第29話 御前審問

 四日後、我々は国王陛下の御前に集められた。


 それまでにジーンには神殿の様子も見てきてもらったりしていたが、ソノフやロスタルの手の者が現れたと言う形跡はなかった。ただ、こちらも食料を届ける以外の支援はできなかった。


 大賢者様、それから王族の挨拶に続き、関係者で最初に国王陛下へ挨拶をするのは仲裁に名乗りを上げたロワニドだった。ただ、伯爵は不満をあらわにしていることには変わりはない。


 次に挨拶したのは我々の代表であるメレア公代理のジーン……となるはずだったのが、なんとメレア公直々にこの場へ現れ挨拶をした。我々は公に付き従い、一緒に挨拶する。老公はいつか見た気安さを微塵も感じさせず、貫禄と威厳を見せつけた。


 最後にゴーエ伯とそれ以下の者、そしてルテル公の軍団長以下が挨拶をした。父、ルテル公は姿を見せていない。



 ◇◇◇◇◇



 王都を取り仕切る政務官が概要と当日の双方の主張を述べ、双方に相違が無いかを確認する。


 伯爵側は証言の正しさを証明すると言った。

 レクトルの指示によって連れてこられたのは手首に縄を掛けられたエイロンだった。


「おのれ……」


 私は思わずそう口にしてしまった。

 固く握りしめた手をやさしく包んでくれる小さな手があった。

 イズミは私の顔を仰ぎ見て、柔らかく微笑んでくれていた。


 エイロンは自分が神殿長だと名乗った上で、自分たちが街から子供を攫ってきたこと、賢者様を攫ったことを当たり前のように証言した。


 その証言を聞いた自分の耳が信じられなかった。周囲のほとんどの者も動揺していたと思う。


 しかし、おかしな点もあった。

 証言後、エイロンが私を見ても何も反応を示さなかったのだ。

 あれほどの嘘の証言をしたのにまるで悪びれもしない。エイロンならせめて申し訳なさそうな顔だとか、せめて何らかの子供のような素直な反応を私に示すはずだ。


「おかしい……」


 小さくそう漏らすと、隣に居たイズミは――そうだね――そう呟いた。



 その証言についてロワニドがメレア公に問う。

 メレア公は――述べてやれ――とジーンに振るが、ジーンもまたゼロに振った。

 ゼロはひとつ溜息を付くと前に出る。


「政務官のゼロと申します。神殿長は当日攫われたと聞いております。何らかの手段で彼は陥れられ、証言を強要されているものと思われます。私の誓いの意志は変わりません」


「何らかとはずいぶんと曖昧な物よの」


 伯爵が言う。


「――悪あがきせず、罪を認めて賢者様と息子を返す方が身のためだ」


「それだけですか?」


「なに?」


「そちらの正当性は今の証言だけなのですかと聞いております、閣下」


「ぐっ……カ、カルナよ、言うてやれ」

 

「我々の捕虜となったご子息ですか? 構いませんよ」


 ゼロの指示でカルナ様が前に出てくる。

 伯爵はカルナ様に問いかけた。


「のう、カルナよ。後継者のお前なら御前で正しい答えを述べられるはずだ」

「……」


 カルナ様は無言のままだ。

 凛々しい眉を寄せ、思い悩んでいるように見て取れる。


「神殿には子供が居ったろう」

「……ええ」


「その子らは攫われてきておったのだな?」

「……」


「答えよ」


 返事のないカルナ様にそう言ったのはロワニドだった。

 静寂が続く。


「カルナ様……」


 カルナ様の心の中を察すると、思わず声が漏れてしまった。

 そして――。


「いいえ、攫われてきてなどおりませんでした」

「カルナよ、正気か?」


 カルナ様は陛下の方を向き――。


「……間違いございません。誓って」


「愚かな……その者ら共々まとめて罰せられるがいい」


 しかしその伯爵の恨み節は、場にそぐわぬ声でかき消されることとなった。



 ◇◇◇◇◇



「いやあよく言った。さすがはラヴィの想い人だ。悪人共もたじたじだな!」


 突然、声を張り上げたのは私のすぐ横に居たイズミだった。

 私が驚いていると、それ以上に驚いていたのが伯爵らだった。


「なんだこの子供は!」


 そう憤慨したのは伯爵。


「あれはトメリルの賢者様です」

「そんなことはわかっておる!」


 おそらくイズミの物言いに驚いているのだろう。私も驚いたがやはりそれが普通の反応だろう。平然としているロワニドやダルエル殿下の方がおかしいのだ。


「この無礼な子供をつまみ出せ!」


「無礼なのはお主らであろう。交渉旗も無視して射掛けてきたと聞いたぞ」

「あれは人質を連れて脅してきたのであって――」――レクトルが反論する。


「馬鹿馬鹿しい。人質も交渉材料。先代の内乱でも実際そういう交渉があったであろう」

「ありましたな」――答えたのはメレア公だ。


「それに、お主らの騎士が神殿で保護している孤児に手を掛けたときいたぞ。士爵である騎士が独断でそのようなことはするまい? お主の指示か?」

「まさか。そんな命令を出すわけがない」


「ダウトだな。その言葉、主神あるじがみ様には誓えまいて」

「ぐっ……」


「誓えないのですか?」――ロワニドが追い打ちをかけて問う。


「し、神聖な誓いをむやみに使う訳にはいきませぬ」

「高尚なことだな。私は誓えるぞ。お前は嘘を言っていると誓おう。どうだ?」


 気軽に誓いを立てるイズミ。

 畏れ多くて私も引いてしまう。


「さて、エイロンと申したな。お主、子供らを攫ったと言っておったが?」

「はい」


「この男にはな、《支配ドミネート》の魔法がかかっておる。確か、王城では《魅了チャーム》も禁忌のはずじゃったな」

「そうですね。事実であれば陛下を欺く大罪です」――ロワニドが言う。


「そ、そのような魔法、聞いたこともないわ。何なら探知魔法の専門家を呼べ」――伯爵が反論する。


「それは無理じゃな。何故なら《隠蔽コンシール》で隠されておるからのう――」


 イズミの様子が明らかにおかしい。喋り方がまるで変ってしまっている。


「――儂にしかそう容易には鑑定できまい。そしてここには《支配ドミネート》を使える者がひとりだけ居るのじゃよ。誰が掛けたかもわかっておる」


 そうしてイズミが見やった先に居たのは大賢者様だった。

 大賢者様はおろおろと落ち着かない様子だった。


「ユロールよ、儂の名が読めんのは知っておったじゃろ?」

「ひっ……あ、貴方様はまさか……」


「余計なことは言うなよ、ユロール? 誰がかけた魔法かなぞ、儂には丸わかりじゃといつも言うておったよのう。《支配ドミネート》の魔法を教わったとき、何と誓った?」


「世を乱す、この世ならざるもののみに使うと誓いました」


「よろしい、それで?」


「誓いを破りました。申し訳ございません……」


 最後は皺枯れ声になってしまった大賢者様は身を投げるように進み出てイズミの前に身を伏せた。


 さすがにこの変わりようにはその場の全員が慌てふためいていた。

 ロワニドやダルエル殿下などは一見、平然としているようにも見えたが、違和感があり、意外と取り繕っているだけなのかもしれない。


「それで? お主の独断でこのようなことはすまい? 事の顛末をつまびらかにせよ」


 イズミが命じると、大賢者様は再び頭を伏せる。


「私めの身の安全を保障してくださいませ。元首会議の招集を求めます」


「よかろう、儂も求める」――そう言ったのはメレア公。


「私も父の代理として元首会議の招集を求めます」――ロワニドが続く。


「招集には十分だが、私も求めよう」――そう言ったのはダルエル殿下だった。


 こうして元首会議の招集が決定され、御前での審問はここまでとなった。

 エイロンについては城の方で保護される。



 ◇◇◇◇◇



「それで、あのすみません、元首会議と言うのはどのようなものなのでしょう」


 審問が終わり、ミリニール公の屋敷に戻ってきて、お茶を頂きひと息ついた我々だったのだが……。


「ああもう、ラヴィはかわいいなあ」


 小さなイズミに撫でまわされる。

 先ほどまでとは全くの別人だ。


「元首会議と言うのは、国王陛下と上位三位までの継承権のある王族、それに大賢者・公爵・侯爵・伯爵がそれぞれ議決権を持ち、子爵が半議決権を持つ会議でございます。聖堂が成る前は鉱国は小さな国の集まりでした。その国々の元首たちが集まって最初の王を選んだのが鉱国という王国の始まりです。そしてその会議を元首会議と呼びます」


 そう説明してくださったのが何を隠そう大賢者様。審問の後から妙にへりくだって、まるでイズミの従者のように振舞っている。これには皆、困惑していた。


「そうだ。国王は元首会議によって決められる。そうでなければ平民出の勇者が王になったり、郷士や貴族の令嬢が王になったりするなどあるまい」――イズミが付け加える。


「なるほど。ですが勇者が王の素質があるとは限らないのでは?」


「ああ、だが、国は王だけが動かすものではない」


「王などと言うものはただの飾りなのですよ、優秀な臣下を揃えさえすれば。居なくても国は成り立つが、居た方が何かと都合は良いのです」


 そういって口を挟んできたのはマスクを付けたダルエル殿下。

 正直なところ、彼にはあまり心を許せていない。

 そしてまた、彼のことを明らかに嫌っている人物。


 ――カルナ様だった。


 カルナ様は先程の審問で、捕虜としての身分から我々の協力者へと扱いが変わり、この場に居た。そしておそらく彼はあの審問での返答にて伯爵から継承権を奪われたことだろう。そのカルナ様が私の傍に来る。


「ラヴィ……君は何とも思わないのか? この男のことを」


 そうして示したのはダルエル殿下だ。


「この男とはまた失礼だな。私を何だと思っているのだ」


「ただのマスクマンだろ。身分を隠してるつもりならが妥当ではないのか?」


 そう指摘したイズミに――それは御もっとも――と殿下は返す。


 私は立ち上がり――。


「わ、私だってこの男には腹を立てております! ですが、今はそのような場では――」


「いや、良い。言ってやれラヴィ。この男がこの大勢の前で身分を隠してるつもりなんだ。ちょうど良いではないか。事情を知っている者ばかりだろ」


 イズミがそう言ってくれた。私は戸惑ったが言いたいことはあった。最初はぱくぱくと喘ぐように何か言いかけるだけで声にならなかったが、一度落ち着いて深く息を吐き、吸いこむと――。


「この男は! 無知で愚かで弱くて嘘つきで世間知らずだったあの頃の私を! 言葉巧みに誘惑して、男女の関係はこんなもんだと言い含められて、馬鹿だった私は雰囲気にのまれてお酒に酔って、それでもまた断り切れなくて同じ過ちを繰り返して、カルナ様に追及された私はまた嘘を吐いて――」


 最後は感情が溢れて泣いていた。


「――今だったらぜったい! ぜったい、斬り伏せてやるのにぃ……うううっ……」


 独り、嗚咽を漏らしていた。

 そっと肩を抱いてくれる人が居た。

 カルナ様だった。


「その通りだ。この男は私の大事な婚約者をかどわかして、そのうえ私が不意打ちで訪れた夜会ではわざわざ私が来るのに合わせてラヴィに口づけをして見せつけたのだぞ!」


「うっわ最低」――イズミが呟く。


「その時の私の腹の煮えくり返りようを見てこの男は何といったと思う? よい顔だと? どれだけ馬鹿にすれば気が済むのだ!」


 周りのいたたまれないような視線を集めたダルエルはおどけてみせた。


「それです! 反省が見えません! 私たちをこんな目に遭わせてどうして椅子で踏ん反り返って居られるのです!」


「そうだ! 僕たちに……いやラヴィに謝れ!」


「カルナ様に謝ってください!」


「これは謝るしかないのう? マスクの男よ」――メレア公が言う。


 はぁ――とダルエルは溜息を付くと、立ち上がって姿勢を正し、胸に手を当てて――。


「君たちには申し訳ないことをした。すまない。反省している」


 そう、謝ってくれた。

 カルナ様を見ると、カルナ様も私を見ていた。

 顔が綻びかけ――。


「嘘じゃな。今の言葉には嘘が含まれておる」


 イズミがそう言って横槍を入れた。

 ダルエルは何か言いたげにイズミを見たが、再び佇まいを正すと――。


「申し訳なかった。反省している」


 と、再び謝ってきた。しかし――。


「ダメじゃな。嘘が含まれている」


 ぷるぷるとあのダルエルが顔を引きつらせている。


「私がここまでしておるのだ! よいではないか!」


「それが高慢だと言うておるのじゃ」


 イズミの隣に居る大賢者様も無言でイズミの言葉に頷いている。


 その後、幾度となく謝罪を強制させられたダルエルは――今の言葉に嘘偽りはなかっただろう! ――と怒り始め、対してイズミは――これだけ嘘を吐き続けてきたんじゃ、ついでにあと十回くらい謝れ――などと言い、途中から知らぬふりをしてを吐いていたようだった。


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