第11回『探索者の登竜門・ホーンシープ』

 この世界にはさまざまな生き物――モンスターが存在しています。山と見紛うほどに巨大なドラゴンをはじめとして、陸海空を問わず人間よりもはるかに広大な範囲に生息するモンスター達。

 しかしその生態を知っている人は、意外と多くありません。私たちにとって身近な存在でありながら最も遠い存在。

 そんな異世界のモンスター達の生態に、我々と共に迫っていきましょう。


 第11回となる今回は、探索者の登竜門とも呼ばれているモンスターの紹介をしていきます。

 探索者はギルドに登録することで誰でも気軽になることができますが、普通の生活をしていけるだけの稼ぎを得られる探索者というのは、実はけっこう限られているのです。

 普通の生活をしていけるだけの稼ぎを得られるかどうか、その境目はあるモンスターを安定して討伐することができるかどうかだと、探索者たちの間では言われています。


 その境目となるモンスターこそ、今回紹介するモンスター……ホーンシープです。

 額から長く鋭い角を生やしている以外は、小さめの羊と大差ない姿をしているホーンシープ。しかしその実態は多くの探索者の命を奪っている、危険なモンスターでもあります。


 探索者の登竜門と言われるホーンシープ。

 その生態は、一体どのようなものなのでしょうか。そして、彼らを安定して狩ることで、なぜ探索者として生活していけるようになるのでしょうか。

 世界モンスター紀行、はじまりです。




●世界モンスター紀行

 第11回『探索者の登竜門・ホーンシープ』




 探索者というと、モンスターの討伐をしてその報酬によって生活をしていると思う人も多いでしょう。

 しかし実際にはモンスター討伐報酬だけで身を立てている、いわゆる専業探索者だけでなく武器屋の売り子など別の仕事と掛け持ちしている、兼業探索者も少なからずいるのです。

 これはスライムやディグラビットなど、一般人でも倒すことができるモンスターの討伐報酬が低く、それしか倒せないままでは一般的な生活を維持することが難しいからです。


 スライムやディグラビットなどは、探索者ではない一般人であっても武器があれば簡単に討伐可能です。

 それだけに討伐報酬は単体なら雀の涙、多数を倒したとしても装備の手入れや買い替えなどを考えれば帳消しになってしまいます。ちゃんとした食事や宿代など、安定した生活をしていくためには、そういった出費を賄ってなお黒字がでるくらい、一定以上の討伐報酬を得られるモンスターを討伐できなくてはいけません。


 しかし、当然ながら一定以上の報酬を得られるということは、相応の危険度を持っているということでもあります。そういったモンスターが討伐できるかどうかこそ、専業探索者と兼業探索者を分ける明確な分水嶺となっています。


 前置きが長くなってしまいましたが、この分水嶺となる一定以上の報酬を得られる危険度を持つモンスター。

 その分かりやすい目安として、探索者の登竜門と呼ばれるモンスターこそ今回紹介するホーンシープです。

 ホーンシープは体重60㎏とそこまで大きなわけではなく、小さめの羊とほぼ同等の大きさとなっています。見た目もほとんど通常の羊と同じですが、蹄のある足首ギリギリまで柔らかい毛で覆われているのも特徴です。


 しかしその最大の特徴と言えるのは、額から生えている30㎝にも及ぶ長く鋭い一本角でしょう。

 この角こそホーンシープという名前の由来にもなっており、彼らがモンスターであることを示す証拠でもあるのです。



「ホーンシープの角は非常に硬く、駆け出しの探索者が買えるような防具は簡単に貫いてしまいます。

 ですから、討伐報酬欲しさに手を出した駆け出し探索者が、よく返り討ちにされてしまうんです」



 駆け出しの探索者が購入する基本的な防具といえば、必死にお金を貯めたとしても鉄製の鎧や盾が精一杯。そしてホーンシープの角は、盾ぐらいの厚さの鉄板なら軽々と貫いてしまう硬度を持っています。

 ここで厄介となってくるのが、ホーンシープ自体はある程度慣れてきた探索者にとって、そこまで討伐が難しいモンスターではないという点です。ですから先輩探索者たちが簡単に討伐しているのを見て、自分たちも楽に倒せると思った駆け出したちが挑み、命を落としてしまうという結果になります。



「ちなみに、角によって心臓などを刺されて死亡するというのは稀です。

 ほとんどは脇腹などに攻撃を受けての出血多量や、足を刺されて移動が困難になったところを、他のモンスターに襲われて……という原因ばかりですね」



 私たち一般人とは、身体能力そのものが異次元と言っていいレベルの探索者たち。だからこそ心臓や頭などに攻撃が直撃するということはありません。例え下級探索者であっても、ホーンシープの攻撃を全て避けつつ討伐をする、というのは決して難しいことではないのです。

 しかし駆け出し探索者の場合、まだモンスターとの戦闘に慣れておらず、かつホーンシープのように積極的に攻撃してくる相手は慌ててしまい、結果として攻撃を避けきれず脇腹や手足などに攻撃を受けてしまいます。

 そして、それが原因となって死亡するケースが多くあるのです。



「彼らは――おや」



 博士の解説を聞いていた我々がカメラをホーンシープへと戻すと、そこには自分の顔位の位置まである大きさ――おおよそ60㎝ほどの岩に向かって、夢中になって角を繰り出しているホーンシープの姿がありました。

 目の前にある石は特に変わった部分もなく、平原によくあるちょっと大きめの岩のようです。

 何故ホーンシープは、そんな何の変哲もない岩を執拗に攻撃しているのでしょうか。



「あれもホーンシープが探索者の登竜門、そして駆け出し探索者が死亡する原因にもなる特徴ですね」

 


 ホーンシープは非常に好戦的な性格をしており、例えば自分が移動する先に何か障害物があれば、それが動物やモンスターであろうとそれこそ岩などの無機物であろうと、お構いなしに攻撃を仕掛けます。

 ヘッドバードのように衝突してから攻撃に移るというわけではなく、常に先制攻撃をしてこようとする。


 駆け出しの探索者が相手をするのは、大半がスライムやディグラビットなど、自分たちから先制攻撃を仕掛けることができるモンスターばかり。

 そこでいきなり鋭い角を持ったホーンシープが、自分たちを見つけ次第向こうから先制攻撃を仕掛けてくるわけです。

 自分たちがペースを握ることに慣れ切った駆け出し探索者は、突然の襲撃にパニックを起こしてしまい、本来なら避けれるような攻撃でも深手を負ってしまいやすくなるわけですね。



「何故ホーンシープがここまで好戦的なのか、それは彼らが臆病だからと言われています」



 目の前にあれば、それが何であれ攻撃を仕掛ける獰猛さ。それが臆病さから来るものだと言われると、いささか違和感を感じてしまいます。



「そうですか? 臆病だからこそ、必要以上に些細なことまで反応し、過剰なまでに攻撃をしてしまう。

 そう考えれば、そこまで矛盾していないと思えませんか?」



 言われてみると、臆病さと獰猛さが両立していることにも納得がいきます。

 彼らにとっては自分以外の全ての存在が、自分に危害を及ぼすような存在に見えているのでしょう。博士の解説が終わる頃には、気が済んだのかカメラに映るホーンシープは岩への攻撃をやめ、地面に生えている草を食べ始めていました。


 先ほどまで執拗に攻撃されていた岩は、角によって穴だらけにされてしまい、元の頑強そうな見た目から今にも崩れそうな見た目へと変わってしまっています。

 驚くべきは、あれだけ攻撃しておきながらほとんどの攻撃が、同じ場所を攻撃していないという事です。

 岩全体をまんべんなく角で攻撃しているあたり、暴走しているように見えて実は冷静なのかもしれません。



「ホーンシープの主食は地面に生えている草です。彼らはモンスターですが、体の構造はほとんど普通の羊と変わりません。

 通常のモンスターに比べて、魔力を補給するためというより、純粋に栄養を取るために食事をしているようです」



 一般的なモンスターにとって、食事というのは栄養よりも魔力を取り込み、活動して減った魔力の補給をしたり自分自身の強化ために使用するなどを目的としています。

 しかしホーンシープは珍しく、ただ栄養補給のためだけに草を食べ、魔力は空気中から自然に取り込むだけで十分なようです。これはホーンシープは体内の魔力を循環する効率が非常に高く、少ない魔力で効率的に生きていけるからだと言われています。

 あれだけ荒々しい行動を見た後だと、本当に少ない魔力で活動できるのかと疑ってしまいたくなりますね。



「ちなみに地面に食べられそうな草が無い場合は、ジャンプして木の枝に生えている葉っぱを食べることもあります。

 ホーンシープのジャンプ力は強く、5mくらいは軽々と垂直にジャンプすることができるんです」



 平原しか移動していないと考えられがちなホーンシープ。

 しかし、実際には森林の外縁部にもしばしば訪れ、木の枝に生えている葉や木の芽を食べることがあるようです。もっとも森林部にはシルバーベアをはじめとして、凶暴なモンスターが多いため頻繁に訪れるということはありません。

 そういった姿を見れるのは、秋口から冬にかけて、つまり草木が枯れる頃合いです。



「ところで、あのホーンシープが移動しているのは、自分が攻撃した岩の周りだけなのに気付いていますか?」



 博士にそう言われてよく観察してみると、確かにカメラが映しているホーンシープは、自分が攻撃して穴だらけになった岩の周りをグルグルと回るようにして草を食べています。

 そんなことをしなくても、周辺には草が生い茂っていますから好きな場所に移動した方が良いと思えますね。



「彼らは臆病と言いましたよね? だからこそ、彼らは先に障害物などへ攻撃をした場合、もう自分へ危害は加えないと安心できるのでしょう。そのため、ああして攻撃したものの周りで食事をするんです」



 確かに攻撃した後なら、相手はホーンシープを攻撃できるような状態ではありません。安全地帯だと分かっている場所で食事をするというのは、なるほど理論的な行動です。

 そうしてしばらく食事をしていたホーンシープですが、満足したのか別の場所へと移動を開始し始めました。

 彼らは平原にいる多くのモンスターたちの例に漏れず、基本的に一ヶ所に留まることはなく、平原中をゆったりと移動しています



「平原にいるモンスターたちの多くが一ヶ所に留まらないのは、やはり見晴らしのよさが原因です。

 これだけ見晴らしが良い場所で、巣も持たず一ヶ所に固まっていては、格好の標的とされてしまうでしょう」



 見晴らしのいい場所で一ヶ所に留まるのは、スケイルウルフなどの肉食モンスターはもちろん、探索者たちからも標的とされやすくなってしまいます。

 ホーンシープの走る速度はそこまで速くありません。先に見つかってしまえば、スライムなどでもない限り、逃げ切ることは困難です。臆病なはずのホーンシープが、それでも平原中を歩き回っているのは、そういった未知の危険から自分を守るためでもあるのです。



 ◇◇◇◇◇



 平原を歩くホーンシープを撮影していると、前方からもう一匹のホーンシープが歩いてきました。

 大きさとしては、我々が撮影している個体よりも少し大きいため、あちらの方が年上なのかもしれません。取材班はそのまま二匹のホーンシープがすれ違うと思っていましたが、突然体が小さいほうのホーンシープが頭を下げ、角を大きい個体へと向けて荒い鼻息を吹き出しつつ、地面を右前足で強く蹴り始めました。



「あれは威嚇行動ですね。ホーンシープは敵だと思った相手に向かって、まずああして威嚇し、自分に近づくと危ないぞ、こっちにくるなら攻撃するぞと警告するんです」



 小さなホーンシープは何度も何度も足で地面を蹴り、俺は危険だぞと大きな個体へ向けて警告します。

 しかし、威嚇された大きな個体はそれを見て逃げ出すわけでもなく、それどころか同じように角を相手へ向けて地面を蹴り始めました。

 正面から睨み合う二匹のホーンシープ。

 まるでこれから縄張り争いでも始めそうな雰囲気です。



「確かにそう見えますよね。でもあれ、ただ単にお互いがお互いに怯えているだけなんですよ」



 先ほど博士が言った通り、ホーンシープは非常に臆病です。ですから、小さな個体は大きな個体に怯えて威嚇をはじめ、その威嚇に驚いた大きな方の個体もまた、怯えて威嚇を始めたといういたちごっこのような状態になってしまっていたのです。

 何とも間抜けな構図に見えてしまいますが、それこそ岩にさえ怯えて暴れるホーンシープならと思えば、何故か不思議と納得できてしまいます。


 しばらくお互いに睨み合い威嚇をしていたホーンシープですが、ほぼ同時にそれぞれ全く別の方向へ向けて駆け出してしまいました。

 我々取材班もまた、先ほどまで観察していた個体の後を追って動き出します。

 しかし、岩に対してはあれだけ執拗に攻撃していたホーンシープたちが、どうして先ほどはお互い何もせずにこうして別方向へと逃げ出したのでしょう。やはり同種族だから、ということなのでしょうか。



「ある意味ではそれが正解ですね。ちょっと違うのは、単純に同種族で戦う意味がないからという点です」



 ホーンシープ同士で争うことが不毛というのは、どういうことなのでしょう。

 同種族で戦うことで、個体数が減ってしまうという心配はモンスターならありません。例え共倒れになったとしても、そのうち再び発生しているからです。

 博士が言う意味がないというのは、どういうことなのでしょう。



「彼らの体を覆っているふわふわとした体毛。これは刺突や殴打といった攻撃に対して、極めて高い耐性を持っています。

 そして彼らの攻撃は角による刺突ですから、お互いにどれだけ攻撃したとしても、まったく意味がないんです」



 自分の体を外敵から守るために生えているホーンシープの体毛。

 これは通常の羊と見た目こそ似ていますが、その材質は大きく違っており、クッションのような柔らかさと衝撃吸収性、そして、突き刺しなどの攻撃を包み込む柔軟性を持っています。

 そんな体毛で覆われたホーンシープは、角での刺突や体当たりといった攻撃手段しか持たない同種族で争っても、それこそ一生争い続けることになると本能で理解しているのです。


 確かに決着がつかないのであれば、争うだけ体力の無駄になってしまいます。

 一見ただ怯えて暴れまわっているだけに見えるホーンシープですが、しっかりと分別を付けている部分もあるようですね。



「ただ、刺突と殴打に対して高い耐性を持つ彼らの体毛ですが、それ以外の攻撃への耐性はほとんどありません。

 特に火炎魔法などを受けると、非常に燃えやすいのであっという間に全身が燃え上がってしまいます」



 博士が語ってくれた弱点は、ホーンシープが脅威とされていない理由でもあります。

 大量発生したとしても、魔法によって一斉駆除をすることが容易ですし、斬撃による攻撃でも簡単に体毛の防御を突破することができるからです。

 怯えて暴れることが分かっていて、かつしっかりとその攻撃を防御できるなら、大した脅威にはならないわけです。



「ちなみに、こんな風に怯えても暴れないという状況は極めて稀です。

 恐らく彼らは、目の前にいるのが同族でない限り、例えドラゴンが相手だとしても攻撃するでしょうから」



 ドラゴンと言えばまさにモンスターを含めた生物全ての頂点に立っている存在です。

 それが相手ですら、怯えてしまえば暴れるあたり、ホーンシープというモンスターの臆病さと凶暴性をある意味如実に表しています。

 まあ、当然ですがドラゴンに攻撃したとして、一切ダメージは与えられませんし、一撃で倒されてしまいますが。


 さてそんな説明をしている間に、小柄なホーンシープは森林部の外側まで到達していました。

 そして目の前に現れた木々に驚いたのでしょう。そのうちの一本に向かって、必死に角での攻撃を繰り返しています。



「ああして常にあちこち攻撃しているため、ホーンシープが攻撃した角の跡で、どこにいるのかを判別することができるんです。自分の居場所を自分でバラしてしまっているんですね」



 確かに付近の木々を見てみれば、今攻撃されている木以外にも多くの木に角で攻撃されたと思われる痕跡が残っています。

 これの新しさを見ることで、探索者はホーンシープが近くにいるかどうかを判別しています。また、平原にいる肉食モンスターの代表格であるスケイルウルフもまた、この痕跡で判断することが多いようです。

 臆病だからこそ、安心するために目の前に現れた物に対して攻撃をするのに、それがかえって自分の居場所を敵に知らせてしまっているというのは、何とも間の抜けた話に聞こえます。



「まあ、ホーンシープからしてみれば衝動的に行ってしまう行動ですからね。

 あまりそれによってどのような影響があるかまでは、考える余裕がないのでしょう」



 カメラの向こうではホーンシープが木への攻撃を終えて、どこか満足そうに別の場所へと移動していきます。先ほど草を食べたばかりなので、今は草や葉を食べる必要がないのでしょう。

 しかし、これだけ多くの障害物がある森林の近くを移動していると、いちいち木に驚いて攻撃してしまうのではないでしょうか。そんな疑問を取材班は博士へとぶつけてみました。



「彼らは臆病ですが、逆に一度攻撃をして安全だと分かると、非常に高い認識能力を発揮します。

 ですから今あそこを歩いている個体は、周りに広がっているのが自分が攻撃したモノと同じだと理解しているんです」



 なるほど、確かに先ほどまでは移動中もあちこちキョロキョロと忙しなく周囲を見ていたホーンシープが、今は前だけを見つめてのんびりと歩いています。あれは、周りにあるのが自分に攻撃をしてこないモノだけだからと、理解しているからこその落ち着きなのでしょう。



「ああしてあちこち攻撃をして、その周りで食べ物を食べ、そしてまた移動をする。

 ホーンシープは毎日それを繰り返しているんです。恐らくあの個体もまた、ここから移動した先で何かを見つけて、驚いて攻撃してから食事をするんでしょうね」



 臆病さゆえに多くの探索者の命を奪うホーンシープも、その凶暴性を除いてしまえば普通の羊と同じようにのんびりとした暮らしをしているようです。

 いちいち何かに驚いて攻撃するのは大変なようにも思えますが、彼らからしてみればそれも日常の一部なのです。

 これ以上観察をしても、恐らく同じようなことを繰り返すだけになるため、我々取材班はこれでホーンシープの観察を終わり、トーキョーへと戻ることにしたのでした。



 ◇◇◇◇◇



 最後に我々は、ホーンシープからはどんな素材が採取できるか、博士に尋ねてみました。

 探索者だけで生活していけるかどうかを分ける分水嶺とも言える存在であるホーンシープ、それは何も討伐報酬が一定以上だからというだけではありません。

 彼らから採取できる素材が、ある程度の価格でギルドでの買い取りをしているからというのも、理由のひとつです。



「ホーンシープから採れる素材といえば、やはりあの大量の体毛ですね。

 一匹から大量にとれるうえに、先ほど述べたように殴打や刺突に耐性があり、普通の服の素材としてはもちろん、鎧などの内側に編み込む素材としても重宝されています」



 ホーンシープの体毛は、可燃性こそ高いものの衝撃の吸収性が抜群で、鎧などの裏地として使えば多少の攻撃ではびくともしない鎧となります。

 さらに他のモンスターの体毛などと混ぜて作ることで、さまざまな耐性を持った鎧を作ることもできるので、非常に重宝されている素材なのです。さらに劣化するまでの期間も1年ほどとなっており、適度な感覚で取り換えをしなくてはならないというのも、防具屋からはとても評価が高い要因となっています。



「取り替える時には、鎧ごと買い替えたり、定期的にメンテナンスで裏地の補修をする必要があります。

 そうなれば、その時その時で少しずつお金を得ることができるため、防具屋としてはとても良い稼ぎになるんですよ」



 探索者の命を守る鎧の裏地だからこそ、小まめなメンテナンスや、古くなってきたら買い替えなどをするのは必須です。

 そういった意味で、適度な期間で劣化してくれるホーンシープの体毛は、素材としてとても便利なのでしょう。また、探索者からしても斬撃には耐性がないため、ナイフなどで簡単に採取できるという点もまた、便利なポイントです。



「まあ、大量に需要があるということは、それだけ供給もあるということです。

 大量生産されている服にも使われるため、市場価格はそこまで高いものではありません」



 1匹のホーンシープから採れる体毛は平均1㎏であり、慣れれば1日で10匹以上を討伐することも可能です。もちろん大量の体毛を持ち歩く必要があるので大変ですが、買取価格が1㎏で1万円と平原で討伐できるモンスターの中ではなかなかの価格です。

 一人前の探索者となる頃には、この大量のホーンシープの体毛を持ち歩く手段も、自然と用意できています。

 輸送用のトラックや、荷物運び専用探索者の雇用、さらにはマジックボックスと呼ばれるアイテムの購入など、探索者として生きていくためには必要不可欠な物を購入するためにも、ホーンシープの安定した討伐ができるかどうかは重要になってくるわけですね。



「ちなみにホーンシープの体毛は、火種として使われることもあります。水に濡れていても燃える素材なので、キャンプ用品として販売されていることもあるんですよ」



 軍隊でもホーンシープの体毛は非常時の火種として持ち歩かれています。

 どんな状況でも、確実に火を確保することができるというのは、とても大事なことですからね。探索者の場合、火を確保することは夜間の照明としてだけでなく、火に弱いモンスターを倒す手段としても使われます。

 服としてだけでなく、火種としても使われるホーンシープの体毛、大量に採取できるというのに1㎏1万円で買い取って貰えるのは、こういった理由もあるわけです。



「モンスターの中には、専用の道具を使わないと素材の採取が難しいモンスターもいます。そういったモンスター用の器具を買い揃えるために、ホーンシープの素材を売る。そうしているうちに経験を積んで、駆け出しを抜けていくわけです」



 専用の器具が必要となるモンスターは、例えばシルバーベアなどが挙げられます。

 彼らの体毛は需要があり、高値で取引されています。しかししっかりと専用の器具で毛を狩らないと、魔力を流すことで銀色に光るという特性が台無しになってしまうため、専用の器具を用意しなくてはいけないのです。


 ホーンシープの体毛はそこそこの価格で買い取って貰えるので、スライムやディグラビットよりも効率的に稼ぐことができます。そうして専用の器具を買えるくらいにお金を貯める頃には、すでに駆け出しを抜けて下級探索者として生活できるようになっているわけです。



「経験を積むということは、何も戦い方を覚えるというだけではありません。

 ホーンシープと安定して戦い続け、そして稼げるようになるということは、探索者に向いているかどうかの試金石でもあるんですよ」



 これもまた、ホーンシープが探索者の登竜門と呼ばれる理由です。

 明確に殺意を持った敵を安定して討伐し続けることができるかどうか、これは探索者として生きていくためには切っても切り離せない要素となります。

 明確な殺意に晒され、一つの油断が命取りになる状況で戦い続けるというのは、精神的に大きな負担となるのです。

 そのため探索者の中には、肉体的な理由での引退だけでなく、精神的な理由での引退をする人も少なくありません。


 ホーンシープと安定して戦い続けて経験を得る、それは駆け出しから下級探索者、そして中級以上の探索者として生きていくためには避けては通れない道なのです。



「彼らから採れる素材の話をしていたはずが、少し逸れてしまいましたね。

 そうそう、ホーンシープから採れる素材は他にもあって、あの長い角もまた素材として重宝されていますよ」



 ホーンシープの特徴ともいえる長い一本角。

 あの角もまた、ホーンシープから採取できる素材として探索者ギルドでは買取を行っています。しかし角は何に使うのでしょうか、武器にするならもっと頑丈かつ鋭利な素材の方が良いと思うのですが。



「ホーンシープの角は、薬の材料になるんです。使われるのは主に風邪薬や湿布など、市販されている商品ですね」



 どちらかというと探索者よりも、私たち一般市民が使うことが多い風邪薬や湿布といった市販薬。

 その材料にホーンシープの角が使われているというのは初耳です。いったい、ホーンシープの角を使用することで、どのような効果があるのでしょうか。



「ホーンシープの角を削った粉末を混ぜることで、薬の効果を高めることができます。

 ただ、効果が強くなりすぎるという副作用もあるので、市販薬の場合は角の粉末入りかどうでないかで、商品が分かれているんですよ」



 効果が強くなりすぎると言っても、人体に有害なレベルまで効果が強まるというわけではありません。ですが、法律で注意書きを付けるようにと決まっているそうで、しっかりと別の商品として販売されているそうです。

 普段の生活で使われている薬の材料として、あの何人もの探索者の命を奪ってきた角が使われているというのは、何だか複雑な気持ちになります。けれど、それもまたこの世界における生命の循環のひとつなのでしょう。



「体毛も角も確保が簡単です。そういった部分は、やはり平原のモンスターということなんでしょうね」



 駆け出し冒険者でも気軽に稼げる平原部。

 それは、何も生息しているモンスターの危険度や脅威度が低いという理由だけではなく、素材の確保がしやすく初期投資をしなくても素材を確保できるという点も含まれているようです。

 そしてそれは、ホーンシープというモンスターもまた、同じなのでしょう。




 探索者の登竜門、探索者として生きていけるかの試金石など、さまざまな呼ばれ方もされているモンスター……ホーンシープ。彼らは持ち前の臆病さと獰猛さで、多くの探索者の命を奪ってきたモンスターです。

 しかしその一方で、彼らの素材は探索者を守るためにも使われ、私たち一般人の生活を守る製品にも使われています。


 一度怯えれば相手が何だろうと構わず攻撃を仕掛ける、平原一の臆病者。

 しかしその実態は、探索者になったばかりの者が平原地帯で初めて出会う、明確な殺意を向けてくるモンスターでもあるのです。

 自分を殺そうと襲い掛かるモンスターと、それを撃退し討伐する探索者。

 その関係を初めて経験するからこそ、その後も探索者として続けていけるかどうかを試されることになるのです。


 羊のように穏やかな生活を望みながら、生来の臆病さのせいで一生叶うことがないホーンシープたち。

 彼らは今日も平原部を移動し、目についた物に驚いて攻撃をしかけています。




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