほど差はない。

 しかし故に昇級しない、あまりいい職業とは言えないこの仕事を何故彼女のような優秀な人間が行っているのかは理解できない。


 そもそもどうして彼女はオレより階級が高いのにもかかわらず、このようにオレに尽くすような態度をとるのか。

 

「あの、今度からオレに敬語を使うのは止めてもらえませんか」

『はい? ……不思議なことを言う人ですね。そんなことでいいんですか?』

「ええ」


 少しして、


『……わかった。これでいいの?』

「それでいいかと思います。オレより年上なことに加え、目上の立場ですから」


 今まで違和感があって仕方なかった。録音されないのに、一々軍規定の会話を繰り広げる意味も分からない。


『じゃあさ、私からの頼みも聞いてくれる?』

「はい、構いませんよ。なんでしょうか」


 それこそ「なんなりと」というやつだ。


『名瀬さんも敬語止めて』


 おお。しかしそれは無理がある。

 オレは彼女より年下であり、それだけでも敬語を使う理由は十分存在するというのに、それに追加してオレは少尉の立場だ。


『名瀬さんが今考えていることは分かる』


 ほう?


『私は目上で、目上の人には敬語を使わなくちゃいけない。そう言いたいんでしょう?』


 さすが。


「わかっているならなんでそんな――」

『無理なことを頼もうとするのか、って?』


 オレの言いたいことが分かるとでもいう様に彼女はオレのセリフを遮り、その続きを言う。


『わかった。そんなに私個人の頼み事を聞いてくれないなら命令する。私とタメ口で話せ、と』

「命令?」

『だって私、名瀬さんより目上らしいし』


 なるほど。


『名瀬さん今、公式上コンダクターには命令権ではなく指揮権しかない、とか考えてそうだけど目上は目上だからね?』


 おいおい、この女はエスパーかよ。


「はぁ……分かった。オレが敬語を止めるのは承諾する。聴覚チューニングの利点は外部から録音が出来ないこと、電波傍受される心配がないこと、の二つ。だからそれはいい。だけどそうするなら、オレのことは名前で呼んでくれないか。いきなり下の名前で呼べというのも変かもしれないが、オレは自分の苗字があまり好きではないからな」

『そう……逆にいいの? 私はそれでもいいし、というかそう呼びたかったくらいだから』

「呼びたかった?」

『ううん、なんでもない』


 ちょうどその時、チューニレイダーからの忠告アラームである黄色が点灯しはじめた。


「どうやら時間切れのようだな。雷電一族の調査の件、頼んだ」

『わかってま……る』


 今、明らかに敬語で話そうとしたよな。なんなら「わかってます」まで言いそうになっていたし。


「それじゃあ、おやすみ」

『はい、おやすみなさい』


 軽い電子音と共に音声が途切れ、それと同時に赤と黄色の点灯も消える。


 はぁ。疲れた。

 彼女とため口で話す日が来るとは想像もしてなかった。


 オレはチューニレイダーを首からゆっくり外しベッドの横にあるテーブルにそれを置いた。

 そのテーブルにはこの装置とは別に鈴音すずねさんから借りた折り畳み傘が置いてあった。


 改めてこの折り畳み傘を見ると、黒い外見で綺麗に扱っていることは分かるが多少の年季が入っている状態だった。


 さらに傘の黒色に似合わず、赤より少し濃い色――洋紅色またはカーマイン色、茜色といった色に近いだろうか、とにかく普通の赤とは違う色――の花のストラップが持ち手部分の末端に付いていた。


 そのような様子から、この折り畳み傘は鈴音さんのお気に入りの品であることが想像できる。

 この傘のことについて考えたついでに、オレは鈴音さんのことについて一瞬考えた。


 彼女は一般的に見て可愛いといわれるような存在であるだろうこと。優しい目と容姿を持っていること。あまり元気なタイプではないが明るい性格であること。

 彼女の視線。彼女の仕草。彼女との会話。


 同時にたくさんの情報を振り返る。

 自分の記憶をさかのぼり、その部分を再現することにした。



 その瞬間――体中に鳥肌が立つのを感じ始める。



 どういうことだ……?



 オレの記憶が間違っていなければ、彼女……鈴音さんは最後にこう言った。


「それじゃあ、『また』明日ここで待ってます」と。



 ―――――――「また?」――――――― 



 当然、あの時点でのオレは彼女とは正真正銘の初対面。


 いや、オレの聞き間違いということもあり得る。

 つい数時間前のこととは言え、オレも人間だ。勘違いや聞き間違いが起こらなかったとは限らないし「明日」を「また」で修飾し「また明日」の意味だったのかもしれない。

 だが、もし「また待っている」すなわち「以前にも待っていた」という意味なら、オレには全く内容が理解できない。



 ベッドのフカフカな感触を背中に受けながらそう考えていたが自分が想定していたより疲れていたこともあり、そのあと案外すぐに眠りに付けた。



 これ以降、オレは鈴音さんの最後のセリフについては考えないようにした。

 それからもずっと、オレはこの件について考えず生きていくことになる。




 だがそれが、オレの人生最大の失態となる。

 

 そのことが分かるのは今より数年先のことだ。





―――――――――――


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


面白そう、続きが気になる、という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいかぎりです。


作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします。

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